TBS 1968年6月11日
あらすじ
細かい雨が降る土曜日の午後、洋二は一人で水原のことを考えていた。洋二は愛子に相談するのだが、愛子は亀次郎が反対するだろうと考える。そこに帰ってきた亀次郎。珍しく、洋二が描いた絵本を見せろと言いだすのだが…。
2023.8.10 BS松竹東急録画。12話からカラー。
鶴家
亀次郎:進藤英太郎…大亀建設株式会社を一代で立ち上げた。2月5日で61歳。
妻・愛子:風見章子…5月で56歳。
長男・武男:園井啓介…亀次郎の会社で働いている。3月3日で30歳。独身。
次男・洋二:西川宏…ピアノや歌が得意。空襲で足を悪くした。28歳。
長女・秋子:香山美子…出版社勤務。26歳。
次女・幸子:高梨木聖…女子大生。1月の成人式に出席。
四男・敬四郎:あおい輝彦…浪人中。
三女・かおる:沢田雅美…4月から高校生。
*
お手伝いさん
初子:新田勝江…亀次郎と同じ誕生日2/5で30歳。
お敏:菅井きん…愛子の4つ下。6月で52歳。
*
田村:曾我廼家一二三…運転手。
最近、ピンポンダッシュされる鶴家。お敏は振り回されてイライラ。
広間でピアノを弾いていた洋二に愛子がお茶を飲もうと誘う。家には洋二しかおらず、昼寝でもしてればいいのにと言うが、愛子は居眠りはできるけど昼寝はできないと答えた。
洋二「ねえ、お母さん。お母さんは結婚してからいつがいちばん幸せだった?」
愛子「そりゃ今よ。今ほど幸せなときはなかったわ」
洋二「じゃあ、お父さんと結婚してよかったんだね。あんなにガミガミ言ううるさいお父さんだけど」
愛子「そのかわり頼りになるわ。そりゃなんて憎らしいと思うときもあったわよ。だけど、人一倍働くでしょう。文句も言えなかったわね」
洋二「僕なんかどうかな。頼りになるのかな」
愛子「そりゃなりますよ。あなたしっかりしてますよ」
洋二「でも、生きてくってことは厳しいものね」
愛子「そりゃ雨の日も風の日もあるわ。でも厳しいって言ったって、そんなことしょっちゅう考えてるわけじゃないものね。お互いに気さえ合っていれば割合にスラスラ通ってしまうものよ」
洋二「お父さんとお母さんはよっぽど気が合ったんだね。あんなに貧乏したのにそんなことが言えるんだもんね」
愛子「貧乏はつらかったけどお父さんが浮気をしたとかお母さんに冷たくなったとかそういう苦労はなかったものね」
洋二「お母さん幸せなんだな」
愛子「そうよ。なんにも後悔することはないわね」
武男や洋二は貧しかった時代を知ってるけど、同じ兄妹とは言え敬四郎やかおるは分からないんだろうね。
愛子「あなた、誰か好きになったんじゃないの?」
洋二「さあ、どうかな」と最初はとぼけたものの「お母さん、水原さんっていう人どう思う?」と聞く。
愛子もそうだと思っていて、洋二はあの人ならいいと思うんだけどなという。しっかりしてると愛子が言えば、洋二は甘いところもある、とても優しい、頭もいいし、あの人ならうまくやっていけると思うと言う。
愛子「でもね…」
洋二「何がでもなの?」
愛子「秋子と神尾さんより難しいんじゃないかしら。お父さんがね」
洋二「そうなんですよ。僕もそれを気にしてたんですよ」
愛子「三派とか全学連とかあの水原さん、それはどうなってんの?」
洋二「それで今悩んでるんですよ。あれほど過激な行動に出ていいものかどうか。僕は反対してるんだけど」
愛子「お母さんもいけないと思うわね」
洋二「佐世保までは分かるんだけどね」
愛子「難しい世の中ね。来月の参議院選挙だって別に正しい人だけが当選するってわけじゃないものね」
洋二「とにかくお母さんには心配をかけませんよ。もう少し見ててくださいよ」
愛子「心配ぐらいかけたっていいわよ。それが親ですものね」
洋二「お父さんだったらそうは言わないな。頭っから怒鳴りつけちゃって」
愛子「まあそうね、多分ね」
