TBS 1978年1月27日
あらすじ
再出発を胸に美智(松原智恵子)は東京へきたが、日中戦争の最中。足を棒にしても仕事はなく、疲れ果てて往来に倒れた。栄養失調だった。 美智を助けた松本(織本順吉)は印刷会社の社長。行き倒れが縁で美智は松本の秘書として雇われた。が、平安な日は短かった。血まなこで美智を捜していた小野木(伊藤孝雄)に見つかり、彼は逃げる美智に暴力をふるった。
2024.9.11 BS松竹東急録画。
原作:田宮虎彦(角川文庫)
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塩崎美智:松原智恵子…字幕黄色
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井波:中野誠也
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松本:織本順吉
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光田(みつだ):桧よしえ
戸田:磯部稲子
山村:名倉美里
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仲居:神戸泰子
奥田:高橋英郎
ナレーター:渡辺富美子
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小野木宗一:伊藤孝雄
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音楽:土田啓四郎
主題歌:島倉千代子
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脚本:中井多津夫
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監督:今井雄五郎
東亞印刷前
松本「あんた、小野木といったな。女を殴るなんて男のクズだぞ」
小野木「あんた、一体、どこの誰や? あいつは俺の女房やで。俺の女房を俺がどうしようと勝手やないか」
松本「ともかくゆっくり話し合おうじゃないか」
両側をフェンスに囲まれた細い路地
松本「あんた、さっきから黙って聞いてると、塩崎君は自分の女房だ、女房だって言い張ってるが、いくら自分の女房だからってね、煮ても焼いてもいいって法はないでしょう。今どきそんなこと世間じゃ通用しないね。塩崎君にあんなひどいケガをさせといて、私は雇い主として、あんたを警察へ突き出したっていいんだよ。第一、塩崎君があんたの奥さんだっていう証拠がどこにあるんだね」
小野木「証拠やて?」
松本「そうさ。法律的にも社会的にもあんたの奥さんだという証拠があるのかね。あんた、塩崎美智を自分の妻として、ちゃんと籍に入れたのかね。入れてないだろ? 籍にも入れてない塩崎君を女房呼ばわりするとは、どういう了見か聞かしてもらおう」
小野木「どういう了見?」
松本「そうさ。返事しだいではね、私は承知しないよ」
小野木「籍は入ってのうても美智は私の内縁の妻や」
松本「内縁の妻?」
小野木「そうどす。籍みたいなもん、いつでも入れられます。私もそろそろ美智を私の籍に入れようか、そない思うてましたんや」
松本「そうはいかないね」
小野木「あんた一体どういう権利があって、私ら夫婦の問題に口出ししますんや。夫婦ゲンカは犬も食わんといいますやろ。たまさか美智があんたんとこで働いていたちゅうことぐらいで、そんなでかい顔されたんじゃ、えらい迷惑や。とにかく他人のあんたがとやかく言う筋合いはあらへん。美智は返してもらいます。今晩にでも京都へ連れて帰りますよってな」
松本「ダメだね」
小野木「そんならあんた、人の女房どないせえちゅうんや」
松本「小野木さん。塩崎君を二度と女房と呼んだら、ただじゃ済まないからね。私と塩崎美智は結婚する」
