TBS 1978年3月2日
あらすじ
最愛の夫を奪い戦争は終わった。美智(松原智恵子)はせっけんの行商で必死に麻子を育てたが、松本(織本順吉)の印刷工場が再開され、やっと生活が落ち着いた。井波と暮らした家に今は満州から帰った母が同居。留守を預かっている。ある日、美智を思い独身を守る石山(速水亮)が求婚した。が、美智の心には死にへだてられた今もなお、井波が生き続けていた。
2024.10.15 BS松竹東急録画。
原作:田宮虎彦(角川文庫)
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井波美智:松原智恵子…字幕黄色
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松本:織本順吉
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塩崎喜代枝:利根はる恵
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井波麻子:羽田直美
山田:扇子由紀雄
ナレーター:渡辺富美子
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石山順吉:速水亮
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音楽:土田啓四郎
主題歌:島倉千代子
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脚本:中井多津夫
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監督:八木美津雄
国民服姿の松本社長が大きなリュックを背負って井波家へ。「ごめんよ」と声をかけたものの、返事がないので、そのまま家に入り、背負っていたリュックをおろした。
井波の戦死を伝えた回以来の登場。
外から麻子と帰ってきた喜代枝。「遊ぶときはな、ちゃんとどこで遊ぶって言うとかないかんえ。おばあちゃん、あっちこち捜したやんか」
麻子「ごめんなさい」
喜代枝「ヘヘッ」
家の中からせき込む声が聞こえる。
喜代枝「いや、誰やろ? ちょっと待っててよ」と麻子を外で待たせて家の中へ。
松本「ああ、お留守のようですよ」
喜代枝「あんた困りますがな。黙って入ってきて。うっとこは貧乏人やさかい、そういう闇の物(もん)は、よう買いまへん。早(はよ)う出てってください」
松本「あの…美智さんのお母さんですか?」
喜代枝「へえ」
松本「あの…美智さんから手紙でいろいろとお話は聞いてます。私、松本です」
喜代枝「いや…松本はん。いや、えらい失礼なこと申し上げまして。松本はんとは存じまへんで、どうぞ堪忍しておくれやす」
松本「いえいえ、もう、とんでもない」
喜代枝「美智がいろいろとお世話になっとりまして…」
松本「お母さん、もう、あの…挨拶は抜きで」
喜代枝「あっ…麻子」外にいる麻子を呼びに行く。「麻子ちゃん。松本社長はんよ、ほら」
松本「あっ、大きくなったな。麻子ちゃん、ええ? おじちゃん覚えてるか?」
麻子「うん」
松本「そうか。はい、お土産」
麻子「ありがとう」
喜代枝「よかったな」
松本「さあ、おうち入ろう。なっ」
喜代枝「さあ、どうぞ」
再び家の中へ。
松本「東京は、ひどい食料不足だって聞いたもんだから、お土産は食べ物が一番だと思ってね。担いできました」
喜代枝「おおきに。すんまへん」
松本「その辺、置きましょうか?」
喜代枝「ええ」
松本「それから、ネギとお米です」
喜代枝「いや、こないぎょうさん頂いて…」
松本「私もね、いよいよ諏訪を引き揚げて、東京で仕事することになりました。まあ、これから何かと美智さんのお力になれると思いますから」
喜代枝「美智が聞いたら喜びますわ。どうぞよろしゅうお願いします」
工場を諏訪に移転するという話を石山としていたから、松本社長は諏訪で終戦まで過ごしたのかな。美智は終戦までは松本製作所で働いていたものと思ってたけど、東京の工場は社長が諏訪に行った時点で閉鎖になったんだろうか? だけど、社長なら美智にほかの会社とか紹介しそうなものだけどなあ。
松本「でね、早速、あしたから手伝っていただこうと思いましてね」
喜代枝「へえ。あっ、さあ、どうぞお上がりになって」
松本「はあ。はい」麻子を抱っこ。「それじゃ、お邪魔します」
喜代枝「どうぞ」
松本「いや、美智さんも一人で苦労したでしょうな」
喜代枝「へえ。あの子には苦労のかけどおしで…」松本の膝に乗った麻子を見て「いや、すんまへん。麻子…」
松本「ああ、いや、いいですよ。ねっ?」麻子の頭をなでなで。「で、今日も行商のほうに?」
喜代枝「いえ、麻子のことでちょっとやっかいなことがおまして。今日は石山はんの法律事務所のほうへ参りました」
松本「ほう、石山さんの所へ?」
喜代枝「ええ。井波はんのお父はんから、どうしても麻子を引き取りたい。そな言わはりまして、弁護士はん、お立てになるいう手紙が参りましたんどす」
松本「それは困った問題ですね。美智さんだって、そう簡単に麻子ちゃんを渡すわけにはいかんでしょうからね」
喜代枝「へえ。井波はんのお父はんは麻子だけが井波家のたった一人の跡取りやさかい、そな言わはりまして…それに、美智かて先の長い身やし、いずれは再婚するに違いない、そのときのためにも麻子を返してほしい、そな言わはって…」
松本「そりゃご両親の気持ちは分からんわけではないですがね。なんか理屈が通らんような気がしますね。まあ、石山さんがついてるんだから、うまく解決するとは思いますがね」
喜代枝「ええ」
松本「あっ、そりゃそうと、吉岡さんの奥さんは元気にしとられますか?」
喜代枝「へえ」
松本「へえ~。じゃ、帰りにちょっと寄ってみるかな」
喜代枝「あの…吉岡の奥さん、今度、ご結婚されることになった言うてはりました」
松本「結婚? あの奥さんがですか」←あのって何よ、あのって。
喜代枝「へえ。なんや、お里のお兄さんちゅう方のお世話で、大きなお子さんが4人もいてはるおうちの後妻さんに行かれることになった言うて」
松本「純子ちゃんも一緒に?」
喜代枝「ご一緒に連れていかはるように言うといやした」
松本「へえ~、それにしても驚いたな。あの奥さんがね」
松本社長にとっての俊子ってどんなイメージ??
