公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
千代(二木てるみ)に差し入れを頼むマチ子(田中裕子)は、ヨウ子(早川里美)に手伝ってもらいながら、出版社の締め切りに追われている。一方、朝男(前田吟)と大宗(渡辺篤史)は、マリ子(熊谷真実)の本を早く仕上げてもらおうと、紙屋の森田(大塚周夫)たちを食事に招く。初めての場で戸惑うマリ子は、朝男たちの歌や踊りの捨て身の接待を見て、商売人としての交渉術を学ぶ。だが、肝心の本を売る方法を考えておらず…。
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朝男がマリ子を連れて出かけた。
千代「大丈夫ですかね? あげん男に任せといても」
はる「何ば言うとるとですか、あなたは。こんな時にね、ちゃんとお力になってくださるなんて、ありがたいことではありまっしぇんか」
千代「だけどですね…」
はる「いいえ。それにね、大宗さんもご一緒に引き受けてくださるのよ」
千代「ほんなこつ、うちも一緒に乗り込んでいきたか気持ちですよ」
はる「お千代にはお千代の仕事があるとでしょう? そういえば、もう間もなく陽談社の井関さんが原稿ば取りに見える時間じゃなかったと?」
千代「そげでした、そげでした!」
豊文閣
〆
十二月十日
春秋文學
〆切
十二月十二日
××社
〆切
十二月二十二日
×陽會
〆切
十二月二十五日
なかよし出版
〆切
十二月二十六日
×××出版
〆切
一月中
藝術界
〆切
二月中
壁に貼られた締め切り一覧。×はカメラが一気に動いたのでよく見えず。マチ子が原稿を描き、ヨウ子がベタ塗りをしていた。
千代「マチ子お嬢様。あの、今夜のお食事ですけど…」
マチ子「あっ、お握りにしてちょうだい」
千代「あら、またですか?」
マチ子「時間がないのよ、時間が」
千代「けど…」
マチ子「ヨウ子ちゃん」
ヨウ子「はい?」
マチ子「あのね、髪の毛の黒い部分だけ塗ってくれたら大助かりなんだからね。むりしなくていいのよ」
千代「ほな、うちも塗りましょう…」
マチ子「いや、とんでもない、とんでもない」
千代「ばってん…」
マチ子「そのかわりね、お握りの中身、おかかにしてちょうだい。それとスルメ」
千代「はい…」ヨウ子と顔を見合わせる。
マチ子は、かくのごとき大奮闘。そしてマリ子は…
朝男「さあ、どうぞどうぞどうぞ。急場のことでね、こんな席しか用意できませんでしたがね、どうぞやってくださいよ」
均「こんな席なんてのはね、こいつのほんの謙遜でしてね、僕がいくら逆立ちしたってどうにもならないところを、こいつが築地の旦那にお願いしておかげでこんな席がね…いやいや、後でね、なんと驚くなかれ、コイの丸揚げが出てきますよ、コイの丸揚げが!」
朝男「意地汚え声出すんじゃねえよ、お客様のための料理なんだから」
均「分かってるよ、そんなことは。さあさあどうぞ。どんどんビールやってくださいよ。あっ、もしビールで何でしたらカストリそれからバクダン何でもあります…」
和室だけど、丸テーブルと回転台で中華料理かな。
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カストリ…安価な芋や麦などの糖質を発酵させて造ったもの
バクダン…燃料用アルコールを水で薄めた密造酒。死亡、失明した者あり。
森田「いや、本当にね、ご心配かけまして。それじゃあ、みんなね、遠慮なくごちそうになろうじゃないか」
朝男「じゃあ、ひとつ乾杯といきましょう。ねっ?」
一同「乾杯!」
職人「よろしくお願いします!」
朝男「さあ、どんどん食べてくださいよ。ねっ? 後でじゃんじゃん出てきますからね」
均「(こっそり)本当かよ?」
朝男「本当だよ。…ってな具合でね、この世慣れねえ娘が初めて本だってものを出そうとしておりますんでね、その慣れねえところを旦那方に面倒見ていただくと本当にありがてえんですよ。これをひとつ機会によろしくお願いいたします」
均「お願いいたします」
朝男「なっ? マリ子さん。何だ、お前さんはお客さんじゃねえんだからよ」
マリ子「そうなんですか?」
朝男「『そうなんですか?』って…」
森田「いやいや、やっぱり本作りの注文を頂いているんですから、磯野さんはお客さんで」
朝男「いやいや、そうでしょうけどね、その本を早く仕上げていただこうと今日は我々が席を用意したんですから旦那方が今日はお客さんですよ。だから、あの…どんどん酌するとかにっこり笑うとかさ…。なっ?」
