TBS 1978年2月1日
あらすじ
美智(松原智恵子)は小野木(伊藤孝雄)から逃れて転職した横浜で、井波(中野誠也)と親しくなった。思想問題で大学中退の彼は出版社員で、松本(織本順吉)の印刷所で顔見知りだった。美智は物静かで誠実な彼にひかれた。前科者の父と小野木のことがあるためあきらめねばと思う。が、井波はすべてを承知で美智に求婚した。二人は松本の仲人でささやかな祝言をあげた。
2024.9.16 BS松竹東急録画。
原作:田宮虎彦(角川文庫)
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塩崎美智:松原智恵子…字幕黄色
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松本:織本順吉
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吉岡俊子:姫ゆり子
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光田:桧よしえ
吉岡純子:神林由香
管理人:西沢武夫
ナレーター:渡辺富美子
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井波謙吾:中野誠也
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音楽:土田啓四郎
主題歌:島倉千代子
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脚本:中井多津夫
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監督:今井雄五郎
美智の部屋
俊子「どう? きれいでしょ?」花瓶に花を飾っている。やっぱりこの時代は菊だよねえ~。「井波さんが持ってきてくださったのよ」
布団に横になっている美智は笑顔でうなずく。
金八先生の第5シリーズでも休職中の先生のもとに生徒から菊の花が送られてショックを受けるシーンがあって、私も完全に菊というと仏花のイメージだったのですが、「あしたからの恋」で、おしゃれな喫茶店に菊が大量に飾られていたり、50年くらい前までは仏花専用って感じじゃなかったみたい。
<美智が急性肺炎に倒れて、既に1週間余り。井波の献身的な看病もあり、ようやく病状は回復の兆しを見せ始めようとしていた>
松本社長が手土産をもって、吉岡家へ。「今日はどうかね? 加減は」
俊子「ええ、さっき、お医者さんが往診に来てくださって、あしたからお薬だけでいいそうです」
松本「ああ、じゃ、いいんだね?」
俊子「ええ、どうぞ。熱もおとといから平熱なんですよ」
松本「あっ、そう。いや、そりゃよかった。じゃ、今日、帰りにね、お医者さんにもう一度挨拶しておこう。いや、それにしても奥さんも大変だったね。いろいろ迷惑をかけちゃって」
俊子「とんでもございません。私たちだっていつ病気になって塩崎さんのお世話になるか分かんないんですもの」
松本「ハハハハッ」
松本社長が美智の部屋へ。「お邪魔するよ」
布団から体を起こす美智。「はい」
松本「どうかね? ああ、横になってたほうがいいよ」
美智「いえ、もう大丈夫ですから」
松本「ダメだよ。油断は禁物なんだから」
美智「さっき、お医者様があしたから体力をつけるために少しずつ散歩でもしたほうがいい、とおっしゃいましたから」
松本「あっ、そうかい。そりゃよかったね。これで私も一安心だ。はい、リンゴを持ってきたよ、今日は」
美智「すいません。社長には、すっかりご心配かけてしまいまして」
松本「いやいや、今ね、東横工藝に寄ってきたとこなんだよ」
美智「あっ…大垣さんのほうにも私がお休みして、ご迷惑をかけてしまいまして、どんなに困ってらっしゃるだろうかって気になって…」
松本「君のことをね、よ~く頼んできた。病気が治って出勤できるようになってもね、しばらくは残業させないでくれって」
美智「でも、人手がなくて困ってらっしゃいますから」
松本「いや、そういう心配はね、丈夫で健康な人がすることなんだ。君は病人なんだから」
美智「はい」
松本「今月いっぱいはね、休ませてもらうように頼んできたからね。ゆっくり休養を取るんだね。あっ、そうそう、これね、大垣さんから預かってきた。お見舞いだ」
美智「そんな…会社を休んでるだけで申し訳ないと思ってますのに」
松本「いや、せっかくのご厚意なんだから」
美智「じゃ、頂きます」
俊子がお茶を運んできた。
松本「ああ、こりゃどうも。井波さんは今でもお見舞いに来てくださってるのかね?」
俊子「ええ、そのお花も」
松本「ああ…」
俊子「でも、玄関先で塩崎さんのお加減だけ聞いたらすぐお帰りになるんですよ。2階に上がって見舞ってあげてくださいって、そう言うんですけど…」美智に上着をかける。「塩崎さんの元気な様子が分かればいいんですって」
松本「そうかね。じゃ、一度、私から折を見て井波さんにお礼を言っておこう。ほんとに君の命の恩人みたいなもんだからね」
俊子「ほんと。あの日、私一人だったら塩崎さん、今頃、どうなってたか分からなかったんですもんね」
うなずく美智。
すっかりあたりが暗くなった東亞印刷に戻った松本社長。
光田「社長」
松本「君、まだ残っててくれたのか」
光田「ええ。あの人、また来たんです」
松本「あの人って小野木か?」
光田「ええ、これを社長に渡してくれって」封筒を手渡す。
松本社長が封筒を開けると中身は札束!