喜代枝「どうぞ」お茶を出す。
松本「あっ、こりゃどうも」
喜代枝「そやけど松本はん。女が一人で生きてくっちゅうことは、えらいことですさかいな。うちの美智かて、この先、長い一生をどないしていったらええのんか。美智かてまだまだ若い身ですよって。ほんまは…あっ…虫のええ話かもしれまへんけど、石山はんのようなお方に美智をもろうていただけたら一番よろしいんどすけど」
松本「ええ。私も美智さんと石山さんの昔のことは知ってます」
喜代枝「あっ…松本はんにこんなこと言うのもなんどすけど、うちがこんなこと言うたって、美智には言わんといておくれやす」
松本「ええ」
喜代枝「石山はんかて美智のことが…石山はんがまだお嫁さんももらわんと独りでいてはるのは、やっぱり美智のことがあるさかい。そやって、いっそのこと、あの…」
松本「ええ、私もね…あっ、その前にちょっと井波さんにお線香を…」
喜代枝「ええ」
松本「麻子ちゃん、ちょっとね」麻子を膝から降ろす。
石山の法律事務所
石山「少なくとも今度の戦争が終わる以前、明治憲法では個人の尊厳よりも家というものの尊厳のほうが上位に置かれてましたから、まあ、井波さんのお父さんの言い分もある程度、受け入れられる根拠はあったんですが、戦後、日本は個人の尊厳を何よりも大事にしようという民主主義の時代になりましたからね。そのために明治憲法を廃止して民主主義の基本に基づいた新しい憲法が今、着々と作られつつあるんです。そういう観点から見ましても井波さんのお父さんのお考えは根底から覆ってしまうことになります。ですから、麻子ちゃんのことについては何もご心配されることはないです」
美智「お話をお伺いして、ほんとに安心しました。ありがとうございました」
石山「いえ。でも、相手はご主人のお父さんなんですから、なるべく友好的に理解し合うように努力するべきだと思いますね」
美智「はい。それは私も」
石山「また、なんか変わったことがありましたら、いつでも」
美智「はい」
石山「おばさん、東京の生活にもだいぶなじまれたようですね」タバコに火をつける。
美智「ええ、おかげさまで。母がいつもお世話になって、ほんとに感謝しております。誰も知らない東京で石山さんがおられることが、どんなに心強く思ってるかしれないんです」
石山「あっ、いえ、感謝しなきゃいけないのは僕のほうですよ。まあ、折あるごとに身の回りの世話をしていただいたりして、まあ、甘えちゃいけないと思ってるんですけど、なんだかおばさんのことが母親のような気がして…病気がちだった僕の母も戦争の起きた年に亡くなりましたし。まだ、お話ししてなかったかな」
うなずく美智。
石山「終戦の翌月に父も亡くなったんです。山の中の小学校の校長としては、なかなか国思いでしたからね。日本が戦争に負けたのがかなりのショックのようでした。そういえば、美智さんも父に…」
<石山がふと口を滑らしてから黙り込んだのは石山の父親が小野木の陰謀に乗せられ、2人の間を引き裂くために重大な役割を果たしたという、あの忌まわしい事実を思い出したからに違いなかった>
石山の父は2回しか出てないのに回想では何回も出てる。井波さんはオープニングで毎回見かけるとはいえ回想でも出てこないというのに…
<美智も法律上のこととはいえ、つい石山を頼ってしまった自分の愚かさを後悔していた>
石山のアパートを訪ねた松本社長。
石山「いやあ、松本さん」
松本「いよいよね、東京へ出てくることになりました」
石山「そうですか」
松本「いや、突然お邪魔したら差し障りがあるんじゃないかと思ったんですが、ちょっと偵察にやって来ました」
石山「ハハハッ。偵察ですか。ハハッ、さあ、どうぞ。さあ、どこでも偵察してってください。何もやましいところはありませんから」
松本「いやいや、こりゃ冗談冗談」
2人の笑い声
松本さんと石山はんは並ぶと同じくらい。改めてプロフィールを確認したら、速水亮さん、織本順吉さん、伊藤孝雄さんが174cm、中野誠也さんが173cmだそうです。
松本「どぶろくがね、手に入ったんです。一杯やりませんか?」
