TBS 1972年5月23日
あらすじ
正司(加藤剛)と一緒に小川(三島雅夫)の見舞いに行く日、寿美子(山本陽子)は朝早くからいなり寿司作りに大わらわ。しかし、正司に仕事が入り延期に。その頃、良子(沢田雅美)と勉(小倉一郎)が小川のもとを見舞いに訪れていた。
2024.4.22 BS松竹東急録画。
ある日少年は
青空を見つめていて
悲しくなりました
何処まで行っても
果しない宇宙の
その恐ろしさに
青年になったとき
彼はふとその恐さを
思い出しました
愛しても愛しても
遂に恋人は他者である
その空しさに
でも、ある日
夕陽を見つめていて
楽しくなりました
もう傷つくことのない
永遠の愛のうれしさに
その時、老人でした
及川正司:加藤剛…添乗員。33歳。字幕黄色。
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前田寿美子:山本陽子…鉄板焼屋「新作」の娘。25歳。字幕緑。
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及川勉:小倉一郎…正司の義弟。20歳。
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女性:三島千枝
ナレーター:矢島正明
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前田新作:浜村純…寿美子の父。「新作」マスター。
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小川:三島雅夫…1年半入院していた病院の主。
日曜日の早朝。寿美子が新作を起こす。新作は家の中でかぶっていたのはナイトキャップだったのかな?
寿美子「まるで誠意がないんだから。私なんて、もう1時間も前から起きてるのよ」
新作がベッドサイドの時計を確認すると、まだ6時半。寿美子はとっくにご飯は炊けていると手伝うように言い、たばこを吸おうとする新作を止める。
新作「ああ…一服しないと目が覚めないんですよ」
「おやじ太鼓」の武男もだけど、枕元でタバコ吸うのは危ないと思う。
寿美子「お父さん、起きたでしょうね」
新作「起きましたよ。寝ていられますか、あれで」
寿美子「じゃあ、ぼさぼさしてないでこのうちわであおいでちょうだい」
新作は椅子に掛けて、うちわで仰ぎ始める。「ひどいもんだ。苦いお茶どころじゃないじゃないか」
寿美子「ブツブツ言わないの」
新作「お前ときたら朝っぱらからすることが大ごとですよ」
寿美子「ダメよ。もっとパッパとあおがなきゃ」
同じことだと言う新作に「立つの、立つの。腰掛けててあおげますか」と立たせる寿美子。
新作「えらい迷惑な話だ」
寿美子「それもこれも娘のためですからね。愚痴なんかこぼさないの」
新作「こんな面倒くさい。いなり寿司ぐらい東京駅でも売ってるのに」
寿美子「いいの。黙って、あおいでてくれれば」
新作「フラフラするよ」
寿美子「やっぱり年なんですかね。これぐらいのことで」
新作「疲れますよ、手が」
寿美子「じゃあ、手をかえたらいいでしょ」
新作「まるで親を虐待するようなことを言うんだから」
寿美子「たまよ。そのうちうんとかわいがってあげる」
新作「さてさて、いつのことですかな」
寿美子はお茶の缶のところにあるゴマを取るように言い、新作にふりかけてもらう。「いや、ゴマは栄養があるんだからな。多すぎてもいいだろ?」
しかしなあ…と「このごろは黒ゴマだって染めるんだからな。栄養になるんだか毒になるんだか」と心配し始める新作。
寿美子「イヤなこと言わないでちょうだい。さんざん入れちゃってから」
新作「いや、そういうものなんだよ。さんざん食べさせておいて、あとでこれは毒だったって言うんだから」
寿美子「このゴマ、お店から持ってきたんですからね」
新作「それだって危ないもんだよ」
寿美子「ん~、イヤなこと言わないでちょうだいったら」
ちょっと一服。新作は天気を気にする。
寿美子「曇ってるようだけど、晴れてくるでしょ」
新作「イヤな空だな」
寿美子「晴れるわよ。きっと晴れてくるわ」
新作「さあ、どうかな。今にも降りだしそうな空だけどな」
寿美子「イヤなお父さん。人が喜んでるのにいちいちケチをつけて」絶対晴れると信じている。
新作「そりゃお父さんだって、そう願うさ。とにかくお前の思いが叶うかどうかっていう大事な日だからな」
寿美子「そうよ。やっとたどりついたみたい」
11時の待ち合わせだけど、寝ていられなかった寿美子。
新作「下曽我か。お父さんも一緒に行きたいようなもんだな」
寿美子「そうね。ちょっと心細いわ」及川さん、私をどう思っているかしらと気にする。秀行さんだと気が楽だけど、及川さんだと困っちゃう。
電話の着信音が鳴る。新作が出ると、はつだった。はつもまだ寝巻き姿。団体を連れて九州に行っていたガイドが病気になったため、正司が急に交代することになり、鹿児島に向かっている。
私、一人でも行くという寿美子。外は雨が降りだした。
