TBS 1977年11月15日
あらすじ
新二(中野健)が危篤になってしまう。看病の甲斐あって助かるが、蓄えは底をついてしまう。いせ(市原悦子)は再婚を勧められるが、新二の亡き父への思いを知り、二人で生きていこうと決意する。
2024.7.2 BS松竹東急録画。
冒頭はお決まりのシーン。青白画像。船が港に帰ってくる。
いせ「石頭(いしとう)教育、13981(いちさんきゅうはちいち)部隊、荒木連隊、第1大隊、第6中隊の端野新二(はしのしんじ)を知りませんか? 端野新二知りませんか? 端野新二を知りませんか? 端野…新二~!」
端野いせ:市原悦子…字幕黄色。
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端野新二:中野健…字幕緑。
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三浦とよ子:生田くみ子
坂本医師:和田周
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医師:斉藤英雄
吉岡節子
谷口久美子
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看護師:後藤泰子
山口京子
古川小夜子
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三浦文雄:山本耕一
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音楽:木下忠司
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脚本:高岡尚平
秋田佐知子
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監督:高橋繁男
端野家
三浦先生が新二を抱いて家を出て、いせも玄関に鍵をかけ、後につづく。
<急に苦しみだした新二の様子は普通ではありませんでした。吐いたり下したり体が火のようでした>
病院
いせ「先生、どうなんですか?」
医師「う~ん、うちでは手に負えんな。君、日赤(にっせき)へ連絡してくれ」
看護師「はい」
診察室を出た看護師が電話をかけている。「43の2315番お願いします」
診察室
いせ「疫痢?」
医師「その疑いがあります。とにかく隔離しないと」
いせ「疫痢…」
<疫痢。今でこそ医学が発達して、そんなことはありませんが、当時は死亡率が高い大変な伝染病だったんです。新二は、その日のうちに避病院へ隔離されてしまいました>
看護師2人に担架で運ばれる新二。いせがついていく。
坂本「お母さん」
いせ「新二」
坂本「ここから入れません」肩を押さえて止める。
いせ「いや、ちょっと先生…新二」
隔離病棟の扉が閉められる。
いせ「新二」
三浦「端野さん」
いせ「先生、どうぞ中に入れてください。あの子にもしものことがあったら」
三浦「落ち着いてください。落ち着いてください、端野さん」
いせ「ねえ、先生。そばに置いてください。お願いします」
坂本「それは規則でできません」
いせ「いや、私、あの子だけが頼りなんです。生きるか死ぬかってときにどうして?」
坂本「お気持ちは分かりますけれども落ち着いてください。あなた方も一応検査します。伝染病ですから」
また隔離病棟のドアを開けて入ろうとしたいせを三浦先生が止めた。
新二はベッドに寝かされている。
診察室
坂本「検査の結果が出るまで帰らないでください。お二人の場合、多分、大丈夫だと思いますけれども、疫痢ってのは子供の病気ですからね」
三浦「先生、原因はなんなんでしょうか?」
坂本「ええ、お母さんにも聞いたんですけど生ものには特に注意をされていたようですしね。そうでしたね? お母さん」
三浦「一体、何が…スイカのような物(もん)でも?」
坂本「召し上がったんですか?」
三浦「ええ、私がお土産に」
坂本「そうですか。まあ、断定はできませんがね。同じ物を食べても、その人の体調にもよりますからね」
いせが「新ちゃん」とつぶやき、診察室から出ようとするのを三浦先生と坂本医師で止めた。「お母さん、落ち着いてください」
看護師B「坂本先生、すぐ来てください」
坂本「どうした?」
看護師B「患者の容体が…」
坂本「よし、すぐ行く」
いせ「先生、先生」
坂本「病室へは入れません、いいですね?」
いせ「先生」
三浦「端野さん!」
病室
看護師「下痢と嘔吐がひどいんです」
坂本「衰弱が激しいな。酸素吸入の用意をしてくれ」
看護師C「はい」
廊下のベンチで待つしかないいせと三浦先生。
いせ「先生。検査の結果、私たちに異常がないって分かったんですから、どうぞお帰りください。奥様が…」
三浦「そんな心配は…今はそんなことより新二君のことが…」
いせ「あの、新二はどうなんでしょうか?」
看護師「わたくしからはお答えできません」
病室のドアを開けるいせ。汗をかき、酸素吸入されている新二。
いせ「新ちゃん。いけないんですか? 新二は」
坂本「出てもらいなさい」
看護師「はい。(いせに)出てください。お願いします、出てください。隔離病室なんですから出てください。お願いします。出てください」
病室から出てくる坂本医師。
いせ「先生、どうですか? 新二は」
坂本「今夜が峠です。ですから…」
いせ「どうぞ助けてください、新二を。先生、新二のそばに置いてください。お願いいたします。そばに置いてください。お願いします。先生、ねっ?」
廊下のベンチで待っていた三浦は腕時計を見る。
三浦家の壁掛け時計は午後10時半の鐘の音が鳴っている。起きて待っているとよ子。
三浦先生、帰ってー! スイカかも?ってなってたけど、刺身じゃないのぉ!?