銅鑼が鳴り、亀次郎の帰宅を知らせる。お敏と初子が傘を持って慌てて玄関へ。
広間から出てきた洋二はもうしばらくお父さんには言わないでおいてくださいねと愛子に言う。
洋二「とてもダメだと思うから」
愛子「まだ大学の3年でしょ。どうせ卒業してからのことでしょ」
洋二「卒業しなくたって学生結婚だってあるんですよ」
愛子「あら、そんなつもりだったの?」
さすがに学校なんかやめちゃえばいいという人じゃなくて良かった。でも卒業してからでもいいと思う。
土曜日で早めに帰ってきた亀次郎は出迎えが愛子と洋二だけだったし、外は雨で機嫌が悪い。
亀次郎の着替えを手伝う愛子。亀次郎はまた結婚式があると面倒くさそう。どなたが結婚するんですか?と愛子に聞かれる。
亀次郎「ほら、去年汚職と賄賂で新聞で騒がれたろ。あの会社の社長の息子だよ」
愛子「あの会社じゃ分かりませんよ」
亀次郎「ほら、えげつないことをしてさ」
愛子「さあ、どなただったかしら」
亀次郎「どなたじゃないよ。あんな悪いやつがあるか」
愛子「だって汚職と賄賂が多すぎるんですもの。ただ新聞で騒いだっていうだけじゃどこの誰だか分かりませんよ」
亀次郎「今、口へ出ないんですよ」
愛子「そんな悪いやつならはっきり名前ぐらい覚えといてくださいよ」
しかし、別に出席するつもりもないらしい。「とんでもない。お気の毒なのは国民のほうですよ」と亀次郎は言う。
お茶を持ってきたお敏。機嫌が悪い亀次郎に怒鳴られそうになりながらなんとか切り抜けた。初子は絶対そばにはいかないと紅茶を持って洋二の部屋へ。
お敏「何さ、洋二さんのこととなるとウキウキしちゃってさ」
またもピンポンダッシュされる。お敏が大慌てで飛び出したので、亀次郎も知ることとなり、犯人は隣の子供じゃないかと言う。愛子は隣の子はまだ小さいと否定する。
亀次郎「小さくたって分かるもんか。小さいうちから手癖が悪くって有名な言葉があるんだ」
愛子「有名でもそれは弁天小僧でしょう」
亀次郎「似たようなもんだ、隣の子供は」
愛子「そんなこと言うもんじゃありませんよ」
亀次郎「言いたくもなるさ。なんだあの隣の奥さんの色眼鏡ときたら、四角だか五角だか。あんな眼鏡をかけた母親にろくな教育ができるか。おまけにミニスカートのスレスレのところ蚊に食われてんだ」
愛子「そんな細かいところまで見ちゃったんですか」
亀次郎「見なくたって見えちゃいますよ。あのスカートじゃ」
愛子「嫌ですよ、ジロジロ見ちゃ」
亀次郎「バカ、ジロジロ見るか、あんな太い脚」
前はこいのぼりの色がさめてるとかも言ってたね。前から度々出てるけど、片方の隣は秋子たちの住む別宅だし、もう片方の隣は温泉芸者上がりの奥様のいる家かな?
愛子「世の中も変わったけど、人間も変わりましたね。お母さんがミニスカートはいたり、男の子が女の子みたいな頭をしたり」
亀次郎「全くおかしくなるよ。一体日本はどうなっていくんだ、日本は。お前もしっかりしなさい」
愛子「しっかりしてますよ、私は」
亀次郎「いや、それならいいさ」
お敏は隣の前の水たまりで滑って転んで泥だらけになって帰宅した。愛子は着替えるように言うが、「それより一服しなきゃ、もう…」って早く着替えて! 水たまりのある隣に怒鳴ってくるように言う亀次郎。愛子は着替えるように言う。
初子は洋二の部屋に紅茶を運ぶ。「私、この部屋がいちばん好きですわ。なんとなくしっとり落ち着いちゃって」
洋二「雨が降ってるせいだろ」
初子「いいえ。私、お天気なんて関係ないんです。この部屋へ来るとホッとしちゃって」
洋二は下へ行った方がいいと言うが、初子は下は危ないと言って部屋から出ようとしない。
洋二「じゃ、僕は絵でも描こうかな」
初子「そうなんです。私、洋二さんの絵本、大好きなんです。どうしてこのごろあんまり描かないんですか?」