寿美子「いいの。もとはといえば、みんな私が悪いんだから」とがっかり。新作は「お父さんがいなり寿司を作ってやろう」と手を洗って作りだす。
正司も今日の空のような気分でした。降るならいっそサッと気持ち良く降ればいいのに、じっと目を凝らさなければ見えないようなかぼそい雨なのです。そうかといって、青空が見えてきそうな希望は、まったくないのです。好きな人なのか遠ざかろうと思う人なのか正司自身にも自分の気持ちがはっきり捉えられないのです。なまじっか今日会えなかったことは中途半端な気持ちで会うよりもよかったのかもしれないとさえ正司は思ったのです。
飛行機の座席の正司を左斜め前、正面、横顔とあらゆる角度から撮っても美しい。
はつのアパート
勉と良子が来ていた。勉はこれから映画へ行こうかと思ったが、その前に何か食べようとはつのアパートに寄った。
はつ「だって、たまに2人で出たんでしょ」
勉「日曜日だもんね」
はつ「それなら渋谷だって有楽町だって、おいしい物はいっぱいあるでしょ」
勉はおばちゃんにごちそうになったほうが儲かるという。
はつ「おや、儲かっちゃうは恐れ入っちゃうわね」
良子「聞かないんですよ、言ったって」
勉「だってさ…」
はつは来てくれてうれしいという。
勉「そう。だから、おばちゃんは好きなんだ」
はつ「じゃ、何をごちそうしましょうかね」
勉「うなぎはどう? うなぎは栄養あるしさ。ねっ」
ちょうど再放送の「おやじ太鼓」16話は、高円寺のおばちゃんのうなぎの回だった。
お敏さんはざるそばをたくさん食べた回。
はつ「それがダメなの。今日はお休み。うなぎ屋さん」簡単な物も「信濃路」もみんなお休み。
外食して、おばちゃんも映画を見ようという勉だったが、2人で簡単に食べるぐらいのごはんはあるとはつが言い、鮭を焼いてあげると台所に立つ。良子は謝るが、はつは突然訪ねてきてくれるのがうれしいと言う。
はつ「鮭ならね、PCBが少ないでしょ? 他の魚は恐ろしいですからね」
PCB…Poly Chlorinated Biphenyl(ポリ塩化ビフェニル)の略称で、人工的に作られた、 主に油状の化学物質。
「思い橋」でもセリフとして出てきたんだから、問題になってたんだね。
勉は、いやに簡単になっちゃったとがっかり。
はつ「そんな了見じゃ結婚してから困りますよ」
勉「結婚?」
良子「そうよ。あんたの給料だって、どうせ安いんでしょ」
勉「どうしてさ?」
良子「そんなもんよ」
勉「いいの? おばちゃん、こんなこと言って」
はつ「いいでしょ。今のうちなら」
良子「まさか、私と結婚するわけじゃないんですもんね」
勉「あっ、そう? そうね、そうそう」
はつ「焼けるのは鮭ばっかり。あんた方の口ゲンカはホントに楽しいわ。仲が良くって」
電話が鳴る。良子に鮭を見ておくように言い、電話に出たはつ。新作から小川さんの住所を聞かれたが、はつは知らなかった。
電話を切った新作は、しょんぼりしている寿美子に及川さんは次の日曜日に行くんだよと伝えた。寿美子と一緒に行くつもりなので住所を言い残していかなかったんだろうと言う。今度の日曜日にまた作るから、おいなりさんはせっせと食べてちょうだいと言う寿美子。
新作「やれやれ。また起こされて、うちわだからな」
寿美子「それが親の務めよ。さあ、食べて食べて」
はつは正司が急に鹿児島に行くことになったことや寿美子が5時起きでおいなりさんを作ったことを勉たちに話した。寿美子は、よっぽど正司のことが好きなのだろうとはつと良子が言い合う。
勉「そうだ。よっちゃん、行こうよ、下曽我へ。小川さん、かわいそうだよ。だってさ、せっかくいなり寿司が食べられたのに、おじゃんになっちゃってさ」
良子「分かんないでしょ、住所が」
勉「分かる、分かる。すぐ分かるよ」
はつ「どうして分かるの?」
勉「分かるさ。下曽我で赤帽さんやってる人なんか他にいやしないよ。駅の人に聞けば、すぐ分かるよ」
こういう勉の行動力いいね。もう赤帽さんの数も少なくなってる頃なんだろう。
電車に乗っている勉と良子。
結局、2人のごちそうは駅弁になってしまったのです。一駅一駅止まっていく普通電車のそのもどかしさも、むしろ久しぶりに心のくつろいだような楽しさでした。
それぞれ通路側の席に座り、向き合って駅弁を食べている。
勉「これで300円は高いよね」
良子「だから安いほうでいいって言ったのに」
勉「だって期待するよ。特製なんて言えば」
良子「お金のありがたみを知らないんじゃない」
勉「結局、買うほうが悪いのかな」
良子「こんなお弁当でも小川さん喜んでくれるかしら?」
勉「そりゃ喜ぶさ。気持ちだもん」
良子「ねえ、なんか包む物(もん)がないと困るわね。降りてから」
勉「どっかにあるさ。降りるとき、探していこうよ。この電車ん中。新聞紙ぐらいあるよ」
良子「そっか、そうね」
電車を降りた勉と良子が橋の上を歩いている。
勉「すぐ分かるって言ってたけど、さっぱり分かんないじゃないか」
良子「あの森じゃないかしら? お宮さんって」
小川さんが住んでるのは神社!?
