NHK 1987年7月10日(金)
あらすじ
蝶子(古村比呂)は要(世良公則)に声楽家としての才能はないと言われ、そのことばを信じて音楽の道を諦めた。だが今、そのことばがうそだったと知り蝶子は傷つく。結婚詐欺だと要を非難し、今度は野々村家に蝶子が居候する。要が結婚するためにうそをついたことをどうしても許せない蝶子だったが、富子(佐藤オリエ)は男というのはそういうものだとつれない。蝶子の心はますます迷走し、いつしか街をさまよっていた。
2025.6.27 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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岩崎蝶子:古村比呂…字幕黄色
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岩崎要:世良公則
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野々村富子:佐藤オリエ
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中山音吉:片岡鶴太郎
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田所邦子:宮崎萬純
河本:梅津栄
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中山はる:曽川留三子
北山道郎:石田登星
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鳳プロ
劇団いろは
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神谷容(いるる):役所広司
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野々村泰輔:前田吟
岩崎家台所
生のカボチャを半分に切る蝶子。「う~ん! よし…」
<チョッちゃんは大不機嫌なんです。どうしてかっていうと…>
カメラ目線でにらみつける蝶子を避けるようにカメラが動く。
<あの、つまり…声楽家になるべく音楽学校に行っていたチョッちゃんに結婚を申し込んだ要さんがチョッちゃんに、その道を諦めさせ、自分と結婚するようにチョッちゃんには声楽家になれる見込みはないとウソをついていたことが今日の午後、白日の下にさらされたのです>
要「何か手伝おうかな?」
食器を乱暴に置く蝶子。
要「あ、風呂どうだ? 風呂沸かそうか?」
食器を乱暴に置く蝶子。
要「お蝶?」
蝶子「結婚詐欺!」
要「じゃあ、何か?」
蝶子「なあに?」
要「あれか? 後悔してるのか。結婚を後悔してるのか?」
蝶子「後悔とか何とかじゃなく!」
要「じゃあ、何なんだよ!」
蝶子「悔しいじゃない! 悔しくてしかたないじゃない!」
要「そういうのをな、後悔っていうんじゃないのかな!」
蝶子「私…声楽家目指してたのよね」
要「うん、そうだったね」
蝶子「あなたは『見込みなんかない』って言った。天才バイオリニストといわれたあなたがそう言ったのよ! だから諦めた。諦められたのよ! それがウソだと分かるとね、悔しいじゃない! だって、自分の意志で決めたことにはならないんだもの! 自分の意志で決めたなら諦めはつくの! だけど、そうじゃないとなると!」
要「結婚したくなかったのか?」
蝶子「そんなことでなく」
要「しなきゃよかったと?」
蝶子「比べてるんじゃないの!」
要「じゃ、何で怒ってんだよ!」
蝶子「分かんない?」
要「分からないね!」
はる「どうしたの?」
音吉「何だよ! どなり声、うちまで聞こえてきたもんだから」
蝶子「この人ね、結婚詐欺師なのよ!」
要「蝶子!」
蝶子「私の人生をウソで変えたのよ!」
要「じゃ、どうすりゃいいんだよ!」
音吉「まあ、まあ…」
要「ああ、そこまで言うんだったら出ていきなさい!」
蝶子「分かったわよ!」お玉を投げつける。
はる「奥さん!」
要「ほっときなさい!」
音吉「おっ、あぶねえよ、これ!」なべの蓋を開ける。「ほらほら、アチッ、アチチ!」
ちょっと違うけど、おでん芸を思い出す昭和民…。
野々村家
蝶子「声楽家に懸ける私の夢は要さんのひと言で消えたんだよ! あの父さんの反対にも負けず、東京で声楽を学び、ゆくゆくは声楽家になろうとしたのは高女の川村先生、神谷先生、叔父さんや叔母さんや、その他多くの人の後押しがあったからなのよ! それが岩崎要のひと言で多くの人を裏切ることになったのよ!」
立ち上がって熱弁する蝶子の脇でひたすらご飯を食べている道郎。
加津子を抱っこしている富子。「男なんてそんなもんなんだよ。結婚前は何とでも言うの。おいしいこと並べるの」
蝶子「要さんはウソついた!」
富子「つくの。『俺にはお前しかいない』なんて言っときながら、一緒になったら平気で神楽坂だもん」
泰輔「何だよ、俺のこと言ってんのか?」
富子「違いましたか?」
蝶子「私の気持ちなんて誰も分かんないのね!」長火鉢の前に座る。
泰輔「え?」
道郎「後悔してんのか?」
蝶子「どうして後悔としか思えないの?」
道郎「じゃ、何で怒るんだよ」
蝶子「分かんないわよ!」
富子「どなんないでよ」
泰輔「未練ってやつかね?」
蝶子が泰輔の前に行き、手を伸ばす。「円タク代、貸してください!」
富子「帰るの?」
蝶子「分かんない!」
泰輔「うん」