洋二「自信がなくなっちゃったんだよ、本にはならないしね」
初子「ほんとにいいものが分かる人は少ないんですね」
洋二「おばちゃんと君ぐらいのものかな」
初子「まあ、ほんとにそう思ってくださるんですか?」
洋二「紅茶をもう1杯持ってきてよ」
初子「はい、感激ですわ」
初子が部屋を出ると「ハァ…」とため息をつくものの「あ~あ、初子さんに感激されちゃあね」と笑顔になりながら、ウサギの絵を描く洋二。毎回絵のタッチが違うんだよな~。左足をケガして泣いてるウサギ。外は雨。
茶の間では亀次郎も雨にうんざり。愛子は明日は三郎の芝居なので明日も雨じゃかわいそうだと言う。今日と明日と2日やり、愛子は洋二、敬四郎、かおると見に行く。秋子と幸子は三郎の芝居なんか恥ずかしくって見られないと見に行かない。そっちの気持ちの方が分かる。どうせヘンテコリンな芝居だろうと言う亀次郎に「夕鶴」なら面白いと言う愛子。
亀次郎「ああ、いつか話してた鶴の奥さんの話か」
愛子「そうですよ。亭主は人はいいけど、バカなんですよ。バカな亭主を持つとひどい目に遭うんですよ」
亀次郎「嫌なこと言うな」
愛子「あら」
亀次郎「嫌な亭主よりも嫌な女房のほうが多いんですよ。隣の女房を見てみなさい。あれでも奥さんなんだから聞いてあきれるよ」
バカな亭主って…ほんと、愛子さんの口調が面白くって。
初子は自分の分まで紅茶を持ってきた。洋二も割とすぐタバコ吸うね。ここの家は男の子供たちはみんな息吸うようにタバコを吸う。
洋二の部屋に愛子が来て、亀次郎と「夕鶴」の話をしているうちに洋二の絵を見たいという話になったと言う。初子の分の紅茶は口をつけてないので奥様どうぞと勧める。愛子は洋二の絵を初子に持っていくように言う。初子は亀次郎になるべく近づかないつもりだったので、しょんぼり。
茶の間にいる亀次郎に絵を持っていく初子。
亀次郎「うん、フフッ、なかなか面白い絵だ」
初子「ほんとに洋二さんは上手ですわ」
亀次郎「お前でも分かるのか?」
初子「あらやだ。私と高円寺の奥様だけが分かるんですわ」
亀次郎「何?」
初子「いえ、洋二様がおっしゃったんです」
亀次郎「バカなことを言うな。わしの目は節穴じゃないんだ」
初子「はい」
亀次郎「ハハッ。このタヌキの顔はお前だろ」
初子「はい、そっくりです」
亀次郎「この鬼は高円寺のおばちゃんだよ。いやちょっと愛嬌がありすぎるけど」
初子「いえ、角さえなければ旦那様にも」
亀次郎「何? わしの顔がこの鬼だと?」
初子「いえ、鬼は鬼でも愛嬌がありますから」
亀次郎「バカ者! 失礼なこと言うな!」
初子「あっ、はい、すいません」
出ていこうとするが、お茶を入れるように言われ、慌ててお茶をこぼしたりして、「バカもバカも大バカだ!」と怒鳴られた。台所で様子をうかがっていたお敏は壁にぶつかりながらも初子にぞうきんを渡し、くわばらくわばらと一服し始めたが、亀次郎が顔を出し、洋二と愛子を呼ぶように言う。お敏が勢いよく反対側の引き戸を開けるので、顔を挟まれそうになる亀次郎。初子はぐずぐず泣き出す。
マッサージ椅子に座る亀次郎。「さてとこれで洋二も喜ぶし、明日は日曜だ」
愛子と洋二が階段を下りてきた。愛子は初子を怒鳴ったことをとがめる。
亀次郎「お父さんはだ、今、ひょっと思ったんだけど、どうだ、お前の描いた絵本をちゃんとした本にしたら」
洋二「本にですか?」
亀次郎「そうだよ」
愛子「おや、いい話じゃありませんか」
亀次郎「当たり前だよ」
洋二「お父さんがお金出してくれるんですか?」
亀次郎「なんだその顔は。ハハハハッ。お父さんがそれぐらいの金、ケチケチするか。なあ? 愛子」
愛子「本当なんですか、それは」
亀次郎「わしがうそを言ったことがあるか」
愛子「さあ、どうだったかしら」
洋二「だけどうんとお金がかかりますよ」