驚く小野木。
松本「内縁の妻じゃなく、ちゃんと籍も入れて天下晴れて夫婦になるっていう約束ができてるんだ」
小野木「…」
松本「分かったかね。分かったら、塩崎君のことはきれいさっぱり忘れて、おとなしく京都へ帰ることだ」
小野木「ええ年こいてアホなこと言いさらすな。美智がなんで、お前みたいな者(もん)と…」
松本「じゃあ、塩崎君が私の籍に入ったら戸籍抄本を1通、あんたの所へ送ってやろう。そしたら、あんたも納得するだろう」
無言で立ち去る小野木。
松本「待ちたまえ!」
狭い道だな~と思ったら、川のそばだったのか。
織本順吉さん、175cmの伊藤孝雄さんと同じくらいの体格なんだな。私がリアルタイムで見たのは、金八先生のデイサービスの老人だったり、「やすらぎの郷」の芸能界のドンでは車椅子だったりで、こんないい体格だったんだな~と改めて思った。
夜、後ろを気にしながら歩く松本社長。病院へ入る前も後ろを気にしながら入り、美智が入院している部屋にノックして入った。「あっ、起きなくてもいいよ、ねっ」
美智は頭に包帯が巻かれている。
松本「どうだい? 少し楽になったかい?」
美智「はい」
松本「君もひどい男に見込まれたもんだね。もっと早くから君を知っていたら、あんなヤツ…君がどんなに怖い思いをしてきたか、初めて分かった。しかしね、これからはもう心配しなくたっていいよ。この私がついてるから」
美智「社長…何から何までお世話いただいて、ほんまになんて言ったらいいのか」
松本「塩崎君、そんな水くさいこと言うもんじゃないよ。とにかくね、ここにいてゆっくりケガの治療をすることだ」
美智「このくらいのことで、こんな立派な病院に入れてもろたら、なんやもったいない気がします」
松本「そんなこと心配することはないよ。第一、そんな格好じゃ町を歩けないし下宿にも帰れないだろ? それにここにいたら、あいつに見つかる気遣いはないし。とにかく小野木のことは心配しなくてもいい。ちゃんと私が始末をつける」
旅館幸運館
お風呂上りかさっぱりした浴衣姿の小野木。
松本「あんたも無理して長い間、旅館住まいでは何かと費用もかかったろうと思ってね」胸元から封筒を取り出す。「ちょうど500円だ。決して少ない金じゃないと思うよ」
10円ですらまあまあな金額(今でいう数万くらい?)なので500円は百万単位くらいのお金だろうか?
封筒に手を伸ばした…かに見えて、テーブルの上の灰皿を手元に持っていく小野木。
松本「まあ、手切れ金というのは人聞きが悪いから見舞い金だ。そう思って、おとなしく京都へ帰ってもらおうか。いいかね、今後、二度と美智に近づくようなことがあったら命はない。それだけは覚悟しといてくれよ」
小野木「おっさん、私かて命懸けですよってな」
東亞印刷
旅行カバンにしてはちょっと小さめのカバンを持ってうろつく小野木。出勤してきた光田が後ろを向いている小野木に気付いた。
光田「社長、あの男、会社の前に立ってますよ」
松本「あいつ…」
光田「警察、呼びましょうか」
松本「いや、いい」
外へ出ていって辺りを見渡す松本社長。小野木はいなくなっていた。
病院
天井を見ている美智。
松本社長は小野木が止まっていた旅館へ。「帰った?」
仲居「はい。今朝の汽車にお乗りになるって」
松本「確かにそう言ったのかね?」
仲居「ええ。お勘定も全部頂きましたから」
松本「あ…ああ、そうですか。いや、どうもありがとう」
東亞印刷
ぼんやり座っている松本社長。
奥田「あっ、社長、見出しのゲラができてきたんですけど、ちょっと見ていただけませんか?」
松本社長は、うなずき部屋を出ていった。
光田「ねえ、社長、少し変よ。ぼんやりしちゃって」
山村「ほんとね」
光田「ねえ」
電話が鳴る。
光田「もしもし、東亞印刷ですけど。あら、塩崎さん? その後どう? そうなの。あっ、社長? ちょっと待ってね」
