NHK 1985年6月29日
あらすじ
清之輔(川谷拓三)は各地から集まっている明治新政府の高官の使うなまりことばをとり入れて全国統一話しことばを決めれば、高官も喜ぶし、その後押しで、早く普及させることが出来ることに気づいた。政府高官の多い薩摩ことばの割合が高くなるという話に、岳父・重左衛門(浜村純)の機嫌はすこぶる良くなった。この案を上司に報告しようと、いさんで出勤した清之輔は、言い出す前に、10日間の休職を言いつけられてしまう。
2025.5.23 BSプレミアム4K録画
ドラマ人間模様アンコール
作:井上ひさし
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音楽:宇野誠一郎
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演奏:アンサンブルファンタジア
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タイトル画:山藤章二
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時代考証:小野一成
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南郷清之輔:川谷拓三…字幕水色
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大竹ふみ:石田えり…字幕黄色
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南郷重左衛門:浜村純
広澤修一郎:大橋吾郎
江本太吉:松熊信義
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高橋たね:賀原夏子
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築館弥平:名古屋章
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裏辻芝亭公民:すまけい
御田ちよ:島田歌穂
南郷重太郎:岡田二三
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若林虎三郎:佐藤慶
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南郷光:ちあきなおみ
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秋山加津:山岡久乃
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制作:岡田勝
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演出:菅野高至
斧を担いで井戸の周りをウロウロしている太吉。
ふみ・山形弁で<おどちゃと、かがちゃ。会津(ええづ)の虎三郎(とらじゃぶろう)さあがお役所さ出がげの旦那さあさ向がって言った、ひと言でお屋敷(やすぎ)の中はペロッと戦場みでになちまったず(=まるで戦場みたいになってしまった…)>
加津、重左衛門は頭に鉢巻、手には刀を携えている。
光(みつ)・鹿児島弁で「『カチカチ山』ん話をしもんそな。昔々な、じいどんがな、畑、行っちゃったそうじゃ(=畑に出ていたそうです)。畑行って、畑(はた)打てば、そん先、タノンどんが出っ来っせ(=タヌキが出て来て)、御上(おんじょ)が畑打ちゃ、ひだい、とっちゃぎっちい、右とっちゃぎっちいっち、まこて、けすったこつすやってな…(=わるさをする奴だ)」
重太郎・鹿児島弁で「『カチカチ山』は、おもしとかなか。お話は、もう飽いたが。外へ行きたか」
光「(鹿児島弁で)とんでもないこと、外は駄目です」
重左衛門・鹿児島弁で「外はダメ!」
今回も字幕が出ない訛りもあるんだね。
重左衛門と加津が刀を構える。フラ~っと帰ってきた虎三郎に、ふみたちは悲鳴を上げた。
虎三郎・会津弁で「お茶の葉っぱ、もらえねえかよ? ついでにたばこの葉っぱとお茶うけもくなんしょ。お茶の葉っぱとたばこの葉っぱくなんしょ」急須を掲げる。
