公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
「合格したら男性放送員と同じく、夜勤や宿泊当番もあるが大丈夫か?」最終面接試験で念を押され、元子(原日出子)はよけいな返事をしてしまう。失敗したかもと、不安なまま家に帰ると正道(鹿賀丈史)が来ていた。兄のいる隊は満州へ行ったのでは、と伝えに来てくれたのだ。20日後、速達で念願の合格通知が来た。すると、この期に及んで宗俊(津川雅彦)が、受験はさせたが放送局に務めることは許さねえ、と言いだす。
9日1日は震災記念日です。
順平「行ってきま~す!」
巳代子「行ってまいります!」
そして学校は2学期の始まりで元子にとっては女子放送員最後の面接試験日でもありました。
元子「行ってまいりま~す!」
面接
立花「すると、ご家族は?」
元子「はい、兄が入営いたしましたので両親と妹と弟、ほかに昔から奉公している年寄りが2人おります。みんな健康です」
立花「それでは、ご家族の皆さんは、あなたが女子放送員に応募したことについては賛成してるんでしょうね?」
元子「はい、父以外は全員、応援協力してくれています」
立花「どうして、お父さんは反対なんですか?」
元子「いえ、大したことではありません。絶対に説得する自信はありますし、家族の者たちもみんなそう言ってくれています」
立花「うん、それなら結構ですが。実はですね」
元子「はい」
元子はコの字型に並べられた机の中央にいて、正面に2人、両側にも3人いる中での面接。すごいな~。カンカンもいる。
立花「一旦採用され、研修を済ませて放送員になった者は、みだりに退職できないんです」
元子「はい」
立花「女子といえども放送員は、つらいからとか家の都合でとか言って辞めることはできないんです。その点は大丈夫でしょうね」
元子「大丈夫です」
本多「しかし、放送員となると勤務は全く男性と変わりませんよ。深夜放送があれば夜勤もあるし、宿泊当番もありますしね」
元子「大丈夫です。戦争なんですから泊まりが嫌だなんて言っていて空っぽの城に夜襲を受けたら負けてしまいます。ほかの人(しと)にできる勤務なら私にもできないことはないと思います」
本多「結構です」
元子「それに…これは大変個人的なことなんですけれど」
立花「ああ、どうぞ」
元子「はい。私の兄は今、どこで戦っているのか分かりません。でも、もし電波の届く所にいるのでしたら、きっと私の声を聞くでしょうし、原稿を読む私の声を聞いて恐らく大いに戦意を高揚させてくれるものと信じていますので」
立花「分かりました。ところであなたは学校があと1年あるはずですが」
元子「はい。同等の学力を有する者と応募基準にありましたので思い切って挑戦いたしました」
立花「それでは卒業にならなくてもよろしいんですね」
元子「非常時ですから一日も早くお国のために役に立ちたいと考えています」
正面に座る立花と本多が顔を見合わせてうなずく。
本多「音声試験の結果ですが」
元子「はい」
本多「これは東京の出身者に共通して言えることなんですが、桂木さんの場合にも『ヒ』と『シ』に難点がありますね」
元子「申し訳ありません」
本多「いずれ通知が行くと思いますが、それまでにご自分でよく矯正しておいてください」
元子「それではあの、もしかして私…」
立花「(せきばらいして)通知は20日頃に速達で届けられると思います」
元子「はい。『人事を尽くして天命を待つ』というのが今の私の心境です」
立花「なるほど」
元子の心の声「しまった! 余計なこと言い過ぎたかな…」
立花「それでは結構です。次の方に声をかけてお帰りください」
元子「はい。(立ち上がり)どうもありがとうございました」
ドアが閉まる。
男「どうですか」
本多「彼女が一番の年少ですね。私が引っかかるのはそれだけです」
男「父親が反対というのはどういうことなのかな」
実際、モデルになった近藤富枝さんは1922年生まれ、当時23歳で既に大学を卒業し、別のところに就職していました。昭和生まれのガンコさんをやりたいがための最年少設定なのかな~。生い立ちも結構違うけどね。
