TBS 1977年11月14日
あらすじ
新二(中野健)が危篤になってしまう。看病の甲斐あって助かるが、蓄えは底をついてしまう。いせ(市原悦子)は再婚を勧められるが、新二の亡き父への思いを知り、二人で生きていこうと決意する。
2024.7.1 BS松竹東急録画。
冒頭はお決まりのシーン。青白画像。船が港に帰ってくる。
いせ「石頭(いしとう)教育、13981(いちさんきゅうはちいち)部隊、荒木連隊、第1大隊、第6中隊の端野新二(はしのしんじ)を知りませんか? 端野新二知りませんか? 端野新二を知りませんか? 端野…新二~!」
端野いせ:市原悦子…字幕黄色。
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端野新二:中野健…字幕緑。
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三浦とよ子:生田くみ子
島田正子:小野松江
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宍倉伸一郎
佐藤義昭
高橋修司
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三浦文雄:山本耕一
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音楽:木下忠司
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脚本:高岡尚平
秋田佐知子
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監督:高橋繁男
それにしても第○章その○のつけ方が不思議~。
自転車に乗りながら左手にそばを乗せて走っている男。
<昔は、おそば屋さんは、みんなこうして出前をしたものでございます。随分と修業がいったことでしょう。なんだかこうやって届けてもらったおそばは、今よりもおいしかったような気がいたします。引っ越しそばっていうのは、ご存じでしょうか? 引っ越してきた人は向こう三軒両隣へ、おそばを配ってご挨拶したもんでございます。なんとかこうして自分たちの家を借りることができました>
狭い道を通り抜け、端野家へ。端野新二の表札がかかる家。
<小さくても新二が戸主です>
いせ「新ちゃん、ちょっと来てちょうだい!」
新二「なあに?」
いせ「裏の島田さんの所、行ってね。隣に越してきた端野ですって。これ持って」そばを持たせる。「これからどうぞよろしくお願いします。これがご挨拶のしるしですって言ってきてちょうだい」
新二「うん、分かった」
いせ「言える? うまく言ってよ」
新二「うん」
いせ「頼んだわよ」
裏の島田家へ
新二「ごめんください」
正子「はい」奥から出てくる「なあに?」
いせは影からのぞき見…って一緒に挨拶しないの!?
正子「こんにちは。あなた、どこの子?」
新二「あの…」
正子「なんの用?」
新二「この度、お隣に越してきました、端野です。どうぞよろしくお願いします。これはご挨拶のしるしです」
正子「あら~」感嘆の声に、いせはニヤリ。
正子は新二が持ってきたそばを見る。「まあ、これはご丁寧に。島田と申します。こちらこそよろしく。坊や、何年生?」
新二「3年です」
正子「はあ~、しっかりして。あっ、ちょっと待ってね。なんにもお返しがなくってね、お母さんによろしくね。器はあとで持ってあがりますからって」何か布に包む。
新二「はい」
正子「坊や、お名前は?」
新二「新ちゃん」
正子「新ちゃん。お母さんと2人じゃ大変ねえ。ご縁があってお隣同士になったんだから、なんでも遠慮なくおっしゃってくださいって言ってね」
新二「はい」
正子「それからね、うちじゃ、お兄ちゃん、みんなおっきいんだけど遊びにいらっしゃいね」
新二「はい」
正子「ご苦労さん」
いせは大急ぎで自宅に戻り、新二は走って帰ってきて、布を渡す。「はい、これ。お返しだって。なんにもないからって」