小野木の手紙←伊藤孝雄さんは声の出演だけでキャストクレジットなし。
「一金 伍百圓也
御返却申し上げます。
貴殿より手切金なるものを頂戴
致す何の筋合いも御座居ません。
これにて貴殿と美智との係わりは
一切消滅致したものと御理解頂きたし。
小野木
松本殿」
<松本が言いようのない不安に駆られるのも無理はなかった。この手紙は小野木が美智の所在を突き止めたことを意味しているのではないだろうか。そんなふうに思われてならなかったからである>
井波が夜道を歩き、吉岡家へ。「こんばんは」
純子「井波さん、こんばんは」
井波「やあ、こんばんは」
純子「おねえさん、ずっとよくなったわよ」
井波「そうそりゃよかった」
俊子「あっ、いらっしゃい」
井波「あっ、お邪魔します。昨日は夜間中学の授業があったもんですから。あの…塩崎さん、いかがですか?」
俊子「ええ、あしたごろから少しずつ動いてもいいそうです。お医者様が」
井波「ああ、そりゃよかった。あの…これを渡してください。こんなとき本を読むのも少しは気晴らしになると思いますから」
俊子「井波さん。今日はとっても加減がいいんですから、2階に上がって見舞ってあげてくださいな。塩崎さん、きっと喜びますよ」
井波「いえ、お元気だって伺えば、それで、もう…じゃ、もう、あしたっから来なくても大丈夫ですね」
俊子「そんなことおっしゃらずに上がってお茶でも飲んでってくださいな。ねっ、どうぞどうぞ。どうぞ」
井波「ええ」
純子が美智の部屋へ。
美智「井波さんが?」
純子「うん」
美智「あっ…純子ちゃん。よろしかったら、お上がりくださいって、井波さんにそう言ってちょうだい」
純子「はい」
台所にいた俊子に話しかける純子。「井波さん、帰っちゃったの?」
俊子「そうなのよ。上がっていけばいいのにねえ」俊子は本を持って2階へ。階段を上がる音にドキドキしている美智。
美智の部屋
俊子「井波さんったら、また上がらずに帰っちゃったのよ。はい。これ、あげてくださいって」本を2冊手渡す。
美智「すいません」
俊子「塩崎さんの加減がよくなったって言ったら、じゃあ、あしたからもう来なくていいですねって、そうおっしゃったわ。でも、そうおっしゃったとき、なんだかとっても寂しそうな顔してたわよ」立ち上がってカーテンを閉める。「私、時々、思うんだけど、井波さん、塩崎さんのこと好きなんじゃないかなって」
美智「そんな…」
俊子「じゃなかったから、いくら親切な人だからって、毎日のように塩崎さんの病気のこと聞きに来たりしないと思うの」
美智「それは私が病気になったのは井波さんの仕事で無理をしたせいだって、そう思ってらっしゃるから」
俊子「違うな…私の女の勘だけど、井波さんは塩崎さんのことが好きなのよ。だってね、2階に上がってくださいって言っても、ちっとも上がってくれないでしょ? あれはやっぱり塩崎さんのことをほんとに好きなのよ。内気で純情なのね、井波さんって」
美智「奥さん、そんなふうにおっしゃったら井波さんにご迷惑です。井波さんは学問のある大変立派な方ですから、私のような者に…」
俊子「そうかなあ。私はお似合いだと思うけど」部屋を出ていった。
美智は井波が持ってきた本をパラパラ。1冊は小説っぽく、もう1冊は岩波書店の和辻哲郎著「古寺巡禮」でした。
こういう写真入りではないですが。
散歩している美智。
<美智の体は日ごとに回復していったが、井波は、あの翌日からぷっつりと姿を見せなくなっていた。そして、美智がその井波を訪ねようと思い立ったのは日曜日、近くの河原に散歩に出たときのことだった。しかし、戸惑いもあった。自分は警察の保護観察下にある思想犯である。自分となんらかの関わりを持つだけで、どんな迷惑が及ぶかもしれない。そのためにこれからは立ち話もやめよう。井波からは、そう言われているのである。しかし、井波は自分の命の恩人といも言うべき人である。それを思ったとき、やはりこのままでは美智の気持ちが済まなかった>