マリ子「あっ、はい」
お~、昭和の接待だね~。
均「いやいやいや…。これだけ無理して食わすもん食わしてんだからさ、にっこり笑うなんて必要ありませんよ、マリ子さん」
朝男「あれ、この野郎…事を壊す気か!?」
均「いや、僕はね芸者のまねはする必要はないと言ってるんだよ!」
朝男「バカ野郎! 俺がいつマリ子さんに芸者のまねしろって言ってるんだよ!」
均「そうじゃないか! にっこり笑えとか…!」
マリ子「大丈夫です。私、お酌しますから」
森田「あの、ちょっと…私たち勝手にやりますから…」
マリ子「あの…どうぞよろしくお願いいたします」
お酌するマリ子。
職人A「あ~、どうもどうも。いや~、こんなきれいな奥さんにお酌してもらうなんざ…おっとっとっと…!(あふれたビールを飲み)その方がね、よっぽどね、職人冥利に尽きますよ!」
職人B「いや、全くだ! あのね、私たちがね部長のお尻たたいて、ご注文の品、早く仕上げてあげますよ」
マリ子「本当ですか!?」
職人A「ああ! いや別にね、ごちそうになったから言ってるわけじゃねえですよ!」
マリ子「本当にどうぞよろしくお願いいたします!」
ドジっ子マリ子はビールをこぼしてしまう。まー、今の時代100%均ちゃんに同意なんだけど、この時代は朝男の方が正しいんだろうな、悲しいけど。
朝男「そんな…駄目だよ、駄目よ、部長さん。この娘とつきあっていくならね江戸っ子でしょ? どんどんやらなきゃ、どんどん。どんどんね」
マリ子「本当に申し訳ありませんでした」
朝男「申し訳ねえ…とにかくね、もういいよ。もう面倒くさい。もういい、いい。余計なことすんな」
マリ子「余計なことだなんて…」泣き出しそうな表情
朝男「何か出そう、何か出そう」
均「何か出そうって何もないよ」
朝男が一席やることになった。「え~、お待たせいたしました。河岸で鍛えたこの喉を一席」。正座して歌い始める。
朝男「♪妻は夫をいたわりつ
夫は妻にしたいつつ」
合いの手「いよ~!」
朝男「♪頃は6月中の頃」
合いの手「いよっ!」
朝男「♪夏とはいえど片田舎
木立の森も」
一同「あら、えっさっさ~!」
三波春夫さんの「名月綾太郎ぶし」には「壺坂霊験記」の一節が入ってるってことなのね。盲目の夫とそれを支える妻の物語。
均「♪月が出た出た 月が出た」
一同「ヨイヨイヨイ!」
机も片づけた状態で歌い踊る等を見ている一同。
均「♪あまり煙突が高いので
さぞやお月さん けむたかろ」
一同「あら、えっさっさ~!」
内弟子歓迎記念パーティーのとき、均は一人だけ歌わされたり、音痴設定だったなと思ってフフッとなった。
昭和のザ・接待が終わり、部屋には朝男、均、マリ子だけが残った。マリ子は正座して二人の前でしおらしくしている。
朝男「ともかくね、こっちも銭を使ってる以上、死に物狂いだったからよ」
マリ子「はい」
均「まあ、これでね全てが終わったわけじゃないんだ」
マリ子「はい」
朝男「俺たちは男芸者じゃねえんだから何から何まで、なっ? やらせてもらっても困るんだよ」
マリ子「はい」
均「まあ、きっかけはつかめたんだからさ、マリ子さんが今度は押しの一手でガンガ~ンと行かなくちゃな」
マリ子「はい」
朝男「嫌に素直だけど、本当に分かってんのかい?」
マリ子「分かってますとも。本当にお二人には何とお礼を申し上げてよいやら…」
朝男「いや、別に申し上げてもらうことはねえんだがね、客を招いたならば羽織のひもいじくっていたって何も始まらねえんだよ」
均「そのとおり。要はこれだけ食わしたり飲ましたりしたんだからさ、こっちの希望をね、相手の腹の中にドカ~ンと入れないとね、俺みたいに一生うだつが上がらないことになってしまうんだよ」
マリ子「はい…あっ、いいえ、そんな…」
朝男「いやいや、今日の大仕事で今のが一番いい言葉だった」
均「そうなのよ…おい、天海君、なにもマリ子さんの前でそうはっきりと言うことないだろう」
朝男「てめえが勝手に言ったんじゃねえかよ」
均「いやだけど、それはね、君ね…」
マリ子「すいません、このとおりです。私、一人でできるように一生懸命やります。だから、ねっ? けんかだけは…」
均「けんか? 僕たちが?」笑い
朝男「こいつはひいきの引き倒しだな。いやしかし、その意気だよ。もうね、船はいかりを上げちまったんだから。マリ子さん、頑張んなよ」
マリ子「はい!」
均「いいんだよな~。その笑顔がいいんだよ。どんな嫌なことがあったってね、その笑顔でもうスカ~ッとすべてが忘れられるもんだ…。うれしいね、本当に…」