路地を歩いている元子。「あれはまずかったかなあ…」
吉宗
元子「ただいま」
玄関の軍靴に気付く。
元子「大原さん!」
トシ江「何ですよ、そんな大きな声出してみっともない」
正道「ああ、お帰りなさい」
元子「こないだはどうもいろいろとありがとうございました」
正道「いや、お役に立てなくて残念でした」
元子「いいえ。それより兄のこと何か分かったんでしょうか」
トシ江「それがね、どうやら満州の方に持っていかれたらしいんだよ」
元子「満州へ…」
正道「自分の考えじゃ恐らく満州じゃないかと思います」
元子「そうなんですか…。でも、物は考えようですね。最初は南方の方が勇ましいと思ってたんですけれど、サイパンもやられたし、むしろ満州の方が安全かも分かりませんもんね」
トシ江「元子、軍人さんに向かってそんなバカなこと言うんじゃありませんよ」
元子「どうもすいません」
正道「いや…。それで放送員の方、今日の成果はどんなでしたか?」
元子「ええ…何だか硬くなっちゃって自信ないんです、私。大体、2次まで受かった方が奇跡なのよ」
正道「いや、奇跡ってのはね、ガンコちゃん、最後に起こるもんだよ」
元子「でも、私…」
トシ江「本当に鼻っぱしばっかり強くって」
元子「んなこと言ったって」
正道「今日は面接だったんでしょう」
元子「はい」
正道「面接ってのは第一印象が決め手だけれども、まあ、ガンコちゃんに会って変な子だなって思うような人は一人もいないな。これはね、大原が保証するよ」
電話が鳴りだし、トシ江が席を立つ。
元子「でも、最後に何だか余計なこと言っちゃったような気がして…」
正道「でも、ガンコちゃんのことだから一生懸命言ったんでしょう」
元子「そりゃもちろん」
正道「『人事を尽くして天命を待つ』。全力を発揮したいんなら虚心坦懐、結果待てばいいんだよ」
元子「それを言っちゃったんです、試験管に私」
正道「あ~、それじゃあ大丈夫だ。それで間違いなし」
元子「そうでしょうか」
席に戻ってくるトシ江。
正道「全ては任したんだから、あとは任された側が考えればいいんだよ」
元子「そうですね。本当にそうだわ」
正道、笑う。「あっ、自分はまだ用事がありますので、これにて失礼します」
トシ江「どうもありがとうございました。大原さん、お気を付けて」
元子「本当にありがとう、大原さん」
正道「それじゃあ」
2階
部屋の窓辺に座る元子。階段を駆け上がってくる音。
巳代子「お姉ちゃ~ん! やったわ、私! やった、やった!」
元子「何よ、一体何をやったのよ」
巳代子「動員の工場が決まったの。何作る工場だと思う?」
元子「さあ」
巳代子「お願い、当てて」
元子「う~ん、難しいなあ」
巳代子「いや~ね、お願いだから当ててよ。ねえってば」
元子「そんなに喜んでるところを見ると、さてはお菓子の工場かな」
巳代子「やだ、どうしてそんなに簡単に当てちゃうの」
元子「まさか。だってそんな軍需工場あるわけないでしょう」
巳代子「そんじゃちょっとだけ当たり。乾パン工場よ。私たち、乾パン作る工場に行くことになったの」
元子「本当!?」
巳代子「ね、希望は持つべきものだわね」
元子「うん、本当だわ」
巳代子「それでお姉ちゃんは?」
元子「うん、全力を尽くしてきた」
巳代子「ご苦労さま。きっと受かるわよ。私、信じてるもの。お母さ~ん! ねえ、お母さ~ん!」空の弁当箱を持って部屋を出ていく。
元子「全く調子がいいんだから」
吉宗前の路地でベーゴマで遊ぶ男の子たち。
郵便配達「吉宗さ~ん! 速達! 元子さんに速達ですよ!」
誰もいないので玄関作に葉書が置かれた。
二丁目六拾番地
桂木元子殿
東京都麹町區内幸町二丁目二番地
速達 社團法人 日本放送協會秘書課
茶の間
宗俊「桂木元子殿
前略 陳者(のぶれば)放送員採用試験に関しては、ご足労相煩わし候所。選考の結果、合格のことに決定いたし候間、この段、ご通知申し上げ候。なお養成開始は10月5日に候間、当日午前9時、放送会館4階秘書課にご出頭相なりたく候」
ハガキを読んだ宗俊はその葉書を投げ飛ばす。こら!