河原を歩く美智の向こうの工場地帯っぽい風景は戦前のものではなさそうだけど、昭和の空気を感じるからロケはいい。同じく再放送で見ている「ありがとう」は不忍池とか地名はセリフとして出てくるけど、オールセットなんだもん。
井波の住む第二やよい荘へ来た美智。「あの…井波さん、おいでになりますでしょうか?」
管理人「ああ、今日は日曜日だから多分いると思うがね。下の5号室だから行ってみてください」
美智「すいません」
井波の部屋をノックする美智。
井波「はい。はい、どうぞ。どなた?」戸を開け、美智の顔を見て驚く。「もう大丈夫なんですか?」
美智「はい、おかげさまで」
井波「散らかってますが、さあ、どうぞ」
美智「いえ、私はここで。この前のお礼を申し上げたくて」
井波「せっかく来ていただいたんですから。さあ、どうぞ、お入りになってください」
美智「はい」
井波「さあ。今、コーヒーでも入れます。代用品ですけど」
美智「どうぞ。お構いくださいませんように」
井波「さあ、どうぞ。お座りになって」
座って部屋を見渡す美智。
井波「あんまり散らかってるんでびっくりしたでしょ? 独り者(もん)の部屋なんて、こんなもんですよ」
美智「でも、たくさんのご本ですわ」
井波「ほとんど、物理学の本ばっかりなんですけど、例の事件で退学処分になって。本当は学者になりたかったんですけど。みんな役に立たなくなってしまったようなもんです」
美智「井波さん、お礼を申し上げるのが後先になってしまいましたけど、この度は大変お世話になりまして、あの日、井波さんにどんなにお世話になったか自分では分からなかったんですけど、あとで下宿の奥さんにお聞きして…本当にありがとうございました」手をついて頭を下げる。
井波「塩崎さん、よしてください。そんな改まったりして」
美智「一度、お礼を申し上げなきゃ気が済まなかったんです。井波さんのおかげで命が助かったようなものですから」
井波「そんな大げさな…」
美智「いいえ。この前、お医者様がおっしゃってましたわ。あの晩、井波さんが駆けつけてくださらなかったら手遅れになってたかもしれないって」
井波「そんなふうに言われると困っちゃうな。別に特別なことをしたわけじゃありません。みんなお互いさまですよ」
美智「でも、井波さんのご厚意がとってもうれしかったものですから」
井波「塩崎さん。それより、お体のほうは?」
美智「はい、自分ではもう大丈夫だって気がするんですけど、今月いっぱいは休ませていただこうと思ってます」
井波「ああ、そのほうがいい。友達の医者に聞いてみたら、肺炎っていうのは治るまでに、ひと月かふた月かかることもあるって言ってましたよ。塩崎さん、どっか空気のいい所行って少し静養したらどうです?」
美智「私、とても、そんな身分じゃありませんから」
井波「ああ、よかったら僕のうちに来ませんか? 宮城県なんですけど。町といっても名もない小さな町なんですけど、庭を出るとすぐ海辺になってましてね。冬は暖かいし、夏は涼しいし、それに景色もいいし、とってもいいとこなんです。よかったらすぐ手紙を書きますよ。親父もおふくろも喜んで歓迎してくれると思うんです。それに妹もいますし、塩崎さんのいい話し相手になると思うんです」
美智「井波さんは時には、お父様やお母様の所に?」
井波「いえ、それがこの2年間、全然帰ってません」
美智「そんな…井波さんって親不孝なんですね」
井波「ほんとは一度、帰りたいんですが、おととしの事件で警察に検挙されてから、僕は保護観察の身柄なんです。口やかましい田舎じゃ親父やおふくろを苦しませるようなもんですから。親の顔見るのがちょっとつらいんですよ。一人息子の僕に全ての夢を託して、東京の大学に出したはいいが、思想犯で検挙はされる、大学は退学処分になる。将来の見込みは絶望的だし。ハハハッ。親としてはたまらんでしょう。でも、時々、おふくろから手紙が来るんです。いつかきっといい時も来る。だから自暴自棄にならないようにって」
