TBS 1978年1月13日
あらすじ
美智(松原智恵子)の旅行中、父と母は満州に渡っていた。美智は置き去りにされたのだ。同じ家に下宿する帝大生・石山(速水亮)は父が前科七犯と知りながら、一人で生きる美智を愛し結婚を約束。が、市役所の福祉係・小野木(伊藤孝雄)は二人の間を裂くため石山の父親に美智の秘密を教えた。小野木は美しい美智が目的で塩崎母子の世話をしてきたのだ。
2024.8.28 BS松竹東急録画。リアルタイムでは金曜日回。
原作:田宮虎彦(角川文庫)
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塩崎美智:松原智恵子…字幕黄色
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石山順吉:速水亮
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井村さき:津島道子
石山の父:増田順司
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小川課長:阿木五郎
山村:山本幸栄
ナレーター:渡辺富美子
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小野木:伊藤孝雄
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音楽:土田啓四郎
主題歌:島倉千代子
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脚本:中井多津夫
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監督:八木美津雄
<美智は一日の勤めを終えて家路についたが、不吉な予感は、ますます広がっていた。昨日、父親に会いに行ったという石山は、もしかしたら自分とのことを相談したかもしれない。しかし、父親の反対が十分に予想されるだけに美智は不安だった>
家の前の路地を帰ってきた美智。「おばちゃん、ただいま」
さき「あっ、みっちゃん、ちょっと」
美智「はい?」
さき「あんなへえ、石山はん、今日、引っ越していきはったわ」
美智「引っ越し?」
さき「あんまり急やさかい、おばちゃんもびっくりしてしもうてんけどな。お父さんちゅうお人がおいやして、荷物みんな運んでいってしまはったわ。そやけど、なんで急にお引っ越ししていかはったんやろか。お父さんちゅうお方にお尋ねしてんけど、なんにも言わはらへんし」
美智「石山はんも一緒にいやはった?」
首を横に振るさき。「お父さん1人だけ。リヤカーの運送屋と一緒にな」
店先で話をしていた美智が玄関から入って階段を見上げる。
さき「行き先も言わはらへんのえ」
美智は階段を上って石山の部屋に入った。
<一体、石山に何が起こったというのだろうか。石山は自分にとって、もはや他人ではないのだ。その石山がなぜ行方も告げないまま、自分から去っていったのだろうか>
さきも階段を上ってきた。
美智「お…おばちゃん、石山はん、どないしはったんやろか。なんぼなんでも急に引っ越していかはるなんて、うち、どうしても分からへん」
さき「おばちゃんかて、そう思うわ」
美智「石山はん、おばちゃんやうちとはあんなに仲ようしてたんやさかい、なんの断りもなしに引っ越していかはるなんて、あんまりやっちゅう気がして」
さき「みっちゃん、あんた、石山はんとなんぞあったんやな?」
美智「なんもあらしまへん。そやけど、なんや寂しい気がして…」
階段を駆け下りた美智は家に帰って泣いた。
夜、店じまいをしているさきのまえに石山の父が現れた。「ごめんください」
さき「あっ…」
石山の父「今日はどうも大変お騒がせいたしまして。塩崎美智さん、お帰りになっておられるんでしょうか?」
さき「へえ、帰ってはりますけど。さあさあ、ハハハッ、どうぞ」
石山の父「じゃ、ちょっと」
さきが美智を呼んだ。「石山はんのお父さんどっせ」
美智が出てきて頭を下げた。
石山の父「ちょっとお話ししたいことがございまして」
美智「はい、どうぞ」茶の間に座布団を出した。
石山の父「お邪魔します」
美智「お茶…」
石山の父「あっ、どうぞ、お構いなく。せがれの不始末をなんとおわび申し上げたらいいか」
美智「あの…不始末?」
石山の父「はい。塩崎さんに結婚してくれなどと大それたことを申し上げたそうで」汗を拭く。「何分、せがれはまだ勉学中の身でありまして、結婚など、まだまだそのようなことを考える分際ではございません。お腹立ちの向きもございましょうが、ここはひとつ何事もなかったことにしていただきたく、こうしておわびに上がったような次第でして」
