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【ネタバレ】木下惠介アワー 3人家族(全26話)#21-#22

1968/10/15~1969/04/15 TBS

 

あらすじ

TBS『木下恵介アワー』で歴代最高視聴率を記録した人気ホームドラマ。偶然の出会いから始まる大人の恋と3人家族の心あたたまる交流を描く。男ばかりの柴田家と、女ばかりの稲葉家の二つの3人家族の交流を軸に、ロマンスやユーモアあふれるエピソードを盛り込んで話は展開する。山田太一が手掛けた連続ドラマ初脚本作。1960年代、大家族ドラマものが流行る中で、シングルファザー、シングルマザーの世界がリアルに描かれたのも話題となった。

三人家族

三人家族

  • あおい 輝彦
  • 謡曲
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

21話

昭和44年度入学試験合格発表者が貼りだされ、喜ぶ者、涙する者。

 

大学に合格発表の季節が来た。健も明子も2日と置かずいくつもの大学へ発表を見に出かけた。まだ寒い春であった。

 

柴田家。健が食事の洗い物をし、耕作、雄一が出勤しようとしたが、靴を磨いてなかったと言って少し磨き、忘れ物をしたと言って耕作が残った。耕作は封筒を健に渡した。入学金13万5000円。一番入りたいところの発表が明日だが、今日まで入学手続きを終えないといけない大学があり、そのお金を渡した。

 

受かったところの手続きをしないで、あしたの発表で落ちてたらまた浪人になってしまう。無駄になったっていいさと耕作は笑顔で封筒を渡し、兄さんに言うとうるさいからなと笑った。13万は大きいから、お父さんも一晩考えたという。そういえば競輪にハマってたのはどうなったんだろう。あの怪しげな元同僚は!?

 

帽子とコートで手ぶらの出勤スタイルの耕作。道の先で雄一が待っていた。雄一もA4サイズくらいの封筒みたいなのは持ってるけどかばんは持ってないかも? 

雄一「ひどい話だね。片方が合格を発表する前に片方が入学手続きを締め切っちゃうんだから」

耕作「大学も商売ってわけだ。理事会ももめるさ」

 

家では札束を前に悩む健。

 

稲葉家では明子が掃除をしていたが本を放り投げるようにしてかなり乱暴。

キク「お母さんのころはね本を投げたりすると大変だったのよ、叱られて」

明子「要らなくなった本だもん、いいじゃない」

キク「この本のおかげで入学できたんじゃないのバチが当たるから」

明子「放るくらいいいほうなのよ。みんなすごいのよ、川へ持ってってね『バカ野郎!』って投げ込んじゃうのもいるの」

キク「ハア…世も末だね」

 

掃除の途中でお茶を飲もうと言いだす明子。大学は第4志望にやっと受かった。哲学も落ちて、心理学も落ちて受かったのは家政科。しかし、大学に受かったのはいいが、遊ぶ権利ができたみたいな気分が気に入らないというキク。明子に電話があり、お説教を切り上げさせた。

 

動物園

明子「13万5000円か…」

健「正確には13万5350円さ」

明子「もったいないわね、なんだか」

健「でも最後のが落ちてたらこの手続きしないと浪人になっちゃうからね」

明子「どうなの? 自信」

健「受かるような気がするんだけど」

明子「そんならねえ…」

健「お父さん、今月の末、定年だろう? 13万あるのとないとじゃだいぶ違うからね。最後の発表にかけてこっちは手続きやめたほうがいいみたいな気がするんだ」

泣きついて返してもらえないかという明子。もちろんダメ。あしたのが受かってたら13万また払うのか…と悩む健。

明子「今日であしたなんてえげつないわね、ちょっと」

13万がもったいないとため息をつく二人。

 

恋人として会うのではなく友人として会うのだという言い訳ができると雄一と敬子は前よりもずっと気軽に会うことができた。あと2か月足らずで最低2年間は会えなくなるのである。恋人になりようがないではないか。楽しい友達なのだ。友達として会っているのだ。雄一も敬子もそう自分に言い聞かせながら、しばしば気持ちのままに誘い合うのであった。

 