いせ「そう。マッチ一本だって大事な物だからね」
いせがそばの器の上にかぶせた布にマッチを返してきたのを”おうつり”というのね。はあ~、勉強になるなあ。
そういえば、「あしたからの恋」でもキクが修一の店でアルバイトすることになった勉のことをよろしくという意味で菊久月の隣の文具店で半紙を買ってたけど、そういうこと?…いや、引っ越し関係ないし。
半紙を贈るって何?ってその時は思ってたんだけど、”おうつり”にはマッチや半紙が用いられ、マッチ=硫黄=祝う、半紙=神みたいな縁起物らしい。
いせ「それでうまく言えたの? ご挨拶」
新二「言えたさ」
いせ「あっ、そう」
新二「お隣のおばちゃんがね、縁があってお隣同士になったんだから、なんでも…え~と」
いせ「遠慮なく」
新二「あっ、遠慮なく言ってくださいって。お母ちゃんにそう言ってくれってさ」
いせ「どんな人?」
新二「優しそうな人だったよ」
いせ「あんたのこと、なんか言ってた?」
新二「うん。しっかりしてるってさ」
いせ「あっ、そう」
新二「お父ちゃんのこと聞かれたから死んだって言った。お母ちゃんと2人だって」
いせ「ふ~ん、偉かったね。うまく言えたじゃない。それじゃ、荷物全部2階運びなさい」
新二「うん」
<大真面目に報告する新二。おかしくもありましたが、あの子が1人でちゃんと私の代わりに挨拶ができるようになったかと思いましたら…>
茶の間
新二「わあ、お刺身! 今までで一番のごちそうだね」
いせ「お母ちゃん、奮発しちゃった。はい」ご飯をよそって渡す。
新二「ご飯も白いご飯だね」
いせ「今日だけよ。あしたからまたうんと引き締めなくちゃ」
新二「うん」
いせ「分かってる? これからお母ちゃん、仕立物だけで新ちゃんと2人で暮らしていかなければならないんだからね」
新二「分かってる」
新二は刺身を醤油に付けて食べ始める。お刺身全部食べていいよと言ういせだったが、醤油をつけた刺身をいせの口に運ぶ新二。
いせ「おいし~い。おいしいね」
夕食後は、布団を敷き、寝転がって伸びをする新二。「ああ~、広いなあ」
後片付けを終えたいせも新二の隣に寝転がる。「広いなあ!」
いせは新二と蚊帳を吊る。
新二「2階の戸、閉めた?」
いせ「閉めたわよ」
新二「誰も入ってこないかな?」
いせ「怖いの? あんた」
新二「怖くなんかないよ」
いせ「全部、吊ったの初めてね」
新二「うん」
いせは「おじいちゃんとお父さんにご挨拶しよう」と2人で仏壇に手を合わせる。
新二「なんて言うの?」
いせ「長いこと、ご心配をかけました。おかげさまでこうして私たちはうちを借りることができました。これからも2人で力を合わせて頑張りますから親子をお守りくださいませ」
新二「函館のおばあちゃん、どうしてるかな?」
いせ「元気でしょう。あとで手紙書いてみよう」
新二「うん」
<郷里にいる生(な)さぬ仲の母のことを思うと、キューっと胸が痛くなるような気がいたしました。私の父が残してくれた僅かな財産を新二が成長するまで管理すると言って私の自由にはさせてくれませんでした。あまり若くもないのに1人で暮らしている母を思うと新二と2人暮らせる私は、まだ幸せだと思いました>
まだ手を合わせているいせの背中に乗る新二。そのままおんぶして電球を消して、布団に足を伸ばす。新二がいせの顔を見ていた。「うん?」
新二「お母ちゃん、あんまり無理しないで。僕が学校出るまで待っててね。学校出たら、お父ちゃんと2人分、働くから」
いせ「何よ、いきなり。おかしな子」
新二「ホントだよ」
いせ「ありがとう。お母ちゃん、新ちゃんの言葉が一番力になるわ。うれしいわ。新ちゃん、こんなこと言っていいかどうか…」
新二「何よ? 話してよ」
いせ「新ちゃんがまだ3つになるかならないころ、お母ちゃん、お父ちゃんと事情があって別れて暮らしてたのよ。それでしばらくたって、また一緒に暮らすようになって、うちを借りて引っ越したの。そのとき、お父ちゃんが新ちゃんをおんぶして引っ越しそば配りながら挨拶に行ったの。今日、新ちゃん、お母ちゃんの代わりに挨拶に行ってくれたでしょう? だから、昔のこと思い出して。ホント言うと全部聞いてたんだ。うまく挨拶できたね」