元子「お父さん」
宗俊「グウ~ッと熱いやつ、くれ」
トシ江「言うことはそれだけなんですか?」
宗俊「俺は茶が欲しいと言ってるんだ」
元子「分かりました。グウ~ッと熱いのをですね。はいはい、今お持ちします」
宗俊は長火鉢の炭を箸で取って、フーフー息を吹きかけ、そこからタバコに火をつけている。
トシ江「本当に悪い癖なんだから」
宗俊「何がだ」
トシ江「よくやったとか何とかひと言、言ってやったらどうなんですか」
宗俊「何でだよ」
トシ江「本当にあんたって人は…」
宗俊「うるせえ。いいか、元子はな、自分が好きで受けたんだ。言ってみりゃ趣味道楽とおんなじじゃねえか」
トシ江「趣味道楽ですって!?」
宗俊「そうよ。そんなものに親がいちいちよくやったとかヘチマだとか、え、言わなきゃならねえしきたりが世間の一体どこにあるってんだ。あったら聞かせてもらおうじゃねえか」
トシ江「分かりました。もうあんたには何も申しません」
宗俊「ありがてえや。こちとらはな、面倒なことは大(でえ)っ嫌いなんだ」
トシ江「朝、新聞読んだんじゃないんですか」
宗俊「夕刊がなくなっちまったんだからしかたねえじゃねえか。何を読もうが俺の勝手だ」
元子「そんじゃ、後の手続きのことは全部自分でやりますからよろしくお願いします」
宗俊「何の手続きだ」
トシ江「だから放送局入社の手続きですよ」
宗俊「誰がそんなことやれって言った?」
元子「だって面倒くさいことは大っ嫌いなんでしょ? だからこの際、自分のことは自分でやります」
宗俊「おめえたち、何か勘違いしてるんじゃねえのか。俺は放送局へ勤めていいなんざ、ひと言も言っちゃいねえぞ」
元子「そんな」
宗俊「何が『そんな』だ! 受けたきゃ受けてみろ、確かにそんなふうなことは言った。しかしそれは試験だけの話だ。受かったからって、そのまま勤めますなんざ、俺は金輪際許さねえから、そう思え!」
元子「むちゃくちゃだわ。放送局の一体どこが気に入らないんですか」
宗俊「女が勤めに出たら、ろくなことはねえんだ」
元子「うそ」
宗俊「何がうそだ!」
元子「お父さんはあんちゃんが出征した日に警戒警報が出たのをまだ根に持ってるんだわ。それを放送局のせいにして」
宗俊「ガキじゃあるめえし理屈にもならねえことを俺が言うわけ…」お茶を飲む。「熱(あち)っ! てめえは親に煮え湯を飲ませる気か!」
元子「グウ~ッと熱いのをって自分が注文したんでしょ」
トシ江「もうおよしよ。一旦へそが曲がったら、もう話にも何もなりゃしないんだからね」
元子「お母さん」
電話をかけるトシ江。壁掛けとかじゃなく普通の黒電話。「あっ、絹子さん? 私、トシ江です。洋三さんお帰りになってらっしゃるかしら? あっ、そう。だったらまことに相すいませんけれども、ちょいと話があるんでうちに来ていただけますでしょうか。あっ、どうもありがとうございました」
宗俊「おい、おめえ、それ何のまねだ?」
トシ江「え? 元子、ちょいと町内に声かけてくるからね、お父さん逃げ出さないようにしっかり捕まえておくんだよ」
宗俊「おい、こら待て! おい、こら…」