勉「あの屋根の格好は、お寺だろ? それに鬼瓦がのってるしさ」
良子「すぐなんて言ってたけど、結構遠いわね」
勉「まあ、いいさ。いい気持ちだよ。こうやって知らない道を歩いているのは」
良子「それにしては、さえないお天気ね。ちっとも日がささないんだもの」
勉「降りださなくてよかったよ」
良子「空気がいいでしょうね。この辺は」
勉「そりゃ東京とは大違いさ」
良子「小川さん、どんな顔するかしら」
勉「びっくりするだろうな。まさか僕たちが来ると思わないよ」
良子「そうね」
勉「たまには人を喜ばさなきゃね」
良子「そう。ホントにそう」
勉「いいとこあるよ。よっちゃんだって僕だって」
良子「そうよ。当たり前よ」
勉「だからさ…」
良子「ええ」
勉「よせよ。そんな人の顔ばっかり見て」
良子「フフッ。だって面白いじゃない」
勉「何が?」
良子「気がつかないの? 自分で」
勉「なんのこと?」
良子「いつの間にか俺が僕になったんだもん」
勉「な~んだ、そんなことか」
良子「いいのよ。そんなことでも」
勉「そんなことで女の子が喜ぶんなら簡単だよ。だから、すぐ引っ掛かるんだぜ、甘い女の子は」
良子「私なんてちっとも甘くないわよ」
勉「でも、いいよ」
良子「何がいいの?」
勉「いいだろう、どうだって」
良子「いいもんですか、失礼ね」
勉「あれ? 通り過ぎちゃったかな?」
それぞれ傘を持った2人が走って引き返す。
布団に横になって外を見ている小川。
⚟女性「小川さん、寝ているんですか?」
小川「はい、どうぞ」
女性「うどんを茹でたんですけどね、あがりませんか?」
小川「それはどうも」
女性「きつねうどんにしましょうか? それとも卵を落としたほうがいいの?」
小川「いえいえ、あの…せっかくですけどね…」
女性「ダメですよ、食べなきゃ。朝だって、ほんの1膳食べたっきりでしょ」
小川「それがね、どうも…」
女性「どうしたんですか? 一体。足をねんざしただけでしょ? そんな病人みたいな顔をして」
小川「へへへへ…いえね、どこも悪いわけじゃないんですけどね」
女性「そんなら、少し向こうの部屋へ来て、テレビぐらい見ればいいんですよ。背中が痛くなっちゃうでしょ? 寝てばっかりいたら」
小川「いや、それがね、すっかり慣れてるんですよ」
女性「おやおや」
小川「あの…病院のベッドに1年半も寝てたでしょう? 他にすることがないもんですからね」
女性「だから寝てばっかりいたんですか?」
小川「いえ、一日に一度、売店行きましたけどね。それだけが楽しみでしてね」
女性「売店にも、うどんかおそばかあるんですか?」
小川「いや、そんな物はないんですよ。いなり寿司はありましたけどね」
女性「じゃあ、きつねうどんなら似たようなもんでしょ。作りますよ。食べなきゃダメですよ」
小川「ああ…」
女性は出て行った。小川さんと顔が似てるなと思ったら、実の娘さん。「兄弟」の紀子さんとか「たんとんとん」の中西さんの奥さんとかと同じ発声っぽい感じ。
小川さんはいつも思い出しているのです。病院のこと、売店のこと、そして親切だった人たち。そして、とんでもないウソから生まれた思いがけない息子。たとえ、僅かな間ではあっても老残の小川さんにとっては、ただ一つの頼り、ただ一つの夢、ただ一つの愛情の実体だったのです。
思ったよりひどい意味だった。
ごめんくださいと声がする。聞き覚えのある声に布団から起き上がる小川。
女性が玄関に出た。
良子「あの…こちらに小川さんいらっしゃいますか?」
女性「ええ、いらっしゃいますけど」
良子「あの…私…」
⚟小川「よっちゃん」