加津・東京弁で「御用は本当にそれだけなのでございましょうね? 重太郎坊ちゃまに危害を加えに見えたのではございませぬな?」
虎三郎「ならほど。オレが重太郎坊ちゃど刺し違えるんでねえがと思って警戒してんだな」
加津「虎三郎殿! 虎三郎殿は今朝、旦那様に『全国統一話し言葉に会津言葉を』と申されましたな。そして『そうしてくれないのなら重太郎坊ちゃまと刺し違えて死ぬ』とも申されました。私どもは命にかけて坊ちゃまをお守りする覚悟でございます。虎三郎殿、そのおつもりで、おかかりあそばしよ!」
虎三郎「すろうどは、これだから往生しるもや。会津(えああづ)言葉を清之輔さがどういうふうに扱ったかは当の本人が役所から帰ってこねえうちは分かんめえ。オレが坊ちゃど刺し違えるかどうかは清之輔さの報告、聞いでがらの事だべ」お茶箱からお茶っ葉を取り出す。
加津「油断は禁物。欺かれたりは、いたしませぬ」
虎三郎「んだけんじょも、まず、坊ちゃど刺し違える事は、あんめえ。んじゃから、あちごとしるな(=心配するな!)」
たね・東京弁で「ど…どうしてだよ? ちょいと、お前さん、お茶っ葉入れ過ぎだよ、それ」
虎三郎「清之輔さは善人だもの。我が子の命(えのじ)と引きけえに何かしるほどの度胸は、あんめえ。清之輔さは、オラの言う事、おもさま、聞いでけるはずじゃ」
虎三郎が動く度にビクビクする女性陣にあきれたような虎三郎。「オラ、死ぬ覚悟した、あね様、見っと切なくなる。そういう、あね様たち、会津の戦で飽ぎるほど見だがらな。そんな格好やめろ。見たぐねえ」
修一郎・名古屋弁で「もしもし! もし、旦那様が、けえあって見あたぜも。むか…ああ…」スッ転ぶ。「むきゃあに出てちょうであよ」
虎三郎が裏口を出ていく。
たね「はあ…」たねの持っている木刀に戻って来て急須を引っ掛ける虎三郎。
人力車が南郷家に到着した。
弥平・遠野弁で「旦那さあのお帰りだべだらや!」
鐘の音とヒグラシの鳴き声
肩を落として人力車を降りた清之介の前に公民(きんたみ)と刀を携えた虎三郎が立って待っていた。
公民・京都弁で「おくたぶれさん、どした」
清之輔・長州弁で「うちんとこの者は、どがしたのでありましょうな?」
公民「みんなで重太郎坊(ぼん)を守っておいでどす。この、おいさんがお子の命を取るなんて、おとろしいこと言わはるさかい、坊は今日一日、座敷に閉じこもっておいでやった」
清之輔「役所でワシは田中不二麿閣下に『全国統一話し言葉は会津言葉をどでえに制定したい』と申し上げた。すらごとじゃ、ありゃあせん(=嘘ではない)」
ひざまずく虎三郎。「あんまれ、ありがとうごぜえやす! 会津(えああづ)の衆が聞いだら、なんぼ、うれしがる事だが…ありがとうごぜえやす。『くに破げて言葉あり』。ありがとう。斗南(となみ)の地で苦労してる衆が聞いたらば、なんぼか喜ぶ事だべか」
清之輔「『全国統一話し言葉に会津言葉』ちゅうワシの意見具申に田中不二麿閣下は何と仰せられたか。それは酒でも飲みながら申し上げるでのうた」
家の中へ入っていく清之輔と泣いている虎三郎。
たね、ちよ、ふみ、弥平、太吉はおにぎりを食べている。
重左衛門、光、重太郎、加津も小さな部屋でご膳を囲む。加津はおにぎりか。
清之輔、修一郎、公民、虎三郎がいつもの茶の間へ集まる。
虎三郎「そんじぇ、田中何とか麿閣下は何つったのか早(は)えとこ教えてくなんしょ」
清之輔「え~っと、こ~っと…最初のひと言は…『とろくさい事こくな!』と、こうじゃった」
虎三郎「『とろくさい事こくな』?」
清之輔「田中不二麿閣下は名古屋のご出身なのでありますよ」
修一郎「あのよ、オレが東京下町言葉に通辞(つうじ)しますでよ、よう聞いててちょうでえあも。『とろい事こくな』は、これは、だだくさせえあ言い方でやわ(=粗雑な言い方だ)。文部省で一番偉いお人が、こんな言い方してもええきゃも?」
虎三郎「んだんだ言ってねえで早く通辞しろ。このバカヤロウ!」
修一郎「ああ、そうだなも。『このバカヤロウ。バカな事、言うんじゃねえ』。そういう意味だよ」
虎三郎「なぬ?」
清之輔「田中閣下は続いて、こげえ申されたのでのうた。『会津といやよ、官軍に刃向かった賊軍の頭目だでよ』」
修一郎「『会津(あえづ)と言えば官軍に刃向かった賊軍の親玉ではにゃあか』」
清之輔「『その賊軍の言葉を全国統一話し言葉にしちゃいかんがね』」