病院の廊下で電話をかけている美智。頭の包帯も取れている。「あっ、社長ですか? 塩崎です。あの…今日、退院したいんですけれど。はい、先生もそうおっしゃってくださってますし、ええ、もう大丈夫です」
松本「ああ、そう。じゃあ、そっちへ行ってあげるからね。うん、病室で待ってなさい。えっ? うん、分かった。じゃあね」受話器を置く。
光田「塩崎さん、退院されたら、あしたから出てこられるんですか?」
松本「いや。実はね、いろいろと事情があって、塩崎君、会社を辞めることになったんだ」
光田「辞めるって…じゃあ、塩崎さん、会社には、もう出てこないんですか?」
松本「まあ、そういうことだ」
病院
美智「どうしてですか? どうして私が会社を辞めなければならないんですか? 社長、お願いです。いつまでも会社に置いてください。至らなかったところは直します。今までよりもっと頑張りますから」
松本「いや、そんなこと心配しなくたっていいんだよ。君の次の勤め先は、もう決まってるんだ」
美智「次の勤め先?」
松本「うん」
美智「やっぱり小野木のことであんな騒ぎを起こしてしまって。社長に大変ご迷惑をかけてしまったんでしょうか?」
松本「いや、塩崎君、誤解してもらっては困る。全然そういうことじゃないんだ」ロビーの椅子に掛ける。「君が今のままでいたら、あの男はきっとまたやって来るに違いない。どうもそんな気がしてしょうがないんだ。だから、いっそのこと勤め先をかえてしまえばもう二度と君を捜すことはできまい。そう思って…」
美智「けど、社長。小野木は納得して京都に帰ったんじゃないんでしょうか?」
松本「いや、しかし、あの男のことだ。また何をやるか分かったもんじゃないからね」
美智「でも、今度、小野木が来ても私は平気です。社長さえ、そばにいてくださったら、もう怖がったり、逃げ回ったりしません。社長だって、そう言ってくださったじゃありませんか。社長、お願いです。私をいつまでもそばに置いてください」
松本「うん、そりゃ私だって、いつまでもそばにいて君を見守ってあげたい。しかしね…私は」と立ち上がる。「ほんとに君にすまないことをしてしまったんだよ。私は、小野木という男にとんでもないことを言ってしまってね。私は塩崎君と結婚する。ちゃんと籍を入れて夫婦になろうと思ってる。だから、君は塩崎君のことは、きれいに忘れて、京都に帰るようにって。そのことで君からどんなに非難されてもしかたがない。ほんとにすまなかった」
美智「社長、どうしてそんなこと気にされるんですか?」立ち上がる。「小野木っていう人には、うそでもそのくらいのこと言ってやらなければ」
松本「いや、それが、うそとばかり言えないから、ほんとにすまないと思ってるんだよ。君は私と君のことで会社の女の子たちがどんなうわさをしてるか知ってるかね? 私が君に親切にするのは、君を私の奥さんにしようと思ってる。みんな、そう言うんだね」
美智「でも、社長。私、そんなことは…」
松本「うん、私もそうだ。そんなうわさが疎ましくもあり、むしろ腹立たしいと思ったくらいなんだ。しかし、私はだんだんそんなうわさが全く根拠のないデタラメだって自分で言いきれなくなってしまったんだよ。分かるかね? 私の言う意味。私はほんとに君に結婚してほしい、そう思うようになってしまった」
うつむく美智をじっと見つめる松本社長。
料理屋
松本「まあ…うわさ話に自分の心が惑わされたんだね。そういう意味では今度のことは、いいきっかけだったかもしれない。しかしね、たとえ迷い心にもせよ、親子ほども年が違う君に結婚してほしいなんて考えたこと自体、私はね、顔を合わせることができないくらい恥ずかしいんだよ。私はね、妻も子もない孤独な身の上だし、君も同じように孤独な身の上だから孤独な者同士、いたわり合って生きてかなきゃならない。しかしね、そんなことは結局、こじつけた理屈だったんだね。しかしね…これだけは信じてほしいんだ。最初から君のことが他人事に思えなかったのは、やっぱり…死んだ娘のことを思い出したからなんだ。生きていれば君と同い年だと思ってね。君がうちの会社の前で倒れたとき、私は君を抱いて宿直室まで運んだんだ。そのときの君は、まるで枯れ木の枝のように軽かった。それだけに私は君のことがふびんでふびんでしょうがなかったんだよ」