美智「…」
井波「塩崎さん、よろしかったら本当に遊びに行ってください。部屋も離れが空いてるし、何日、泊まってくれてもいいんです。親父やおふくろが喜びますよ、きっと」
美智「あ…あの…私、そろそろ失礼しますから」
井波「そうですか。じゃ、その辺までお送りしますよ」
道を歩いている美智と井波。どちらも下駄ばき。
井波「しかし、塩崎さんも変わってますね。僕が思想犯で警察の監視下にある人間だって聞くと、みんな遠ざかっていきますが…」
美智「そんな…私、井波さんが怖い人だなんて思ってません」
井波「そんなこと言ってて、また特高の刑事に尋問されても知りませんよ」
美智「私、全然平気です、そんなこと」
井波「あっ…フッ。塩崎さんも不思議な人だな。押せば潰れてしまうぐらい、かよわい人かと思ったら、案外、神経が太かったりして。ハハハハ…」
美智「…」
井波「すいません、変なこと言ったりして。気に障ったら許してください」
美智「いいえ。じゃあ、私、これで」
自分の部屋に戻った美智。
<美智にとって井波の優しさは涙が出るほどうれしかった。しかし、その井波の厚意も受けられぬ美智は底知れぬ寂しさを覚えてならなかった>
店員「いらっしゃい~!」
また、太鼓の鳴るお店だ。
店員「お連れさん、ご案内!」と来店した井波に木札?を渡している。
白髪のおじさんが着てる法被は米久本…と書かれている。
浅草の米久(よねきゅう)本店という老舗牛鍋屋。階段の所とかそのままだから、店員さんも役者さんではなく本当の店員さんかも!?
松本「どうも、お忙しいところ、わざわざ」
井波「いえいえ」
松本「まあ、一杯どうぞ」お酒を注いで乾杯。
松本「いや、実はですね、塩崎君がお世話になったお礼を申し上げるついでに井波さんにちょっとお願いがありましてね」
井波「なんでしょう?」
松本「ええ。まあ、なんと言ったらいいか…井波さんだからお話しするんですが、塩崎君、悪い男につけ狙われておりましてね」
井波「悪い男?」
松本「ええ。今の東横工藝に移したのも、その男から姿を隠すためだったんですが、まさか井波さんがあそこに出入りされてるとは思ってもいなかったんでね。まあ、そういうわけでうちのほうにいらしたときに塩崎君が東横工藝にいるってことは内密にしていただきたいんです」
井波「もちろん、そりゃ」
松本「うちの社員にも塩崎君がどこに行ったか教えてないんですよ」
井波「そうですか。しかし、塩崎さんのような人がどうしてそんな…信じられませんね」
松本「あの子にもいろいろと不幸な事情がありましてね。塩崎君の父親には前(ぜん)…」と話しかけたものの、店員が来たので黙る。
井波「松本さん、人それぞれ事情がありますからね。しかし、たとえそれがどんな事情であろうと僕にとって塩崎さんは塩崎さん。それでいいと思います」
部屋に戻った井波は明かりをつけ、上着をかけ考え込む。
美智の部屋
繕い物をしていた美智に純子が話しかけてきた。「おねえさん、井波さんがこれを渡してほしいって」小さなメモを渡す。
美智「井波さんが?」
純子「うん」
美智「ありがとう」
美智と井波が待ち合わせた場所は六郷水門に似てる気がする。
井波「突然、お呼び立てして…」
美智「井波さん、どうかされたんですか?」
井波「実は、ちょっと塩崎さんにお話ししたいことがありまして。ほんとはもっと時間と場所を選んでからお話しすべきだったのかもしれませんが、僕はせっかちなもんですから。塩崎さん、僕と結婚してくれませんか?」
美智「結婚?」
井波「そうです」
戸惑う美智。(つづく)
さっきのシーンだと言いかけてやめてたけど、松本社長からすべてを知ったうえでのプロポーズかな? 宮城の実家、どこだろう~? 何度も話に出てくるので、これから戦争が激しくなって疎開先にするとかあったりするのかな?