美智「おわびやなんて、そんな…確かに石山はんは、うちと結婚したい。そない言うてくれはりました。けど、お勉強のほうが大事ですさかい。うちは石山はんが待っててくれって言わはるまで、いつまでも待っていよう、そな思うてました」
石山の父「しかしですな、結婚などというようなことは何もなかったことに…こう申し上げるのもなんですが、いくら待っていただいても、せがれはあんたとはどうしても結婚できない事情がありましてな。忌憚なく申しましょう。あんたのお父さんのことです。ご承知かもしれませんが、せがれは判事、つまり裁判官になることを目指して一生懸命勉強しておりますが、人を裁く立場にある裁判官というのは、あんたのような身の上の娘さんと結婚することは許されんのでして。その点、ご理解いただきまして、せがれの将来のために今までのことは何もなかったことに…承知していただけますな?」
美智「おっしゃることは、よう分かりました。考えてみたら、うちのような素性の者(もん)が石山はんみたいな立派なお方と結婚できる、そんなこと本気で思うてただけでも大それたことやったんです。そやけど、うち…いっぺんだけ石山はんに会いとうおす。未練やのうて心から石山はんを尊敬してましたさかい。石山はんの話も聞きとうおす」
石山の父「せがれは、もう二度とあんたとはお会いしない。そう言っておりますから。どうかせがれのことは忘れてやってください。このとおり、お願いします」
美智「結婚なんて大それたことは考えてません。いっぺんだけ…いっぺんだけ石山はんに…」
懐から封筒を出した石山の父。「これはせがれから預かってきた手紙ですが、どうぞ」
石山の手紙
「塩崎美智様
なんと言ってよいか分からないのですが、父といろいろ相談した結果、父の意見に従うことにしました。父の申し上げたことは、そのまま僕の考えだと思ってください。二度とお会いすることはないでしょうが、お幸せを祈ります。申し訳ありませんでした。おわびします。 石山」
涙をこらえ、目が真っ赤な美智。
<その夜、どこをどうさまよったのか、美智は夜が明けたころ、いつか初めて石山と親しく話し合った同じ場所に来ていた>
大きな材木が並んだ、あの場所ね。川の流れを見ている美智。石山とのキスを思い出す。川のほとりを歩いていた美智は川面をじっと見つめる。
おばちゃんの店に自転車でやってきた小野木。「おばちゃん、おはよう」
さき「あっ、おはようさん」奥で茶碗を洗っている。
おばちゃんちの台所の窓を開けると中庭があって、向こうが美智の茶の間から見える中庭かなあ?
小野木「何も変わりはないか?」
さき「あのな、小野木はん」洗い物をやめ、手を拭きながら近づく。「ゆうべ、みっちゃん、夜中に家、出たまんま帰ってきいひんのどす。どないしたんやろなあ。何もなかったらええのになあ。心配しとるんどす」
小野木「なんぞあったんか?」
さき「2階に帝大の学生はんが住んではりましたやろ。みっちゃん、どうもその学生はんに失恋したらしいんどすわ。あの…小野木はん。あの…今晩も帰ってきいひんかったら、警察へ届けたほうが…」
小野木「ああ、いやいやいや。それで、何時ごろ、うちを出たんや?」
さき「朝、気がついてみたら、うちん中にいいひんかったもんやさかい」
小野木「うん…そやけど、そのまま会社行ったんと違うか?」
さき「さあ…」
小野木「まあ、あんまり心配すんな。会社に電話してみるわ」
さき「すんまへんな」
小野木は自転車で走り去った。
小川課長のデスクの電話が鳴り、小川が出た。「ああ、もしもし。ああ、私や。あっ、なんや、小野木はんかいな。ちょうどよかった。今、電話しよう思うてたとこや。いや、塩崎君なあ、無断欠勤しとるさかいに保証人のあんたから厳重に叱ってもらおう思うて、うん」
小野木「ああ、そら、すまんこってした。もっと早(はよ)うお電話したらよかったんですけど、いや、実は昨日から39度の熱出して寝込んでしまいましてなあ、ええ。うっかりお知らせするのが遅うなってしまって」
小川「いやいや、いやいや。事情が分かれば、それでええんや。ああ、いや、そら心配やなあ。まあそしたらあしたも病気休みっちゅうことにしとくわ。あっ、大事取るように言うたって」
小野木「はあ、どうもおおきに。それじゃ、まあ、よろしゅうお願いいたします」電話を切って、ため息をつき、かばんを開けていると、警察から電話がかかってきた。
警察署
山村「疎水に飛び込んだとこをたまたま通りかかった坊(ぼん)さんが助けてくれはったんや。もうちょっとんとこで土左衛門(どざえもん)になっとったとこや。そやけど、土左衛門にするにはもったいないぐらい器量のええ子やないか」
美人じゃなけりゃもったいなくないのか!?
美智って「思い橋」の幸子みたいだなと思ってたら、同じことしてるぅ!