蝶子が路地の前で若い女性にぶつかられそうになり、よろけた先がカフェ泉の前。店には若い男女がいて、マスターも一緒になって盛り上がっていた。
一同「万歳! 万歳! 万歳! 万歳!」
輪の中心で照れ笑いを浮かべる若い女性の姿が蝶子の姿に変わる。…といっても、誰もいない店内で一人笑い転げるというちょっとシュールな図。
加津子の泣き声に気付いた蝶子は我に返り、店から少しずつ後ずさり、去った。
邦子のアパート
蝶子「もし、あの時、音楽を続けてたらと思うのよ。そしたら、違った人生が…」
邦子「結婚、後悔してるの?」
蝶子「なんも…そんなことでなく…」
邦子「いつだったかチョッちゃんしゃべったっしょ? 結婚して何だか損したみたいなこと。損だと思うかい? ホントにそう思うかい? 『隣の芝生は青い』って言うっしょ。よそと自分、比べたらキリないんでないかい?」
蝶子「邦ちゃん。私、後悔してるんだろか?」
邦子「チョッちゃん」
蝶子「ただの未練かい? 自分でもよく分からないんだ。邦ちゃんとこ来る前に銀座の泉に行ったんだ。入ろうと思ったけど、入らなかったんだ。したって…あの店の中には私の青春が詰まってるもね。そう思ったら…入れなかったんだ。なしてなんさ? 邦ちゃん。なして?」頬に涙が流れる。
<この涙の訳をどう説明していいか私には分かりません>
岩崎家
蝶子が子守歌をハミングしている。
要「帰ってたのか」
蚊帳の中で加津子を寝かしつけていた蝶子は黙ってうなずく。
要「どこへ行ってた?」
蝶子「その辺、歩いてました」
要「…うん」
蝶子「要さんは?」
要「俺もその辺だ」
布団で寝ている加津子を愛おしそうになでる蝶子。
カフェ泉
神谷「そうですか。まだ直りませんか」
要「口もきいてくれませんよ」
神谷「いやいやいや…」
要「ホント…参ってます」
神谷「蝶子君、高女の時から頑固さにかけては定評ありましたからね」
要「はあ。で、その、どうしたもんかと…」
神谷「う~ん」
要「高女の時、こういう時に、その、神谷さんは蝶子にどのように対処してこられたか、それを伺いたくて」
神谷「今度のことはゆるくないわ」
要「そんな…」
神谷「いや、したって『自分の道は自分で決めろ』と教えたのは私だもね。『他人によって左右される道は本当の道ではない』そう教えました。蝶子君も田所君もまあ、そういう生き方をしてます。どうですか、うまいですよ」皿を差し出す。トースト?
要「いや、結構」
何で、蝶子は名前呼び?と思ったけど、単に結婚したからか。前は北山君だったか。
神谷「蝶子君、結婚は自分で決めました」
要「はい」
神谷「自分の意志で」
要「はい」
神谷「『声楽家になれる見込みはない』とそういう岩崎さんの言葉が決定づけたわけですねえ」
うなずく要。
神谷「ところが、それがウソだと分かった。それを知ったら蝶子君のあの時の決定は根底から崩れる。自分の意志ではなくなる」
要「蝶子もやはり同じことを…」
神谷「やっぱり?」
要「はあ」
神谷「よっぽど悔しかったんだわ」
どや顔してっけど、神谷先生だって、一緒になって笑ってただろうが!
夕方、岩崎家
♬~(バイオリン)
バイオリンの練習をしていた要だが、「ユーモレスク」を弾く。
バイオリンを持ったまま、蝶子の前へ行く要。「俺はね、君と結婚してよかったぞ! 結婚するなら君しかいないと俺は、あの時、決めたんだ! そりゃ…声楽を続けていたら、そりゃ、声楽家になれたかもしれんよ。声楽の才能がなんかないと俺は言った。ウソだよ。声楽家の才能なんか俺には分からんよ! 才能があれば、なれるというもんでもないけど、俺としては君に声楽家になってほしくなかったわけだ。声楽家になれば、いろんな仕事をするだろう。オペラや演奏会、ラジオに出たりさ、そういう仕事場にはね、必ず男がいるんだよ! いろんな男がいる。いい男がいるよ。そういう男たちを君は見るわけだ! 見るだけならいい。好きな男ができるかもしれんだろ。男だって、君に近づくよ。近づいてきたらさ、君だって、ときめくに違いないんだ。そういうのが嫌だから、君がそういう世界に入る前に妻にしようと思った。それを納得させるためには君をだますしかないじゃないか! だから、だました! 文句があるか!」
蝶子「ある」
要「黙れ! 僕はね、君をだましてよかったと思っている。君がこうして目の前にいる。一つ屋根の下で暮らしてる。僕のために食事を作り、子供を産んだのは、それは僕がね、君をだましたからだ。どうだ!」
蝶子「結婚詐欺…」
要「詐欺にはね、だまされる方も悪いの!」
蝶子「ま、そうだね」
要「…うん。練習を続ける」
蝶子「はい」
…まあ、こうして気持ちを納めるしかないかぁ。
⚟♬~(バイオリン「ユーモレスク」)
蝶子は加津子を抱きあげ、バイオリンに合わせてハミングする。(つづく)
最後の赤ちゃん、人形? 髪の毛も少なかった。
だけど、ドラマ放映時だと蝶子はワガママな女で要は妻を愛している優しい夫ってことになるのかなぁぁぁぁ!?…多分、令和でさえ、蝶子は何でも持ってるのに、みたいなこという人いそうだもん。
蝶子が話をするとみんな一様に「後悔してるのか?」と聞く。そうじゃないってことを分かってくれる人がいないところが苦しいね。
ただ、最後の要の告白で蝶子への想いが伝わったから、蝶子が許したというような感想を見て、納得した。やっぱり、人の感想が読めるっていいんだよなあ。ま、肯定的な感想があふれてるとき、限定だけどね。あの作品やあの作品でボロクソにけなしてた人が…今じゃ何があっても肯定的で、と思うと、悔しくもある。