石山「あっ、どぶろくですか。それはいいですね。さあ、どうぞ」
松本「はあ」
石山「あの…そちらのほうがあったかいですから」
松本「ああ、こりゃどうも」
石山「じゃ、早速、一杯やりましょう。スルメがあるんですよ」
松本「はあ~」
石山「しかし、お元気そうなお顔を見て安心しました」
松本「おかげさんでね。またね、東京で頑張ることになったんです。ひとつ今後ともよろしくお願いします」
石山「いえ、こちらこそ。お仕事はいつごろから始めるんですか?」
松本「準備は、あしたから始めますが、まあ、機械が動き出すのは1週間ぐらいたってからでしょう。さあ、どうぞ」
石山「あっ、いただきます。それじゃ」松本社長と湯飲みに注がれたどぶろくで乾杯。
松本「石山さん。1人暮らしにしては部屋の中がきれいに片づいてますね」
石山「ええ、美智さんのお母さんが週に何度か掃除に来てくれてるんですよ」
松本「ああ、そりゃいい。いや、実はね、今日、美智さんのおふくろさんに会ってきたんですよ」
石山「ああ、そうでしたか」
松本「お聞きになりましたか? 吉岡さんが再婚するって話」
石山「ええ、お母さんからちょっと…やっぱり女手一つで生きていくということは心細いものらしいですね」
石山の部屋って板間なんだろうか? テーブルとイス、ベッドの暮らし。
松本「ああ。石山さん…いや、これはね、前からいっぺん聞いてほしいと思っていたんですが、こういう話は早いほうがいいと思いましてね」
石山「なんですか?」
松本「美智さんのことですよ」
石山「美智さんの?」
松本「ええ。石山さんと美智さんの間にどんなことがあったか私もおおよそ知ってます。しかし、まあ、済んだことは済んだこととして、どうですか? 美智さんと夫婦になる気はありませんか?」
石山「松本さん、なんてことをおっしゃるんですか。僕は美智さんと結婚できるような、そんな立派な人間じゃないってことは、松本さん、よくご存じじゃないですか。僕は美智さんを裏切った人間ですから」
松本「石山さん、こんなこと言ったら失礼なんですが、人間、もっと正直にならないとね。好きなら好きでそれでいいじゃないですか。私にはね、石山さんの胸の内は、ちゃんと読めるんですよ。あなた、はっきり言って、美智さんのことが好きなんでしょ? 石山さん、ここはひとつ、私に任してくれませんか?」
石山「しかし…正直言って、僕は美智さんのことは諦めてるんですよ。なぜって…僕は井波さんという方にお目にかかったことはありませんが、大変立派な方だったに違いないと思うんですよ。今の僕には全く自信がないんですよ」
松本「まあ、とにかくこの私に…」どぶろくグイッ。
井波家
行李に服を詰める喜代枝と美智。麻子は寝ている。喜代枝は綿入り半纏、美智は袖なしの綿入りを着てる。
今は昭和20年の年末か昭和21年か…終戦して、喜代枝と同居するようになって、まあまあ時間たった感があるし、昭和20年ってことはないか。
喜代枝「なあ、美智」
美智「うん?」
喜代枝「あんたは、お母ちゃんと違(ちご)うて目に見えん、ええ器量もあるんやなあ」
美智「なんの話?」
喜代枝「井波はんのような、ええお人と一緒になれたし、松本社長はんのような立派なお方にも目ぇかけられて」
美智「うちも感謝してる。古着屋のおばさんにも親切にしてもろうたし。あした、よくお礼を言うて絶えさんと、このおかげで生きてこられたんやもん」
”絶えさん”というのは、松本社長の仕事を手伝うことになって、古着の行商は辞めるってことね? だから着物の整理をしている、と。
喜代枝「そやけどな、石山はんもええお人やな。あんたのこと、いろいろと心配してくれはって、なあ、そう思うやろ?」
美智「お母ちゃん、何が言いたいんや?」
喜代枝「いやな、あんたはこれからも幸せになれるっちゅうことや」
美智「お母ちゃん。なあ、お母ちゃんにどうやろ? ぴったりや思うけど」グレーっぽい渋い着物を喜代枝に見せる。
喜代枝「いや…お母ちゃん、こんなんいらんわ」
美智「お母ちゃん、ちょっと立ってみ」
喜代枝「いらんて…なあ」