潤んだ目で松本社長を見つめる美智。
<なぜか美智は松本の告白を素直な気持ちで聞けたのが自分でも不思議だった。むしろ、一層の感動を覚えずにはいられなかった。その告白のために松本がどれだけ大きな勇気を必要としたか美智には手に取るように分かったからである>
松本「塩崎君、分かってもらえるね? たとえ、君が新しい職場に移っていっても、私のことを本当の父親だ、そう思って頼ってくれていいんだよ。困ったときはいつでも。いいね? しかしね、塩崎君は、まだ若い。君の将来は、まだまだこれからなんだ。世間は広いからね。その広い世間の中には小野木のような人じゃなく、君にふさわしい立派な青年がいっぱいいると思うよ。いいかね、塩崎君。君の本当の人生は、これからだということを忘れんようにね」
涙をポロポロ流す美智。
東亞印刷
またボーっとしてる松本社長は原稿を持って部屋から出ていった。
光田「ねえ、近頃、社長、なんだかとっても寂しそうに見えない?」
山村「塩崎さんがいないからじゃない?」
光田「そうね」
道端にタバコの吸い殻をいくつも落とし、小野木が物陰から見ていた。
<京都から小野木が再び上京したのは月が替わって間もなくのことである>
通りかかった光田に声をかける小野木。「あの…」
光田「あっ…」
小野木「あの…東亞印刷の方でしょ?」
うなずく光田。
小野木「あの…ちょっとお尋ねしたいんですが塩崎美智っちゅうのは、まだ会社におりますやろか?」
光田「あの…塩崎さん、もうお辞めになりました」
小野木「辞めた? いつお辞めになったんですか?」
光田「先月です」
小野木「先月。なんでお辞めにならはったんどすか?」←なぜ真顔で聞けるんだ。
光田「私、よく分かりませんけど」
小野木「社長さんと結婚される。そのためにお辞めになったんと違いますやろか?」
光田「いえ。私、何も知りませんから。じゃ、ごめんください」
小野木「あいつ、美智と結婚するて、ぬかしよって…うそっぱちやったんか」笑顔が浮かぶが、会社のほうをにらみつける。
<松本が美智のために世話をした次の職場は横浜のはずれにある小さな規模の工芸印刷所であった。東京から離れていれば、小野木の目も届かないだろうという松本の気遣いからである。新しい下宿もちょうど東京と横浜の中間に移していた。そして、松本の言うように、そこから美智の新しい第二の人生が始まるはずであった>
駅から歩いて帰ってきた美智。
井波「塩崎さん」
驚く美智。
井波「驚きましたね。塩崎さんがここに住んでるなんて知りませんでした。僕も先月から、この先のアパートに越してきたんですよ。どうぞよろしく。東亞印刷、お辞めになったんですってね」
美智「ええ。じゃ」伏し目がちに立ち去る。
<美智は、ろうばいした。思いもかけず、この土地で井波に会おうとは…そのことによって自分の消息が、あるいは小野木に知れはしまいかという恐れが先立つ美智であった>
道端に立ち尽くす美智。(つづく)
それにしても中西さん(違)、「たんとんとん」の7年後くらいなのに髪色が違うくらいで変わらなさにびっくりだな。
いろんなことが起こった。松本社長が美智と結婚する、会社も辞めさせるというのにびっくりだったけど、漢の中の漢だった。結婚したいと考えたこと自体、恥ずかしいと思い、それを正直に美智に言うのが立派。美智は、もう少し押せば夫婦というのは一緒になったら愛情が湧くものだと結婚しそうな危うさはあるけど。
もう小野木はいいよ…でもこのままフェードアウトとも思えない。