会社の昼休み。雄一と敬子は公園で鳩にポップコーンをあげる。飛び立つ鳩を眺めている。外のテーブルでアイスクリームを注文する。

雄一「春だなあ」

敬子「ほんと」

雄一「あなたがいちばん春らしいや」

敬子「まあ、それどういう意味?」

雄一「あなたの周りがいちばんポカポカ。ハハハッ」

敬子「バカみたい?」

笑い合う二人。暖かくなってきたというものの息は白い。

 

雄一「そうだ、昨日、会社へ飛び込んだのが1時10分過ぎ」

敬子「あら」

雄一「気をつけないとね」

敬子「私も…気をつけないとね」

お互い腕時計を外してテーブルの上に置く。

 

雄一「(店員に向かって)ねえ、アイスクリーム急いで急いで!」

敬子「イヤです、そんな声出しちゃ」

雄一「あっ、これは失礼。ついお里が出ちゃって」

敬子「お里はどちら?」

雄一「お里は遠州浜松在」

また二人で顔を見合わせて笑う。

 

雄一は自分でも不思議であった。こんなにはしゃげる自分が意外であり、イヤではなかった。敬子も雄一の明るさが思いがけなかった。いい人なのだ。本当はこんなふうに明るい人なのだ。ようやく春めいた昼の日ざしの中で2人は先のことを忘れ、今の楽しさだけを忙しく求めていた。

 

夜。結局、健は入学手続きをしなかった。

雄一「えらいことをするよ、健は」

健「どうしてももったいなかったんだ。なんだかあした受かるような気がしたんだよ」

耕作「いや、あした受かれば問題はないんだがな」

雄一「落ちたらまた浪人じゃないか。そのことを思えば13万ぐらい…。手続きするのが当たり前じゃないか」

健「もったいなくなっちゃったんだよ」

雄一「貧乏性だな、まったく」

耕作「貧乏性はお父さんのせいさ。ハハハ…。まあ、あしたは受かるさ」

 

落ちたら落ちたでいい、2年ぐらいの浪人は常識だと耕作は言う。落ちたら大学は諦めて働く。学校までは行ったがばかばかしくなってやめた。明日は受かるような気がするという健。

 

あしたはお父さんが合格発表を見に行くというが、落ちても受かっても僕が先に分かった方がいいと健は断った。雄一が紅茶をいれてくれる。13万があればだいぶ助かると健にお礼を言う耕作。優しい家族だね。

 

健は家にいても落ち着かず、ハルの家に行った。

健「3人でよく言ってるんですよ『おばさん来ないかな』って」

ハル「なんだか行きにくくなっちゃったのよ」

健「いや『こだわらずに来てくんないかな』ってお父さん言ってましたよ」

ハル「そんなこだわるなんてもんじゃないのよ。でもねえ…もう知ってるでしょうから言っちゃうけど、おばさん、坊ちゃんのお父さんと結婚したかったでしょう? やんわりだけど断られちゃうとね。女のプライドっていうのかしら。フフ…やっぱりこだわってんのかしらね」繕い物をしているハル

健「さみしいんだもん、おばさん来ないと」

ハル「ありがと。そんなふうに言ってくれるのは坊ちゃんだけ」

やっぱり女の人の部屋は違うなあなどという健。紅茶を一杯飲んで帰っていった。

 

翌日の合格発表。耕作も雄一もそれぞれの会社で時間を気にする。合格発表を見ている明子。

 

健は高校の同級生で健の行きたい大学の1年生にたまたま会った。一緒に見てやらあなどと言われるが断った。

明子「おめでとう。受かってたわ」

同級生は彼女に見に行ってもらってのかよと言われた。コーヒー一人3杯おごるという健。さっそく、耕作や雄一に電話で知らせた。そして、ハルに直接報告に行った。ハグしてぐるぐる回転する二人。えー、何この関係性。

 

洋子も家に訪ねて来るが、明子だけいて「フッた相手にまだいい顔することないでしょう」と洋子に説教。こんなとこに来てニコニコする資格なんかないと責める。なるべく遠く離れて知らん顔してるほうがフッたほうの礼儀。二度とニコニコしたら承知しないわよ…ってちょっと怖いな、明子。

 

帰ろうとした洋子と鉢合わせした健。ヨウ子は冷たくさようならと言って玄関を出た。健と明子はケーキでお祝いするところだった。

 