亀次郎「かかったっていいさ。お金なんて使い道を知らなきゃいくらためたってしようがないんだ。なあ? 愛子」
愛子「そうですよ」
洋二「じゃあ、すぐ印刷の準備にかかっていいんですか?」
亀次郎「ああ、いいさ。どんどん始めなさい」
洋二「すいません、お父さんありがとう。お母さんも楽しみにしててくださいよ」
愛子「ええ、早く見たいわ」
洋二「ああ、すてきだ。お父さん、脚を揉みますよ」
愛子「まあ、現金ねえ」
洋二「だって僕はすねっかじりだもの」
亀次郎「ああ…脚を揉んでやりたいのはわしのほうだよ、お前の脚をな」
洋二「僕は脚のことなんかなんとも思っていませんよ。お父さんが悪いんじゃないもの」
亀次郎「洋二、いや、もういいよ。それよりピアノを弾きなさい。ほら、お前の作ったわしの歌を」
洋二「はい」
亀次郎は空襲のせいとはいえ、ケガさせてしまったことをすごく申し訳なく思ってるんだろうね。
広間のピアノに向かった洋二は「ああ、よかった」と一言。
亀次郎「あの子があんなに喜んだのを見たのは初めてだな」
愛子「私も見直しましたよ、お父さんを」
亀次郎「バカ、今頃見直されてたまるか」
「おやじ太鼓」ピアノバージョンが流れる。
台所で初子が泣き、お敏が「あのおやじはああいうおやじなのよ」と慰める。
茶の間
亀次郎は明日はわしも一緒に三郎の芝居を見に行くと言いだす。
愛子「途中で帰るなんて言いださないでくださいよ」
亀次郎「バカなこと言うな。わしだってそのくらいのエチケットは知ってるよ」
愛子「バカが多すぎますよ、お父さんは」
亀次郎「バカが多すぎるのは世間ですよ」
愛子「もっとも明日の『夕鶴』の話だってバカの亭主の話ですけどね」
亀次郎「うるさい!」
亀次郎がいくら無知だなんだとののしっても、結局、愛子さんがいるから面白くなる。それが黙って従うような奥さんだと見てる方がすんごくストレスがたまる。高円寺の伯母さんはそこまで関係が深くないせいか遠慮がちで亀次郎の言うことにハイハイ言ってるもんね。
城南大学演劇部公演
木下順二作 夕鶴
「アンティゴネー」
劇中劇
演出 加村﨣雄
出演 清水良英(よしえ)
河原崎次郎
役者1「埋葬を禁ずる触れを知っていたか?」
役者2「知っておりました。知らぬはずはありません。大きく出ていますもの」
役者1「それでいてこの定めを破る気になったのか?」
役者2「そうです。お触れとはいえ、これはゼウスのお触れではなく死者を迎える正義の女神のお言葉でもない」
正直退屈というか難しそうな芝居で客席の亀次郎はいびきをかいて寝ている。田村、洋二、亀次郎、愛子、かおる、敬四郎が横並びで見ている。前の席の若いアベックがうっとおしそうに亀次郎を見た。若いカップルは和田一壮さんと豊原公子さん。この男性のほうは見覚えあるなと思ったら、「マー姉ちゃん」にちょっとだけ出ていた。
編集者の井関さん。あー、すっきり。
愛子が起こすが、まだ同じことをやっていると言い、大あくびをする。何度も振り返ったカップルは席を移動し、後ろにいたカップルも離れていった。またもいびきをかいて眠りだす亀次郎。恥ずかしくなったと敬四郎に話したかおるは、愛子の左隣から敬四郎の左隣へ移動。
「寝ててもいいから静かにしててくださいよ」と愛子に注意されたものの大あくびをし、田村も眠ってると笑う。いびきをかいてる田村と亀次郎に挟まれた洋二がいちばん嫌だね。「夕鶴」になったら起こしてくれと堂々と寝だした亀次郎。
愛子「ほんとに手がつかないんだから」
洋二「お母さんも心(しん)が疲れますね」
愛子「疲れるなんてもんじゃないわ」
亀次郎「うるさい」
突然の役者の大声に驚くものの、やっぱりいびきをかいて寝ている亀次郎。(つづく)
洋二はすねっかじりだと言ってたから絵本やピアノも趣味の域ということか。子供にピアノを教えるとかよさそうなのにね。いきなり自費出版とはやっぱりお金持ちっていいな。