新二「なんだ。そんなのずるいよ、ずるいよ」
いせ「フフフフッ。もう寝よう」
うちわで仰ぐと、新二はすぐに目をつぶった。しかし、うちわの手が止まるのでいせを見ると今にも眠りそうになっていた。
三浦先生のもとに新二からハガキが届いた。
東京市大森區東大森一丁目三八番地
三浦文雄先生
東京市大森區入新井町四丁目一一四番地
端野新二
まだ先生の家に居候してたときに面接に行った呉服屋に渡した履歴書の現住所と同じだ。あ、履歴書の住所は壱壱番地だった。でもねえ。
三浦先生の家は今の東京都大田区大森東あたりで、いせの家は東京都大田区大森北あたりかな? 入新井町という住所は今はない。
ハガキの文面
「せんせい、おげんきですか。ぼくもげんきです。こんど、ひっこしてきた家(うち)は、にかいもあってとってもひろいです。おかあさんと二人じゃさみしいくらいです。早く新がっきになって、せんせいにあえるのをたのしみにしています。では、さようなら」
とよ子が麦茶を運んできて、文机のハガキを見かけて「一度もお寄りになってないの?」と聞いた。「端野さんの引っ越し先」
三浦「いや」
とよ子「何かお祝いをあげなきゃいけないわね。私、持ってってきましょうか?」
三浦「そんなに大げさにすることはないんじゃないか?」
とよ子「知らん顔してるわけにはいかないでしょう?」
立ち上がってタバコを消した三浦は部屋を出た。
とよ子「あら、お出かけになるの?」
三浦「ちょっと図書館行ってくるよ。調べ物があるから」
とよ子「暑い盛りよ」
三浦「晩飯までには帰ってくるよ」
昭和初期にはおなじみの白の上下に着替えた三浦先生。麻のスーツっていうやつ? 「
三浦「おい、カンカン帽」
とよ子からカンカン帽を受け取り出かけた。
とよ子はハガキで住所を確認。「入新井4丁目114番」
端野家
庭で洗い張りをしているいせ。新二がお客さんだととよ子を連れてきた。
いせ「お待たせいたしました」
とよ子「毎日、暑いわね」
いせ「ホントに」
とよ子「お元気?」
いせ「はい」
とよ子「なかなかいい住まいじゃない? あの…ちょっとお邪魔して」
いせ「さあ、どうぞ」
とよ子「お二階もあるのね」とさりげなくチェックしつつ座る。「随分、広いおうちじゃない?」
新二「おばさん、こんにちは」
とよ子「こんにちは。新ちゃんと2人じゃ何かと不用心じゃないの?」
いせ「はい。ですから、どなたか下宿していただこうと思ってます。着物の仕立てだけじゃ、とっても…」
とよ子「随分思い切ったことなさるのね、端野さんって。私、引っ越しなさったって主人から聞いたとき、これからどうなさるんだろうって心配したのよ」
いせ「ありがとうございます。こうするよりしかたなくって…ちょっと失礼」
立とうとしたいせを呼び止めて持ってきた風呂敷包みを開けるとよ子。のしには「祝 三浦」と書かれており、引っ越しのお祝いだと言う。
いせ「そんな…奥様にも先生にもお世話になりっぱなしで、その上、こんな…」
とよ子「気持ちばかりの物ですから。さあ、どうぞどうぞ」
いせ「ああ…ありがとうございます。頂きます」
とよ子「新ちゃん。学校もかわらなくたっていいし、よかったわね」
新二「はい」立ち上がり、いせの許可を得て、外へ遊びに出かけた。
とよ子は目の前にあったうちわに目をやったが、自分のバッグの中から扇子を取り出し、扇ぎ始める。
とよ子「こっちへ引っ越されて、主人、伺いました?」
いせ「いいえ」
とよ子「そう。一度ぐらいお伺いしてるのかと思ってましたけど。私から言っときますわ、お伺いするように。だって、引っ越したばっかりで何かと男手が必要なこともありますものねえ」
いせ「先生もお忙しいでしょうから」
とよ子「ううん、夏休みですもの。いつもゴロゴロしてんの。フフフッ」
