公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
元子(原日出子)たち女子放送員第16期生東京組が、9人全員辞表を提出する。室長の立花(渥美国泰)はあっけにとられるがそのままにさせる。宗俊(津川雅彦)とトシ江(宮本信子)もびっくりするが、あとから個別に訪問してきて復職を説く立花にも、宗俊は「いったん口に出したことにゃ最後まで責任とれ、と教育しております」ときっぱり断ってしまう。元子は第2の人生を歩み始めることを、正道(鹿賀丈史)に手紙で知らせる。
昨日の続きから
恭子「長い間お世話になりました」
室長のデスクに置かれた辞表の束。
立花「何だね? これは」
元子「私たちの辞表です」
立花「辞表!?」
カメラアングルが元子、恭子の後ろ姿からの室長に代わっている。
恭子「第16期生、東京組9人の意見一致を見ましたので全員辞表を提出いたします」
立花「意見一致とは、そりゃ何のことだ?」
元子「ご自分の胸に手を当てていただければお分かりのことと思いますが」
立花「おいおいおい、ちょっと待てよ」
恭子「いえ、いろいろと教えていただくことばかり多く、ふがいない生徒たちでございましたが、最後にせめて皆様の解雇の防波堤に私たちがなれますことで、お世話になりました感謝のしるしにさせていただきます」
立花「おい」
沢野「おかしな嫌がらせはやめたまえ!」
元子「嫌がらせですって!? 冗談じゃないわ。私たち少なくとも嫌がらせで辞表をちらつかせるようなまねは室長および本多先生から教わっておりません」
本多「ちょっ…ちょっと待てよ。これは一体どういうことなんだね?」
恭子「私たちの採用はアルミの録音盤代わりだったと以前に聞いています。そして今、先輩方が次々と復員なさって、私たちの席がないという事態も肝に銘じて分かりました。戦争中、私たちも頑張ったのにという気持ちは大いにございますが無事復員ということは同胞として喜ぶべきことであり、皆様のご心配に自分たちで気付かなかったことを恥じております。本当に長いことありがとうございました」
代用アルミ盤といってたのも沢野さん。
元子「最後に気がかりなことは室長の戦犯取り調べですけれど」
立花「ああ、おかげさまでそれだったら無事釈放だ」
元子「ああ…それで安心してお別れができます。失礼いたしました」
川西「ちょっと待て! 君たち何を考えているんだ!」
立花「よし、分かった。ご苦労さん」
恭子「失礼いたします」元子も頭を下げ、部屋を出ていく。
沢野「室長」
立花「何があったかは分からんが大体のことは見当がつく」
川西「だったらなぜ引き止めないんですか!」
立花「顔ぶれを見ただろ。桂木君の方は確かに気の早い典型的な江戸っ子だが、向井君の方はどちらかというと慎重派だ。その2人ががん首そろえて代表としてやって来たんだ。僕が言い訳したところでおさまる話じゃないだろう」
沢野「いや、しかしですね」
立花「慌てなさんな。今から追いかけてって何か言ったところで、桂木君にかみつかれるか一発はり飛ばされるのがオチだな」
本多「同意見だね。今はカ~ッとなってるんだろうが、それがおさまった頃を見計らって室長に任せた方が間違いはないんじゃないか」
沢野「申し訳ありませんでした。まさかこんなことになるなんて」
村田「しかし、そろいもそろってイキのいい女の子たちばっかりで驚いた」
川西「ハハ…いや村田君、そりゃあれですよ、軍隊ボケ」
村田「そうか」
笑い声
沢野だって謝るのは室長じゃないだろー。でもあれはあれで本音だしね。
立花「いや、しかし、それにしてもな…」
茶封筒に書かれた「辭表」の文字。”辞”の旧字体って難しい字だね。
モンパリ
洋三「えっ! それじゃあここにいる全員が辞表をたたきつけてきちゃったってわけ?」
悦子「オー イエス!」
笑い声
洋三「オー イエスって随分とまた思い切ったことするね」
元子「でも、ス~ッとしちゃった」
悦子「私も」
恭子「私もよ」
のぼる「けど、いつも収め役のブルースや犬張り子までが同調すると思わなかった」
喜美代「うん。なぜか一緒にカッとなったのよね」
東京出身で16期生代表として卒業生答辞も読んだ浅岡喜美代さんがいつの間にか犬張り子と呼ばれていた。
元子「それでしまったと思ってるんじゃないの?」
喜美代「ううん、それがスカッとしてるの」
悦子「そうなのよね。妙にサバサバしたっていう気持ちは、やけに…うん、やっぱりそれは命を懸けたってことになるのかしら」
絹子「だけど六根さんはいいの? お父様たちがお帰りになるまであなた一人で頑張らなくちゃならないでしょ」
のぼる「なるようになります。もしかしたらこのお店手伝わしていただくことになるかもしれませんし、その時はよろしくお願いします」立ち上がって頭を下げる。