夜は健の太鼓仲間が来ていた。耕作が帰ると、健は明子を送っていて不在。商店街の八百屋、床屋、魚屋の息子達で大学に入るとだんだん離れてしまうといって、健ちゃんの送別会のつもりだといってビールを飲んでいた。

 

健の友達3人のうち一人だけ昇と役名のついてるのは鶴田忍さん。

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健が帰ってきて、お父さんが帰って来るまでビールは飲んでないと言った。雄一もシューマイを土産に帰ってきて、みんなで飲んだ。耕作はビールを1ダース注文しろと健に言った。

 

雄一の外国への留学。健の合格。柴田家の一段落の夜であった。息子の成長は確かにひとつひとつ耕作の肩の荷を下ろした。しかし、定年を控えた耕作には独り立ちしていく子供たちの姿は、そのまま自分から離れていく姿としても映った。こんなうれしい夜にも奈落に落ち込むような孤独が耕作の心を時折かすめるのであった。

 

22話

柴田家の朝食。健はおみおつけの味噌を変えた。すぐに気づく耕作。大学に入ったから余裕があるという。

耕作「ゆうべは八宝菜だしサービスいいな、ばかに」

健「言うなればお礼奉公だね」

 

朝起きてきた雄一は新品の赤いセーターを着ていた。

耕作「派手だな、なかなか」

雄一「そうかな?」と言いながら、手や顔にクリームを塗っている。横浜に出かけるという。

 

お古ばかりでと愚痴る健にデパートに買いに行こうという耕作。すげー仲良し親子だよなあ、毎度感心してしまう。

 

春先の風のある日曜日であった。

 

ペーパードライバーの雄一はレンタカーを借りに行った。もちろん日産車なのだろうけど、車は全然分からない。夕方までという約束。

 

一人で出かけるという敬子は元町に行って春の洋服を作りたいと言って、明子が付いてきたいというのを突っぱねた。しかし、電話がかかってきて明子が出ると、お連れが待ってるとデートであることがバレた。「ドライブでもどうですか?」と電話してきたのは沢野。

 

港に仕事に来てその帰りだという沢野の言葉に、断るからいいと言って出て行った。家の前まで来ていた沢野。あれ? この前の真っ赤なスポーツカーは? 雄一がレンタルした車と同じに見えるな。

 

一台の車が止まり、雄一が敬子に声をかけた。すれ違った車も停車し、沢野が笑いながら降りてきた。戸惑いの雄一。

沢野「なるほどね。安全だと思っていた君がやっぱり一番危ない人だったんだ」

雄一「いや、僕は…」

沢野「遊びですか?」

雄一「はあ?」

沢野「恋仲じゃないんですか? お二人は」

雄一「いや…」

敬子「柴田さんはもうじき外国へいらっしゃるんです」

沢野「そうですか。長いんですか? それは」

雄一「2年はどうしても」

沢野「2年? そうですか。それじゃお別れのドライブってわけか」

雄一「そういうわけでもないんですが」

沢野「そんならそれほど僕がやくことはないのかな。それともこういうときが一番危ないのかな?」

敬子「失礼します、沢野さん」と先に車に乗り込もうとする。

沢野「ねえ君…もちろん君は分かってるんだろうがこの人の年で2年間のブランクは小さくありませんよ」

雄一「分かってますよ、そんなこと」

沢野「軽々しい約束はしないでほしいな」

敬子「沢野さん!」

雄一「余計なお世話ですね。あなたになんの権利があるんです?」

沢野「権利はないさ。しかし、僕はこの人が好きなんだ。前からそう言ってる。しかし、君はそうは言ってなかった。それをここに来て…2年間も会えないというのに愛だの恋だの言ってはいけないと言ってるんだ」

雄一「いつ僕がそんなこと言いました?」

沢野「言いやしないさ。しかし、僕は気になるんだよ。心配なんだ」

敬子「失礼ですわ、柴田さんに」

沢野「もちろんそうです。失礼です。しかし、僕の本心を言えばドライブには行かせたくない。ハハ…いや、見苦しい…見苦しい大芝居だ。いってらっしゃい」

もういいって、沢野は。沢野も毎回レンタカーなのかな?