<ヨーヨー。妙な名ですが、昭和8年ころ、大はやりで。でも、なんでヨーヨーなんて言うのか誰に聞いても分からないんです。知ってる方がおいででしたら教えてくれませんか?>
江戸時代中期にも流行ったし、1933/昭和8年、1970年代、1980年代、1990年代とブームを起こした。
1990年代はハイパーヨーヨーらしいけど、私が知ってるのは80年代の「スケバン刑事」だね。
ガチャガチャサイズの小さいものもあったな~。
寺の境内でヨーヨー遊びをしていた新二たちの前にスイカを持った三浦先生が現れた。「みんな、なかなかうまいじゃないか。よし、先生にもちょっとやらしてくれ」上下に動かすことはできたが、ムラヤマがやってたような横へ出すのはできずに笑われる。
端野家
いせ「お暑い中をホントにありがとうございました」
とよ子「すっかり長居しちゃったわね。お仕事の邪魔してごめんなさい」
いせ「いいえ。どうぞ先生にもよろしくお伝えくださいませ」
三浦先生が新二と手をつないで端野家に向かってきた。「なんだ、来てたのか」
とよ子「図書館じゃなかったの?」
三浦「調べ物が済んだんでね」
いせ「先生、奥様から引っ越しのお祝いまで頂戴いたしました。ありがとうございました」
三浦「いえ」
とよ子「私、先に帰ってますから」
三浦「ああ」
とよ子「ごめんください」
いせ「どうも」
井戸水でスイカを冷やす。こんな大きなスイカ持って、他の児童たちはそりゃ、新二がひいきされてるって言っちゃうだろ~。3人では食べきれない大きさだし、子供たちで食べればいいのに。
冷えたスイカを持っていせは台所へ。その近くにほおずきの鉢も置いてある。
三浦「随分、赤くなったな」
新二「お母ちゃんといつも水をやって大事にしてるんです」
三浦「そうか」
新二は勉強を始める。
97×9
新二「7×9=63。6上がって9×9=81」ノートに863と書く。
三浦「うん? 今の計算、違ってるぞ。もういっぺんやってごらん」
新二「ホントだ」
三浦「そうだ。それでいいんだ」
新二「わあ、終わった」
三浦「端野、大きくなったら何になりたいんだ?」
新二「船に乗るんだ。お父ちゃんのように」
三浦「そうか」
新二「先生」
三浦「うん?」
新二「うちのお母ちゃんのこと好き?」
麦茶を飲んでいた三浦先生はせきこむ。「好きだよ」
新二「なんで、うちのお母ちゃんが好きなの?」
切ったスイカを運んで階段を上がってきたいせは会話を聞いてしまう。
三浦「うん。君のお母さん、立派な人だ。君のために一生懸命だろう。先生、真面目に生きてる人は、みんな好きなんだ」
新二「先生んちにも子供がいればいいのにね。僕、友達になるのに」
三浦「そうだな、先生も欲しかったよ。先生んちにはいないけど、学校行けば君や和男君やいっぱいいるだろう。先生にとって君たちは先生の子供と同じなんだ」
いせ「甘そうなスイカよ」
新二「うわあ、真っ赤」すぐ食べ始める。
いせ「新ちゃん」
新二「先生、いただきます」
三浦「ああ。じゃ、先生も一口頂こうかな」
新二「お母ちゃん」
いせ「うん?」
新二「先生が好きだって。お母ちゃんのこと」
黙ってスイカを食べてる三浦先生。なぜ黙る?
いせ「新ちゃん。(先生に)すいません。(新二に)ダメよそんな失礼なこと言っちゃ」
新二「だって…」
三浦「いいんですよ」
新二「そうだよ。お母ちゃん、僕のために一生懸命生きてるから好きだって、先生が」
いせはサッと席を立つ。階段を下りて、ガラスに映る顔で髪型や帯の辺りをおさえたり…まんざらでもない?
三浦家
モヤモヤを抱えたとよ子。
端野家
三浦先生が2階から下りてきた。「端野さん、来てくれませんか? 新二君の様子が」
いせ「新ちゃん…どうしたの?」
高熱を出してうずくまっている新二。「体中が火のように熱い」といせが驚く。
三浦「お母さん、すぐ医者に。さあ、しっかりしろ。大丈夫だぞ」新二を抱きかかえて1階へ。(つづく)
いせも人間らしい感情を度々吐露するけど、当時まだご本人はご存命でその辺いろいろ大丈夫だったんだろうか?