恭子「わぁ、そういう手もあったのね」
元子「これは『灯台下暗し』じゃわい」
笑い
茶の間
宗俊「辞めた?」
元子「うん」
宗俊「どうして?」
元子「話せば長いことながら、まあ、成り行きです」
トシ江「だって放送員になるのお前の夢だったんだろ?」
元子「夢ならこれからいくらだって見つけられるもの。ただどうしてもわがままを通させていただいたこと、それから何の相談もなしに辞めてしまったこと本当に申し訳ございませんでした。そんじゃ日記つけてきますから」2階へ
宗俊「辞めたんだと」
トシ江「どうするんですか?」
宗俊「バカ、辞めたのは元子じゃねえか。別に俺がどうすることもあるめえ」
トシ江「けど、あの子の給料決して悪くはなかったですからねえ」
宗俊「てやんでぇ、痩せても枯れても江戸っ子だい。な、吉宗ののれんは『腐っても鯛(てえ)』だ」
トシ江「冗談じゃありませんよ。熊谷に疎開したのは焼けちゃったけど、こっちの防空ごうに入れてあった藍玉、あれは無事なんですよ。あれを腐らしたんじゃ、8代目の女房としてご先祖様に顔向けできませんよ」
宗俊「藍玉があったところでな、客が生地持ってこなけりゃ仕事にならねえじぇねえか」
トシ江「それはね、正大(まさしろ)の消息が分かんないのがこたえてるとは思いますけどさ」
宗俊「それを言うなっつってんだろ!」
宗俊を見つめる寂しそうなトシ江。
元子たちの部屋
元子「そういうわけなんです。ごめんなさい、あんちゃん」
巳代子「けど、随分とひどい男たちね。私だってきっと我慢できなかったわよ」
元子「だけど、あんちゃんのことを思ったら、もう少し我慢するべきだったのかもしれない」
巳代子「やだ、もう後悔しているの?」
元子「後悔なんかしていないわよ。ただ在外軍人向け放送が許可されるとなれば、あんちゃんに私の声を届けられなくなったこと応援してもらっただけに申し訳ないと思うもの」
巳代子「じゃあ、戻りなさいよ」
元子「今更そんなことできるもんですか」
巳代子「それでこの先どうするの? もう専門学校へは戻れないんでしょ」
元子「当たり前よ。放送協会に入る時点で中退になっているもの」
巳代子「まずいわねえ」
元子「とんでもない。勉強はなにも学校だけでできるもんじゃなし、これからは実生活の中で大いに勉強していくつもり」
巳代子「何の勉強?」
元子「それはこれから考えるんじゃない」
巳代子「な~んだ」
元子「ところで巳代子の方はどうなの?」
巳代子「うん、疎開してまだ帰れない人(しと)たちもいるけど、ボチボチ学校に戻ってきてるから、それに合わせて授業再開という感じ」
元子「これは一体どういうことなんだろう」
巳代子「うん?」
元子「戦争に負けた方がちゃんと勉強できるようになったっていうことよ」
巳代子「うん…」
元子「ともかく何事も無駄にはできないわよね」
巳代子「うん」
元子「モンテーニュも書いてるわ。『その移り変わりゆく自己の全人間性を素直に受け入れ自然との調和をはかっていく』。まさにこれよ。明日からの道をしっかりと考えなくちゃ」
ところが辞表をたたきつけた女子放送員たちの慰留工作が立花室長らによって始められました。
モンパリの店の向かいでは日本人が扇子などを露店で売っていて、アメリカ人相手に商売していた。
モンパリ
元子「こんにちは」
絹子「いらっしゃい」
洋三「見えてるよ」
のぼる「ガラとブルースのところに室長が行ったんですってよ」
元子「えっ?」
悦子「お宅は?」
元子「ううん」
悦子「あら、どうしたのかしら」
恭子「ええ」
元子「私は、いわば火(し)付け役だから室長の方もあきれてこれ幸いと思ったんじゃないかしら」
恭子「あら、だってガンコ、私と一緒に代表だったじゃないの」
元子「うん、そういえばそうだけど」
悦子「とにかく私は戻る意志なしときっぱり言いました」
恭子「私は一応考えさせてくださいと答えといたわ」
のぼる「しかたないわよ。各個撃破じゃ答えが違って出てきても」
悦子「まあね、沢野さんにしてみてもお宅を接収されて占領軍の出方にはかなり神経質になってるのは分かるのよ。でもね、まさか16期生全部が辞表を出すとは思ってもみなかったって頭抱えてるんですってよ」
元子「男らしくないじゃないの。みんなもそう言ってるなんて、うそついて室長までだしに使ってさ」
洋三「でもな、叔父さん聞いてて、そう言われたからっていうんじゃやっぱり『売り言葉に買い言葉』って感じがするな」
のぼる「でも一旦、口に出した以上、私は貫きたいって思います」
絹子「困ったわねえ、六根さんまでも」
のぼる「女は生活抱えてないからっていうの、私には当てはまらないけど道端で商売している人たちの姿見たら何やっても生きていけるような気がして」
元子「私もよ」
洋三「でもな…」