元子が立ち上がった宗俊の腰にしがみつく。「彦さ~ん! 巳代子! 誰か応援に来て~!」
宗俊「この野郎、放せ、こら!」
元子「嫌です!」
宗俊「バカ野郎、てめえ!」
巳代子と順平がこっそり様子を伺いに来る。
茶の間
芳信「ご時世が違うんだよ。芳町の金太郎だって三味線捨てて勤めに出てるじゃないか。そりゃお前さんがもっちゃんかわいいのは分かるけど、いつまでも箱の中に入れてしまっとくわけにはいかないんですよ」
幸之助「ご隠居の言うとおりだよ。え。勤めに出ていけねえんだったら、何で巳代ちゃんのことだけ見逃すんだよ」
宗俊「だからおめえ、あれは勤労奉仕だし」
洋三「いや、放送員といったら、それよりも責任の重い仕事なんですよ。だから、なりたい者が勝手になれるっていう仕事じゃないんだ。その難関をもっちゃん、見事に突破したのをどうして親として認めてやれないんですか?」
宗俊「てめえは黙れ!」
洋三「いや…」
友男「いや、俺はね、いや、そんな難しいことは分かんねえけどよ、お国のためなんだろ。敵機が飛んできてよ、それを教えてくれる人がいなかったら、みんな殺されちまうって大事(でえじ)な仕事なんだろ」
宗俊「だからおめえ、敵機が来ないようにうちの正大が戦ってるじゃねえか」
洋三「その正大君にもしかしたら自分の声を届けられるかもしれない、そういうもっちゃんの気持ちを義兄(にい)さん、あなた、どう思ってらっしゃるんですか」
宗俊「うるせえな、お前は!」
幸之助「これぞ、きょうだい愛じゃねえかよ。え。分からず屋のおやじにしちゃ出来た娘だぜ」
宗俊「よってたかりやがって大きなお世話だ」
芳信「そりゃ違うよ。みんながこうやって集まってきてるんだって、みんな、お前さん一家が好きだからさ。バチが当たるようなこと言いなさんな」
宗俊「いや、そ…それは十分に分かってますよ」
友男「だったらどこに文句があんだい!」
宗俊「何をこの野郎!」
幸之助「分かった分かった…分かったよ、この意地っ張り野郎めが、もう」
宗俊「何だと?」
幸之助「要はメンツが立ちゃいいんだろ。なあ、かわいいもっちゃんのためだ。この頭一つで済むんだったらば畳にすりつけてもお願いしてやっからな」姿勢を正す。「宗ちゃん、無理を承知でお願いしてるんだよ。よろしくお頼申します」
芳信「おう、そんなことなら私にだってお安い御用だ。このとおり」
友男「俺だって、お頼申します」
洋三「それじゃ私も」
こっそり見ていた順平、巳代子もみんなと同じように頭を下げる。
宗俊「よしてくれよ、そんなまねは…おい」目頭を押さえる。「おい元子、おめえ、皆さんにお礼を言わねえか」
元子「ありがとう、お父さん」
うなずく宗俊。
元子「皆さん、どうもありがとうございます」
トシ江も涙を拭きながら頭を下げる。
さすが、宗俊の弱点を知り尽くしたご近所の衆。ともあれ、うれしい幕になりました。
笑顔で涙を拭く元子。
つづく
明日も
このつづきを
どうぞ……
結構この間が長かった…。
宗俊は面倒くさい父親なんだけど、トシ江がバンバン言い返してくれるんで気持ちがいい。もっちゃん、合格おめでとう♪