病室
白い割烹着、マスクをつけて少し離れた場所から見ているいせ。
坂本「カンフル」
看護師「はい」
坂本「下(しも)の始末してくれ」
看護師「はい」
いせ「私がします」
坂本「気をつけてください」
下の処置が済んだいせに看護師が消毒液で手を洗うように言う。洗面器の中の青い液体に手をつけるいせ。
新二「お母ちゃん」
いせ「新ちゃん。お母ちゃん、ここにいるわよ。新ちゃん。ちゃんとここにいますよ。頑張るのよ。新ちゃん」
廊下でタバコを吸って待つ三浦先生。なんとか連絡くらいしろ!
三浦家
髪もおろし、寝る支度をしていたとよ子だったが、着替えて端野家へ。「端野さん」と声をかけ、戸をたたく。明かりがついておらず、家をぐるっと一回りして覗く。
病院の廊下
看護師「まだいらしたんですか」
三浦「端野君の様子は?」
看護師「子供だから体力もないし、衰弱が激しくって…」
三浦「なんとかなりませんか?」
看護師「病院では精いっぱいのことやってるんですけど…」
病室
新二の汗を拭く看護師。坂本医師は聴診器をあてる。「カンフル」
看護師「はい」
いせ「先生、手が…足もこんなに冷たくなって。先生…」布団に手を入れ、新二の足をさする。「新ちゃん。先生…」
悲しい音楽が流れ、坂本医師が新二の手首を持って脈を診ている。「もし、会わせたい方がおありでしたら、ご連絡なさったほうが…」
いせ「いいえ。助けてください、先生。助けてください。死なせないで。助けてください!」ベッドに上がり込み新二の両足をさすり続ける。
夜が明けた。三浦先生、まだいた!
廊下の床に座り込んでいた三浦先生の前に坂本医師が現れた。
三浦「新二君は?」
坂本「奇跡的でした。一時はダメだと思いました。会わせたい人がいたら呼んでくれとお母さんに言ったんです。恐ろしいもんですね、母親の力ってのは。もう大丈夫です。峠を越しました」
三浦「先生、ありがとうございました。ありがとうございました」
坂本「私の力じゃありません。私は一旦、見放したんですから。一つの命が消えずに済んだのは、あの子の生命力と母親の一念です。医者なんてのは所詮、お手伝いするにすぎないんだってことをつくづく感じました。助かるか助からないかは本人の生命力です。それをあの母親が引き出したんです。心臓が極度に弱ってきて脈が結滞を始めたんです。カンフルを続けざまに打っても弱る一方で、これはもういかんと思いました。手足がどんどん冷たくなってきましてね。
そのとき、あのお母さんは患者を抱いて冷えていく手足や体をさすり始めたんです。そりゃもう死に物狂いで温めようとするんですね。とても見ていられませんでした。私はダメだと思ってましたから。5分、10分、15分…それを続けているうちに患者の顔に赤みが差してきたんです。カンフル注射でどうにもならなかった心臓が、また強く打ち始めてきたんです。
あのお母さんは、もしあの子が死んだら生きていない覚悟だったんでしょうね。すばらしいもんですな。人間の一心というものは。感動しました」
坂本医師役の和田周さんは「本日も晴天なり」では戦後、引き揚げてきた男性アナウンサー役をしていた。
タバコを出そうと白衣のポケットを探っていた坂本医師に三浦先生がタバコを渡し、火をつけた。
病室
新二の脈を診る坂本医師。
いせ「ホントに大丈夫なんでしょうか?」
坂本「お母さんの願いが届いたんですよ。完全に峠は越しました」
いせ「ああ、そうですか」
坂本「頑張りましたね」
いせ「ありがとうございました。どうも…ありがとうございました」坂本医師の手を握って頭を下げる。「ホントにありがとうございました。(看護師に)ありがとうございました。どうもありがとう…」
部屋の隅で泣きだすいせ。
貼り紙が貼ってある。
お願い
面会時間は午前十時より午後三時迄です。
特別の場合は医師の許可を受けて下さい。