元子「ううん。終戦の時『自分を大切にしなさい』って言ってくださった立花室長の言葉、私、大切な大切な宝物だと思ってるんだもの。今、大切にしたいんだわ、私の気持ちを」
絹子「はあ~、本当に言いだしたら頑固なんだから」
元子「だって名前がガンコだもの」
洋三「『名は体を表す』って本当だね」
のぼる「私もそう思います。いつも険しい山に向かって六根清浄、六根清浄って登っていくのが私の人生のような気がして」
悦子「本当だ」
若さというのか向こう見ずというのか。
加えてもう一人、きっぱりしたことの好きな人間がここにおりました。
茶の間
宗俊「分かりました。ご心配いただきまして本当にありがたいと思っております。けど、あいつがそう言いましたものなら、是非、この話はなかったことにしていただきたいと存じます」
立花「いや、桂木さん…」
宗俊「常々、あいつには一旦、口に出したことにゃ最後まで責任取れと教育してあります手前、ご足労いただきまして、まことに申し訳ないんでございますが、あっしの口から『戻れ』とは口が裂けても言えません」
立花「残念ですな。私としては苦労を共にしただけに16期生はどの生徒も手放したくないんですよ」
宗俊「ええ、もうそのお言葉あいつには何よりの励みになると思います、ええ」
トシ江「本当に長い間、ふつつかな娘に目をかけていただきまして、まことにありがとう存じました」
立花「おかあさん」
トシ江「いえ、私どもの方もこれからの暮らしの立て直しをしなければなりませんし、まあ長男が戻りますまでは、あんな子でもこのうちの総領ですので、まあ、何かと父親の助けにもなるでしょうし」
宗俊「何で俺が元子の助けを借りにゃならねんだい」
トシ江「だからさ」
宗俊「てやんでぇ、何が『だから』だ」
モンパリ
巳代子「お姉ちゃん! お父さん断っちゃったわよ、きっぱりと」
元子「えっ?」
巳代子「放送局の立花室長さんがお見えになったのよ」
絹子「それで?」
巳代子「このところ少々しょぼくれていた宗俊がまあ胸そっくり返していい気分そうに、小娘相手だ、さきざきのためにならねえから売られたけんかなら最後までお買いになんなせえとか何とか」
洋三「じゃあ、ぶち壊しじゃないか。どうしようもないな、全く」
絹子「本当だ」
元子「ハハハハ…あ~あ、ハハハハハ…」
巳代子「どうしたのよ、ねえ」
このあと恭子だけが放送局へ戻りますが宗俊のいきがりが元子やのぼるたちの戦後の進路を変えることになりました。
吉宗の店舗部分
着物がかかっている。元子は電話が置いてある代の隣で手紙を書いている。
元子の手紙「そういうわけで放送協会を退職し、目下、第二の人生を歩み始めました。それにしても向こう75年間は草も生えないだろうといわれた広島に茶っぽい草が生えてきたという新聞記事ほどうれしいものはありませんでした。あの新型爆弾は原子爆弾だそうですね。私の同期生にも行方不明になった人がいます。本当に多くの人が死にました。だから生き残った私たちは二度とそういう恐ろしい兵器が使われないよう平和な日本を築くために一生懸命頑張らなければいけないと思います。実は私も古着屋を始めました」
この映画の中でも植物が生えてきたというエピソードがあったかも。
↑どちらも戦後10年以内に作られた広島の映画。
真剣な顔で手紙を読む正道。「古着屋…?」
元子の手紙「友達の立山のぼるさんは英語をマスターしたいといって銀座のPXに勤め、よくお客様を連れてきてくれます。みんな頑張っています」
吉宗
のぼる「ごめんください!」
元子「はい、いらっしゃいませ! あら」
のぼる「彼ね、お国の妹さんにね、お土産探したいんですって」
元子「オーライ。でも、妹じゃなくて恋人なんじゃないかな?」
米兵「ノーノ― イモウト。イモウトネ」
元子「あら」
のぼる「こうなのよ。ウカウカしてたらこっちが英語覚えるより先に日本語覚えられちゃいそう」
元子「わぁ、それは大変だ」
のぼる「プリーズ」
元子「選んで。あっ、どうぞどうぞ。お客様に日本人もアメリカ人もないんですから。さあ…」
元子の第二の人生はまず古着屋から始まりました。
吉宗の店の扉には「衣類髙價買受けます」の看板がかかっている。何の旧字体かと思ったら、高”価”なんだね。
つづく
おお! 展開が早い。モデルになった近藤富枝さんは、本当にきっぱりやめてしまったみたいだけど、同期の武井照子さんら4人は室長からの電話で戻った。
なんとなく私なら辞めてしまった人より戻ってその後のラジオやテレビの歴史を知りたいと思ってしまうけど、自局の社員の話は難しいのかな?
来栖さんは近藤さんや武井さんと同期で満州出身。のぼるのモデル?
でも、のぼるが辞めたのは意外だった。元子=近藤富枝さん、恭子=武井照子さん、のぼる=来栖琴子さんみたいな感じ?