襖を開けた小川が這って出てきた。「ああ…さあさあ…勉さんもよく来てくれましたね」
勉「こんにちは」
良子「やっと捜してきたんです」
小川「そうでしょう、そうでしょう」
女性「さあ、どうぞ上がってください」
良子「じゃあ、お邪魔します」
小川「いや、ホントによくね…」
女性「小川さん、お茶入れますからね」
小川「あっ、すいません。さあさあ」手招きして、ハイハイで部屋に戻る。
良子「まだ歩けないのね」
勉「とんだ災難だな」
小川「いや…いや…やっぱり年ですからねえ。さあさあ、座布団がないからね、足をね、崩していてください。ねっ? さあ」
良子「重い荷物持ってたんでしょう?」
小川「そう、両手にね。それをまた後ろから駆け下りてきたヤツがあって」
勉「そいつに突き飛ばされたの?」
小川「そう。後ろからでしょう。私のトランクをね、ドーンと前へ突きやったんですよ。階段ですからねえ」
勉「ぶん殴ってやりゃいいんだ」
良子「危ないわね、気をつけないと」
女性「番茶ですけどね」
小川「あっ、すいませんね、奥さん」
女性「どうぞ」良子に渡す。
良子「すいません」
女性「ちょうどきつねうどんを作っていたんですけどね、こちらへもお持ちしましょうか?」
良子「いえ、いいんです、私たちは」
女性「いいんですよ、遠慮なんかしなくったって。小川さんちょうど寂しがってたの。ちょうどいいところに来てくれたんですよ。ねえ? 小川さん」
小川「フフフッ。ああ、そうそう。あのね、こちらはこのうちの奥さん、せがれさんの」
良子と勉は名前を名乗る。
せがれさんが若い赤帽さん?
女性「そりゃ、まあ、ようこそ。それにしても小川さん、随分、お若いお友達があるんですね」
一同、笑う。
小川「ほら、あの…さっき話したでしょう。あの病院の売店の」
女性「ああ、じゃ、いなり寿司の」
良子「アハッ、そうです」
勉「とってもおいしいんですよ」
女性「どうもそうらしいですね。じゃあ、うちのきつねうどんも食べてってくださいよ。すぐ作りますからね」
小川「あっ、すいませんね、奥さん」立ち上がって部屋を出て行く…おなか大きいのかな。
勉「じゃあ、これどうしようか?」新聞紙に包まれた駅弁を良子に見せる。
良子「(小川に)ああ…これ買ってきたんです。駅弁だけど、あの…小川さんどうかと思って」
小川「ああ、それはそれは。ああ、ありがとうありがとう」受け取る。
小川は駅弁、良子と勉はきつねうどんを食べている。
小川「そうですか。今度の日曜日にね」
勉「そうそう。前田さんがね、うんとたくさんいなり寿司を作ったんだって、今朝」
小川「そう」
良子「あっ、そうか。それ、もらってくればよかったんだわ。あんた、どうして気がつかなかったの?」
勉「そんなこと言ったって、自分だって気がつかなかったじゃないか」
良子「間が抜けてるわね、私たち。駅にばっかりいる人に駅弁買ってくるなんて」
小川「いえいえ。駅にいたってね、駅弁なんか買えませんからね」
勉「そうだよね、300円じゃ」
良子「そうよ」
小川「いいえ。2人そろって来てくれたんですもの。それでね、もうもう。フフッ」
駅弁を食べていた小川が舌を鳴らす。それを見ていた良子、勉。良子は勉に向かって舌を鳴らし、勉も同じく舌を鳴らす。笑い合う2人と、それを見てニコニコする小川。
小川さんはしみじみとうれしいのです。そして、次の日曜日…しかし、世の中のことはなかなかうまくいかないものです。(つづく)
やっぱり小川さんがニコニコしてる回はいいね。寿美子がヒロインなら良子みたいな役にしたらよかったのに、なぜあんな役だったんだろう。
次が最終回なんて寂しい。
お、三保の松原回じゃないか!