 

雄一は「忘れましょう」と敬子を車に乗せた。もちろんシートベルトはない。

 

初めての2人のドライブである。無論、気軽な計画のつもりであった。しかし、今は沢野の言葉が車の中に残った。「忘れよう」と言った雄一も口数が少なかった。敬子も立ち去る沢野の後ろ姿が頭に残って軽い罪の感覚があった。

 

雄一「(運転)危なっかしいですか?」

敬子「いいえ」

 

恋というものには醜い一面があるのかもしれない。雄一は父親の孤独に目をつぶって家を出た。敬子は明子の求めをはねつけて家を出た。そして、2人で沢野の感情を突き放した。そうしなければこのドライブはできなかった。そんなことが2人の心を妙に弾ませなかった。

 

雄一「久しぶりだな、この辺」

敬子「海の色がやっぱり3月」

雄一「見たいけどやめとこう。何しろ2年ぐらい乗ってないんだから」

敬子「お上手だわ」

雄一「ハハ…まあね。素質はいいんですからね」

 

敬子「運転で性格が分かるっていうでしょう?」

雄一「分かりましたか?」

敬子「『着実』」

雄一「ハハ…そりゃどうかな? 本性はこれからですよ。いよいよ」

ラクションを鳴らして「それ行け」と飛ばし始めた。

 

相模川の橋を渡るあたりで2人はようやく陽気になった。ようやく2人だけの世界に入った。そうなるまでに時間のかかったことで2人だけの時間はより大切なものになった。

 

昼近くに箱根山に入った。

 

敬子「お城が見えるでしょう? 小田原の」

雄一「お城?」

敬子「あっ、あれ? ほんと小っちゃなお城」

シートベルトしてないからガッツリ後ろを向いてる。

 

車から降りた雄一と敬子。雄一はコートも着ておらず、鼻をすすっていた。

雄一「ちょっと待って、アア…」

くしゃみをして敬子に笑われる。敬子はスカーフを頭からかぶり端を首に巻いていた。

敬子「随分違うわ、気温」

雄一「だての薄着」

敬子「ほんと。でもとてもいいセーター」

雄一「困るな、今ごろ褒めるようじゃ」

敬子「ごめんなさい。お会いしたときから『あら?』って思ってたんですけど」

雄一「待ってたんですよ、いつ言うか」

敬子「ほんと、いいセーター」

雄一はタバコをくわえて一回転。

敬子「フフ…お上手。道を誤ったんじゃありません?」

雄一「ハハ…」なかなかタバコに火がつかない。

敬子「あら、風」

敬子がコートの胸元を少し広げ、雄一が敬子の胸元で火をつける。キャー! 今、タバコを吸うシーンがないのでこのシチュエーションはないよね〜。ドキドキする近さ。

雄一「ありがとう」

実際はあんな顔の近くでタバコの煙吸いたくないよ〜。

雄一「行きましょうか」

 

「行きましょうか」と言い「ええ」と答えながら、2人は今日のドライブの行き先について何も話していなかった。2人ともそこに触れるのを避けているかのようにどこへ行くかを話さなかった。車が勝手に来たというような感じでここまで来た。運転する雄一自身、何かに操られているような気持ちであった。

 

芦ノ湖を右手に見たが芦ノ湖へは下りなかった。富士山、駿河湾を見下ろす道を車は伊豆に向かっていた。雄一はただ遠くへ行きたいという思いに駆られていた。芦ノ湖へ下りればそこがドライブの終点になるような気がした。それがイヤでこの道を選んだ。敬子は口を挟まず逆らわなかった。雄一の感情が移るのだろうか。同じように敬子もいつしか遠くへ行きたいという思いにとらわれていた。

 

雄一は休まずに走った。遠くへ走ることで何ものかを振り捨てることができるかのように走った。自分を縛っている野心や分別、仕事、気後れ。多くのものから離れることができるかのように走った。

 

砂浜に車を停めた。

雄一「ごめんなさい、急に止めて」

敬子「いいえ。疲れたでしょう?」

雄一「そういうわけじゃないけど、ちょっと海岸歩きましょうか」

敬子「ええ」

 

砂浜で石を投げた雄一は時計を見た。

雄一「帰らなくちゃいけないな」

敬子は返事をせず、無言で砂浜を歩き続けた。

 

雄一「随分来ちゃったな」

敬子「あっ、あのおじさんに聞いてみましょうか?」

雄一「何を?」

敬子「もうすぐ下田でしょう? どのくらいで行くか聞いてみませんか?」

雄一「ハハ…そうね。せっかくここまで来たんだもんね」

敬子は走って地元の人に話しかけた。

 