修一郎「『その賊軍の言葉を全国統一話し言葉にしちゃいけにゃあね』」
清之輔「『てあもなあ事だでよ』」
修一郎「『とんでもねえ事だわ』」
清之輔「『おみゃ、にすいわなん』」
修一郎「『鈍いんだわ、お前(みゃー)は』」
清之輔「『抜くだでよ』」
修一郎「『抜けてんだわ』」
清之輔「『今ごろ珍しい、うんてれがんやわ』」
修一郎「『今ごろでは珍しい愚か者だわ』」
清之輔「『手水場(ちょうずば)に、ぶちょ落ちてビタビタビタンコになるがええだがよ』」
修一郎「『便所にたたき落ちて、びしょぬれになるが、ええや』」
清之輔「『こきあげたるぞ』」
修一郎「『殴るぞ』」
清之輔「『この、おごさ』」
修一郎「『この大バカ者』」
虎三郎「大バカ者とは何だ? 大バカ者とは?」修一郎の胸ぐらをつかむ。
修一郎「オレはよ、ただ通辞してるだけだぞえも」
清之輔「『この、おごさ』と、どなられたのはワシじゃがのう…」
虎三郎「あ、んだたな。悪い事したな。謝る」修一郎から手を離す。
清之輔「おしまいに田中不二麿閣下は『ほったらきゃあて、ごみゃああそばせ』」
修一郎「『ほったらかしにして申し訳ありません』」
清之輔「…と申されながら、来客の方へ行ってしまわれたのでありましたよ。その時、田中不二麿閣下は来客に、こうも言うとられたがのう。『とろくせあ部下を持つと、いきゃいこと、だちゃかんがね』」
修一郎「(小声で)『とろくさい部下を…全くらちが明きません』」
虎三郎「聞けえねえ! もっとずけえ声でしゃべれ!」
修一郎「『バカな部下を持つと全くらちが明きません』!」
下を向く清之輔。我関せずと手酌酒の公民。ふみたちも落ち込む。
おにぎりを食べながら泣き出す太吉・津軽弁で「ずんぶ、すどい口きかれで、ほんとね、こまべす(=ずいぶんひどい口をきかれて本当にお困りでしょう)。田中閣下の、こごろあ、まるで鬼だえんた(=まるで鬼のようだ)」
加津「なにもお泣きになる事はございませぬよ、太吉さん。旦那様は気の持ちようの強いお方。それぐらいの事でくじけたり、なさいますものか。(光の方へ向き直り)きっと、よい工夫を思いつかれて上役の方々をギャフンと言わせなさいますよ」
太吉は泣き続ける。
虎三郎「どうも、ごちそうになりやした」清之輔の前から立ち去る。
まだ泣いている太吉。
重太郎「(鹿児島弁で)塵紙をあげる。鼻をかめ! バカたん!」
太吉「ありがど」
重太郎「太吉」
太吉「はい」
重太郎「真っ向唐竹割い!」
太吉「わあ~、やられだ! わあ~…やられだ、やられだ!」
空のお銚子が何本も転がり、清之輔は畳の上に寝っ転がっていた。
重左衛門「公民どん。国学教授どん」大きな徳利を持ってきた。
公民「おおきに、おおきに」
重左衛門「この清之輔に何か、よかかんげ授けっくいやらんか」
公民「よか考げ? え~、そうどすな、その~、何どすな…」
重左衛門「ごんもい、ごんもいせじ、早(はよ)言わんか(=ぐずぐずせずに早く云わないか)」
公民「思いますに、新政府の高官から反対を食うような土地の言葉を全国統一話し言葉の土台に据えては、あかんのどすな」
重左衛門「アンポンタンが。そげな事、分かっちょっと」
公民「ひっくり返して言うたら、新政府の高官が、えろう喜ばはるような土地の言葉を土台にする事。これが深~い大切や、おへんやろか。全国統一話し言葉、言いますのんは全国に、はやるさかいに全国統一話し言葉、言いますのやろ」
目を覚ました清之輔。
重左衛門「もうよか! (鹿児島弁で)この役立たず!」
公民「そやし、はやらせるには力がいります。政事(せいじ)の力がいりますがな。新政府のご威光をもって、はやらせるわけどす。そやさかい、新政府の高官が喜ばはりそうな土地の言葉を土台に据えるわけどすがな」
重左衛門「ばったいならん!(=どうしようもない!)」
公民「ほいかて…」
重左衛門「せからしか!(=うるさい!)」部屋を出ていった。
満月が顔を出す夜。
屋根の上に虎三郎がいた。
弥平「虎三郎さで、がんまっぺだらや!(=虎三郎サではありませんか)」
虎三郎「うんど世話になったな」
弥平「どこさ、えくのだ?」
虎三郎「清之輔さの上役ば、しこすばり、おっかながらしてくっぺど思ってよ。ほれ、名古屋言葉の田中何とか麿っつう、おんつあ野郎の事よ(=馬鹿野郎のことよ)。皆さ、よろすぐな。ぬしゃも達者でいろよ」
おんつあ=おじさんではないのか!?