美智「ほら」
喜代枝「あかん」
美智「新しく買(こ)うたらな、3倍近くするんやで。なっ?」着物をあてる。「あっ、似合うえ」
喜代枝「いや…そうか?」
美智「うん」
美智の話そらし作戦成功。
喜代枝が麻子と手をつないで歩いている。「あっ、気ぃつけて」
石山のアパート
入ってすぐに玄関があって、そこで靴を脱いで広い廊下の両脇に部屋がある感じ。喜代枝は麻子の靴を脱がせて、石山の部屋へ。「石山はん、おはようございます。いや…まだ寝てはったんどすか?」
石山「あ~、ええ。あ~、いや、おじちゃん恥ずかしいな。麻子ちゃんに朝寝坊しちゃって」
テーブルの上には空の一升瓶。
喜代枝「たまにはよろしいやおへんか」
石山「ええ。いや、ゆうべ、突然、松本さんが訪ねてきましてね。遅くまで飲んでしまったもんですから」
喜代枝「ええ」
石山「あっ、どうもすいません。あっ、おばさん、昨日、松本さんにお会いになったんですって?」
喜代枝「ええ、初めてお会いしたんやけど、ええお方どすなあ。今朝も美智を迎えに来てくれはって2人で工場(こうば)のほうへ」
石山「ああ…あっ、そうですか」
喜代枝「あっ、石山はん」
石山「は?」
喜代枝「実は前から石山はんにお尋ねしよう思うてたことがあるんどす」
石山「はあ。ああ、なんでしょうか?」
喜代枝「へえ」近くに来るように目線で合図。「この間、美智から聞いたんどすけど、石山はん、前に美智と結婚の約束を…」
石山「はあ」
喜代枝「それがどないしてあかんことになったんどすやろか? やっぱり父親(てておや)のことが…しょうもない前科者どしたさかい」
石山「いえ、僕に勇気が…すいません」
なんでみんなして小野木のこと言わないんだろー? 言いたくない? 喜代枝がショックを受けるから??
喜代枝「いや…すんまへん。朝からこんなこと言うて。麻子ちゃん、窓開けような」
石山の寝ていたベッドに腰掛け、足をブラブラさせている麻子ちゃん。
松本社長と美智は鍵を開けて工場内へ入る。「この工場なんだがね、古い友人からね、譲り受けたんだ。戦争中は戦車の部品を作っていたんだが、今度、印刷機械の部品を作ろうと思ってね。まあ、やがてはまた印刷会社を始めようと思ってね」
美智「社長も再出発なさるわけですね」
松本「ああ。君にはね、事務一切をやってもらいたい。会計はもちろんのこと、来客や電話の応対」
美智「お茶くみからお掃除、なんでもします。社長、従業員は何人ぐらいですか?」
松本「最初はね、6~7人から始めるつもりだよ。3~4日中にはね、集まる手配になってるんだ」
美智「事務員は私一人で大丈夫だと思います」
松本「いや、君はね、早くお嫁に行ったほうがいい」
美智「そんな…私、一生懸命、働きますから見捨てないでください」
松本「ところでね、ゆうべ石山さんと遅くまで酒を飲んで話したんだが、石山さんって井波さんに似ているところがあるね。いや、顔形というんじゃなく、なんとなく雰囲気が。違うかな?」
美智「さあ…」
松本「前から考えていたことなんだが、この際、君に聞いてもらおうと思ってね。これはね、君の父親の言葉として聞いてほしいんだ」
美智「はい」
松本「ねえ、美智さん。もし、相手が石山さんだったら結婚してもいいんじゃないのかね。いや、あんたが井波さんに惹かれて結婚したのは井波さんが初恋の石山さんに似ていたからじゃないのかな」
美智「いいえ」動揺したように首を横に振る。(つづく)
ん~、なんでそんな結婚結婚って。俊子が結婚する気になったのは、美智のところに喜代枝が来て気軽につきあえる感じじゃなくなったからじゃないのかな~なんて思ったりして。
松本社長はいつでも頼れるお人だが、美智が初恋の石山に似た井波に惹かれたってのは、井波さんに失礼じゃない? 井波さんと石山はんは全然違うと思うんだよなあ。井波さんは思想犯で警察に検挙されたこともある人で石山はんはエリートで。
石山はんと美智は小野木に引き裂かれた仲というより、石山がビビッて引き下がった面も大きい感じがしたから、どうかなあ…。正直、美智が求婚を受け入れたら興ざめする。