ベッドには患者以外絶対に坐らないで下さい。
廊下は静かにお歩き下さい。
喫煙は喫煙所にてお願いします。
病室では特に静かに願います。
各位 院長
端野家
家の周りに石灰をまいたり消毒している保健所の男たち。
女性たち3人が端野家の家を通りかかる。
女性A「イヤねえ」
女性B「うちの子も気をつけなくっちゃ。ここの新ちゃんと遊んでたから」
女性C「一応、病院に連れてって診といてもらったほうがいいんじゃない?」
女性A「端野の奥さんも不注意ねえ。隣近所に迷惑をかけて。子供に一体何を食べさしてんのかしらねえ」
病室
おかゆを食べさせようとするいせ。「新ちゃん。ダメよ、先生もおっしゃってたでしょう? 何か少し食べたほうがいいって。何も食べないと、また病気のばい菌に負けてしまうって」そっぽを向く新二。「新ちゃん。先生も看護婦さんもそりゃ一生懸命だったのよ。みんなで助けてくれたのよ。それなのに新ちゃんがそんなふうじゃ…」頭を正面に向ける。「新ちゃん、はい」口に入っていかず流れる。「ダメねえ」
いせは自分の口に含ませて口移しで食べさせ…うわ~! 感動の一場面かもしれないけどちょっとドン引き。昔の親子間で口移しは本で読んだこともあるし、実際、身近でも聞いたことはある。でも、やっぱり…
病室に三浦先生が入ってきた。「よかった。ホントによかったですね」
いせ「先生、今まで?」
三浦「ええ」
いせ「まあ、ご心配かけてしまって」
三浦「いいえ。(新二に)端野、どうだ? よかったな、ホントに」
いせ「先生、新二はなんにも食べないんですよ。お医者さんが何か少し食べないと体力がつかないって言うのに」
三浦「いかんなあ。早く元気にならないと2学期になっても学校行けないぞ。いつまでもここにいるのはイヤだろう? お母さんだって仕事もできないし。よし、先生が」
えっ、口移し!?
三浦先生が食べさせると素直に口に入れる新二。口移しじゃないよ!(当たり前)
三浦「よ~し、どんどん食べなきゃダメだぞ。もう1杯だ。よしよし、いいぞ」
三浦先生だと素直に言うこと聞いちゃって~みたいないせの表情がかわいい。
三浦家
荷物をまとめるとよ子。これまでないがしろにされてきたので一晩帰らないくらいでとは思わない。置き手紙を書き、出ていった。
病院
いせ「ホントに先生、ありがとうございました」
三浦「端野さん、すいませんでした。私がスイカを持ってきたばっかりに」
いせ「いいえ。スイカが原因かどうか、ホントに…」
三浦「私にできることがあったらなんでも言ってください」
いせ「あっ…あの奥様のほうには?」
三浦「大丈夫ですよ。心配しないでください」
いせ「そうですか。どうぞよろしくお伝えください」
三浦「ええ、そう伝えます。じゃ、お大事に」
いせ「ありがとうございます」
三浦「端野さん。あんまり無理をしないでください。あなたが倒れたりしちゃ、それこそ…じゃ」
いせ「ありがとうございました」
<電話が今のように普及してない頃のことですから、先生が奥様に連絡できないまま、うちを空けられたこと奥様はどう受け取ってらっしゃったのか、私はそれが気がかりでした>
きちんと戸締りされた三浦家。
<あとで分かったんですが、やはり奥様は三浦先生の無断の外泊に腹を立て、実家にお帰りになっていたそうです>
茶の間のテーブルの上の置き手紙
しばらく
實家に歸らせて
いただきます
とよ子
<私は新二が助かったことでとにもかくにもホッとしました。一時は死の世界をさまよった新二。代われるものなら自分が代わってやりたい。助けたい一心でした。母親ってホントにそう思えるものでございますね>(つづく)
強い強い母の愛が重く感じてしまう回。お母さんの愛が~みたいな感動的な思いはあんまり…かな。坂本医師までいせさんにメロメロになっちゃうんじゃない!?