飛び込んだ理由も同じだしな。男性作者だから、若い女性にとって男性にフラれることほど辛いことはないと思うのかな。赤いシリーズもそういうシーン多々あったし。
小野木「いろいろお手数かけまして」
山村「いや。初めはどうしても名前も住所も言いよらん。強情なおなごやなと思うてたんやけど、昼過ぎてからやっと区役所の小野木はんに来てもらいたい言うてな」
小野木「はあ。あの子の父親が大津の刑務所に服役中から、私のほうで何かと面倒を見ておりまして、一応、私が身元保証人ちゅうことになっとります」
山村「うん」
小野木「なんや、男にだまされたらしいんですが、もう二度とこんな不始末をせんよう、よう注意しますよって、今日のことは、ひとつ、大目に見てやってほしいんですが」
山村「うん、そら、あんたが引き取ってくれるんだったら、わしのほうは大助かりや。あんじょう説教しとってや。そこに寝とる」
小野木「あっ…ほんまにご苦労はんなこってした」
警官役の山本幸栄さんは「岸壁の母」1話で、いせに氷を分けてくれた男性。
木下恵介アワーにも何本か出演している。
「幸福相談」では若い女性と占いに来た男性。「あしたからの恋」では写真館の主人。
宿直室に寝かされている美智は、ゆっくり小野木を見た。
小野木「美智さん。何もかもみんな聞いてきました。なんでまた…助かったからええようなもんやけど、もしものことがあったら、私がどんなつらい思いせんならんか分かってますか? 満州へ行かはったお母さんに対して申し訳が立ちまへんやろ。そんなことはどうでもいい。そやけど、よかった。無事に助かって、ほんまによかった」鼻をすする音
美智「ご迷惑かけて、ほんまに申し訳ありまへん」美智も涙を流し、小野木に背を向ける。
小野木「あっ…美智さん、もう泣かんでええ。もう心配することはなんにもあらへんよって。会社のほうには病気で休ませてもらいますって、課長さんによう頼んどいたし、今日あったことは誰にも知られんよう警察のお人にあんじょう手ぇ打っといたさかい。なっ。あっ…」布団をかけ直す。「あっ、そや。石山さんちゅう帝大の学生さんに連絡してあげまひょか?」
美智「うち、二度と会いとうおへん」
小野木がうすーくしめしめみたいな表情してるのがうまいんだよなぁ。
小野木と警察署から出てきた美智。
小野木「ああ、そや、ゆうべから何も食べてへんのやろ? どこぞに寄って、なんかうまい物(もん)でも食べていきまひょ」
美智「いいえ」
小野木「体壊すと大変やさかい」
美智「すんまへん」
小野木「そうですか。あっ、そやな。早う帰って横になったほうがええかもしれまへんな、ほな」
美智「小野木はん。何から何までお世話をかけてしまって、なんとお礼言うたらええのんか」
小野木「水くさいこと言わんといてください。いつも言うてますやろ。もう長いつきあいですよって、美智さんのことは他人事には思えんのです。そんなことより早う元気になってください。ほな、行きまひょか」
塩崎家
小野木「疲れたでしょう、さあ」
茶の間に座る美智。
小野木「ああ、あの…布団、敷いてあげましょうか?」←きもい!
美智「いいえ」
小野木も美智の隣に座り、タバコを取り出す。「美智さん、まだ若いんだし、なんで自殺なんて考えたのか、私にはよう分かりませんな。人生ちゅうのは、なにもつらいことばかりやない。ええことかていっぱいあるんです。もっともっと先のことを考えて…」
美智「そやかて、うちらのような素性の者(もん)は、やっぱり…」
マッチでタバコに火をつけた小野木だが、灰皿がなく、マッチ箱の中にマッチを片づけた。細かい。「今、こんなこと言うのは、なんやけど、前からいっぺんは美智さんに聞いてほしい思うてたことがあるんです。あっ…まあ、せっかく言いかけたことやし、こんなときやないと言うこともないやろ思いますよって、まあ聞くだけ聞いといてください。お母さんが満州へ行かれるとき、私んとこへ来て、こない言わはったんです。『前科者の娘やさかい、ええとこへお嫁に行くことは望めんやろう』そやさかい、美智さんのこと私にもろうてほしいって」
ゆっくり小野木の顔を見る美智。
小野木「そんとき、私は、こう言ったんです。『もし…もし美智さん、承知してくれはるんやったらよろしおす、美智さんと結婚します』って。そしたら、お母さん大層喜びはって」マッチ箱の中でタバコをもみ消し、ポケットから指輪ケースを取り出した。「お母さんのこの指輪、覚えてますやろ?」
美智が指輪を見つめ、小野木の顔を見る。
小野木「これを私に預けはったんです。結婚式のときに美智にこれを渡してほしいって」
喜代枝は「どんなに困っても、これだけは手放さんと大事に持ってましたんやけど、これ、美智がお嫁に行く日が来たら渡してやってほしいんどす。今の美智やったら、ひどい母親や、むごい母親やて、そんな物(もん)捨ててしまうのやろうと思います。そやさかい、あの子がお嫁に行く…お嫁に行くときに…」別に相手が小野木とは言ってない。
美智が指輪をじっと見る。
小野木「なんや聞いてもらわんならんことを話してしもうたら気が軽うなった」姿勢を正す。「美智さん、今度は私の気持ちを言います。何もかも…美智さんのことは何もかもみんな承知の上で言います。私と結婚してくれませんか? きっときっと美智さんを幸せにしてみせます。そしたらお母さんかて、きっと…」
<美智の疲れきった頭の中に懐かしい母の姿が悲しく浮かんだ>(つづく)
石山も小野木も母のことを持ち出すと、美智はコロッといっちゃうのよ~。小野木ほどではないにせよ、こうして戦略的に結婚した人もいるんだろうな。疲れた頭に小野木はどのような作用をもたらすのか。