思わず均の頬を叩く朝男。
朝男「まあ、とにかくさ、その…例のマリ子さんとこの同居人ね」
マリ子「はい」
朝男「あれ、うちで引き取るわ」
マリ子「えっ?」
朝男「いやいや、うちも狭えんだけどね、2階があるだろ。あっしがさ、嫁もらわねえ限り、当節、この空き部屋があるってのは、ぜいたくこの上ねえからね」
マリ子「でも…」
均「うん。それはマッちゃんのためにもいいな」
マリ子「マチ子のためにですか?」
均「だって注文はどんどん殺到してるんだろ? やっぱり画室は独立してた方がかわいそうだよ」
マリ子「ええ、それは…」
朝男「それにね、向こうもだいぶ浮き足立ってるらしいんだよ」
マリ子「浮き足を?」
朝男「『亀の甲より年の功』ってね。いやいや、うちのおふくろがさ、ヨウ子ちゃんには悪いんだが、小せえ子もいることだし気を付けなさいよって、だいぶあおってるらしいんだ」
マリ子「まあ」
朝男「だからさ、『うちに来い』と言ったら『渡りに船』じゃねえか、向こうは」
均「なるほどね。まあ、機転が利くね、見かけによらず」
朝男「ハハッ、『見かけによらず』って誰のこったい?」
均「いや、君のお母さん」
朝男「あれでも俺のおふくろさんだからよ。見かけに…『見かけによらず』ったあ、どいういうこったい? おい」
均「えっ?」
マリ子「あ~…ねえ、お願い、天海さん、お願い、大宗さん」
朝男「いけねえ、いけねえ」
均「けんかはいけねえ」笑い
マリ子と朝男、均が帰ってきた。
はる「まあ~。随分にぎやかだからやっぱりあなたたちだった」
朝男ははるにお土産といって折詰を渡した。マリ子がビールを倒してしまってお客様に出せなくなったお料理。
朝男「別に汚ねえもんじゃありませんからね。これをおじやにしたら栄養満点ですよ。それにジャングルをさまよってる兵隊さんのことを思ったら、ねっ? 目がつぶれます」
はる「さようでございますとも」
家に上がるように勧めるはるに朝男は上がり込もうとするが、均はもう遅いから日を改めてと帰ろうとした。均はつばのない黒い帽子と黒いマント。朝男は中折れハットにスーツで寅さんだ~。
朝男と均ちゃんの捨て身の接待が効いたのか尻をたたくようなマリ子の催促が効いたのか…クリスマスまでという約束にまだ5日も間もある日のことでした。
千代が電話を出ると、本が出来たという知らせが入った。喜び合う三姉妹。
はる「ほら、ご覧なさい。『為せば成る為さねば成らぬ何事も』ですよ」
マチ子「そうですよ。でも、それをなしたのはマー姉ちゃんですからね! あまり脇でお手柄顔されたらマー姉ちゃんがかわいそう!」
はる「あら、どうしてかしら?」
マリ子「ううん、そんなことないわ。みんなが一緒になって心配してくれたから、ここは私も一つ頑張るよりほかないって!」
千代「そうですとも。うちはまた詐欺にでもかかったかと思って心配で心配で…」
はる「人を疑う心が一番卑しいんですよ」
マチ子「でもお母様は、ただ『行け~!』って命令されるだけが今までの慣例ですもの」
ヨウ子「でも本当によかった」
マリ子「ありがとう、ヨウ子、マチ子」
マチ子「私の方こそ本当にありがとうね、マー姉ちゃん!」
マリ子「マッちゃん!」
はるはテーブルの上に残りの半金を置き、本を取りに行くように言った。
森田「さあ、出来ましたよ、このとおり!」
マリ子「はい、出来たんですね…本当に出来たんですね!」
森田「どうします? 一応、ひとくくり一本といって50冊ありますが」
マリ子「頂いてまいります」
森田「持てますか? 本って重たいんですよ?」
マリ子「ええ、引っ越しの経験上、承知してます。それに大丈夫です。風呂敷も持ってまいりましたから」
森田「じゃあね、年内いっぱいはサービスとしてうちの倉庫でお預かりしますが、まあ早いとこしっかりと売ってくださいね」
マリ子「売る!?」
森田「あの…売るために作ったんじゃないんですか?」
そうです。本は売るために作るものなのです。とはいえ、その数、まさに2万冊。
ブルーバックの「ただいまの出演」でつづく。
なんで最初に2万冊と頑張ったんだとかいろいろ思うけど、接待は、にっこり笑って酌とか、もうああいうシーン見るのやだなあ。今の時代の感覚だとお金払ってるのこっちですけど?なんだけど、一方で自分で動かなきゃという人もいて、そんなものなのかなあ??
ああいう時代を生き抜いてきた人なんだし、実際には天海さんや均ちゃんみたいな人がいたわけじゃないんだから、悔し涙を一杯流したんじゃないかなーと思った。