さらにドライブ。ガソリンスタンドで給油。雄一自らフロントガラスを拭く。スタンド店員に「とにかくこれをまっすぐですから標識があるから簡単ですよ」と言われ、車に乗り込む。

雄一「とうとう石廊崎までね」

敬子「言いだしたのはあなたですよ」

 

さすがにコートを着ている雄一は敬子の手をとって岩場を歩く。敬子の膝丈スカートとパンプスでは結構きつそうだが、ぴょんぴょん歩いてる。

敬子「あっ、怖い」

雄一「寒いかな?」

敬子「いいえ」

雄一「寒い顔してますよ」自分のコートを脱ぐ。

敬子「いいんです。箱根でくしゃみしたのは誰ですか?」

雄一「ハハ…しそうになっただけですよ」コートをかける。

敬子「風邪をひいたら困ります。下りましょうか? そろそろ」

雄一「ええ、そうしましょうか」

敬子「どっちみちどっかで夕ごはん食べなくちゃいけませんね」

雄一「ええ、そうなっちゃいましたね」

敬子「どうせならちょっとぜいたくな所にしましょうか?」

雄一「ハハ…そりゃいいけど」

敬子「あっ…。私にごちそうさせてください。何度もされっぱなしなんですもの」

雄一「いいんですよ、そんなことは」

敬子「下田にホテルがあったでしょう? あのホテルの食堂なんてステキじゃないかしら?」

雄一「夕飯まで下田にいるんですか?」

敬子「早めに食べるんです。だってもう私少しおなかすきました」

雄一「やってればいいけど」

 

ゲスい男たちにすれ違いざま声をかけられた。

男「いいなあ、ねえちゃん。この辺、アベックで来るなんかよ」

雄一「こんにちは」

男「頑張ってよ」

男「気ぃつけろよ、ねえちゃん」

男「一緒に行こうか? ハハハ…」

男「後悔すんなよ」

ムカつくが、普通に挨拶してる雄一がいい。

 

夕飯が5時からと聞いて5時まで待った。帰る時間が遅くなるのは分かったが、もう2人ともそのことに触れなかった。黙って海を見て待った。みるみる時間がたつ思いだった。甘い沈黙の時間であった。

 

食事を終えたのは6時に近かった。外へ出ると夜であった。

 

雄一「また風が出てきましたね」

敬子「ええ」

雄一「降らなきゃいいけど」

敬子「そんなかしら?」

雄一「ほんとにお宅へ電話しなくていいんですか?」

敬子「いいんです」

雄一「とにかく急がなくちゃね」

 

もちろん家には電話をかけたほうがよかった。敬子はしかしこの2人の時間の中で家の者の声を聞くことがなぜかかたくなにイヤであった。

 

車内

雄一「ばかに黙っちゃったな」

敬子「そうですね。何かお話ししましょうか?」

雄一「お母さんに叱られますね、今日は」

敬子「平気です、そんなこと」

雄一「ほんとに随分遠くまで来ちゃった」

敬子「でも楽しかったわ」

雄一「ラジオでもつけましょうか?」

敬子「いいえ、このまま。このまま車の音だけのほうが…」

雄一「じゃなんかしゃべってください。なんでもいい」

敬子「フフ…困るわ。上手じゃないんです、おしゃべり」

雄一「そうだなあ…あなたの夢はなんですか?」

敬子「夢?」

雄一「これからしたいことですよ。女の人ってどんな夢を見るんだろう?」

敬子は黙り込んでしまった。

 

まずいことを言ったと雄一は思った。自分たちが避けていた話題ではないか。敬子もついに口を閉ざした。夢を語って2人の恋に触れぬことはできないのだ。

 

しばらくまた沈黙が続き、それから2人はできるだけ当たり障りのない話題を選んでたあいなく笑った。

 

藤沢を過ぎる辺りで雨になった。

 

横浜に着くと11時を過ぎていた。少し寒かった。

 

止まっている車

雄一「じゃまた今日は本当にありがとう」

敬子「楽しかったわ。ありがとうございました」

それぞれ正面を向いていた2人が向き合い、キ、キス!?と思ったら抱きしめあって終わり。

 

キャー! どうなるどうなるぅ!? ずっとドライブだったからナレーション多め。