弥平「すたども、旦那さの仕事(すごと)さ、えらざるごどしたら、わがんねべだら…」
虎三郎「あんばあ」
物音
虎三郎「いで…!」
笑ってしまう弥平。
蚊帳の中で眠る清之輔が体を起こした。「政事の力か…力の裏付けのない言葉は全国統一話し言葉には成りえないか。うん、いかにも…いかにも」忍び足で部屋を出て、廊下の向かい側の光と重太郎の寝ている部屋へ。重太郎を転がして、光の隣へ。
鶏の鳴き声
井戸の前
顔を洗った清之輔に手拭いを渡す修一郎。
清之輔「あ~、よう晴れ上がったもんじゃのう」
修一郎「梅雨が明けましたなも」
清之輔「こんにちさまが、もう、まばよう照っちょるのう」
修一郎「暑いね。どうなっとるのよ。だるいていかんわ」
清之輔「ああ…長雨でジト~ッとするよりは、はるかにええが…広澤、おんしゃは九段坂下に写真館があるのを知っちょるか?」
修一郎「ああ、知っとるどころではねえあぞえも。九段坂の下の鈴木写真館といえば東京名所の一つでやわ。毎日(みゃあにち)のようにピカピカの人力車が写真館の前に止まってるでのう。新政府高官の奥様やお嬢様が写真撮られに来るのだぞえも」
清之輔「朝のうちにその写真館に寄ってきちゃくれんかの? めでたい事があるのでのんた、うちんとこの者全員で写真に撮られようと思うちょる。ワシは昼までには帰るかい、午後一番には、ここへ来てもろとくれ。ええな?」
修一郎「あのよ、何がめでてえあのか教えてちょうであか?」
清之輔「全国統一話し言葉の腹案が、ついに出来(でけ)たのよ」
中庭
刀を構える重左衛門。見ている公民は、あくびをしている。
重左衛門「あくっは、よそでせ!(=アクビはよそでせい!) おはんのあくっが邪魔いなって稽古がでけんご!」
公民「えらい、すんまへんな。周りの事が気になるようでは、まだ修業が足らんな」
重左衛門「何じゃっち?」
公民「なかなか、こっちの事どす」重左衛門が刀を抜いたので逃げた。
清之輔「おはようござんす。公民先生」
公民「おはようさんどす」
清之輔「ワシは、あん様にお礼を申し上げねばならんのでありますよ」
公民「お礼?」
清之輔「ワシは以前、全国統一話し言葉を一軒の家に例えた事がありますがのう」
公民「お~、一軒の家にどすか」
清之輔「どでえは長州訛り。ほえたら柱は京言葉じゃ。天子様のふるさとのお国訛りを加えん事には加減ひょうしが悪(わり)いと思うて京言葉を柱に立てたわけでありますよ」
公民「それはそれは。睦(むっ)ちゃんも、さぞ喜ばはる事で、おまっしゃろ」
清之輔「睦ちゃん…誰のことでありますか?」
公民「天子様の事どすがな。ワテ、天子様の兒(こ)をしておりましたさかい、ついつい天子様のことを『睦ちゃん』など、なれなれしゅう呼んでしまいまんのや」
清之輔「『天子様の兒』と言うと?」
公民「へえ、御所の中での走り使い、儀式ん時のお供、それからお遊びのお相手。みんなワタイラ兒の勤めどした。天子様はワテのことを『公(きん)ちゃん』と呼ばはらしゃるし、ワテも天子様のことを『あんなあ、睦ちゃん』…もったいない事でおます。いや、話の腰を折ってしもうて、堪忍。ほな、続きをどうぞ」
清之輔「はあ、どうぞ入って下さいませ」
清之輔の部屋
公民「へえ。え~、全国統一話し言葉の土台が長州訛り。へてから柱が京言葉どしたな。ほたら、屋根は何言葉どすねや?」
清之輔「屋根は天子様が今、お住まいになっちょられる、この東京の山の手言葉、ご存じじゃろうがのうた、山の手言葉は、かって、全国のお武家の統一話し言葉でありましたかい、屋根を山の手言葉でふく事にしたのでありましたよ」
公民「結構な事やおまへんか」
清之輔「ところが、うちんとこの御上さに潰されちょったであります。『薩摩訛りを仲間外れにするとは、けしからん』と。御上さ、いっぺいごと、ごうたっぱら立てよりましたのうた(=非常に腹を立てた)」
公民「ほんに難しいお人どすな。あのチェストの御仁は」
清之輔「ところがゆうや、公民先生の言葉を聞いて、断然、悟るところがあっちょった」
公民「おお…」
清之輔「薩摩訛りも仲間に入れてやったらええ。新政府において薩摩出身の高官が大いに権力を振るっちょる。ならば、薩摩訛りを仲間に入れて、そのかわり、薩摩出身の高官の力を利用すればええ。そう悟ったのでありますよ」
公民「しゃあけどな、薩摩訛りは、えらい、しち面倒な言葉どっせ。そやさかい、薩摩訛りを全国統一話し言葉の目立つとこに使(つこ)うてはあかへん。そうどすな、薩摩訛りは、せいぜい…おちょうずどころの踏み板ぐらいにしか(=お手水所の踏み板ぐらいにしか…)、ならしまへんな…」
重左衛門「聞いちょったぞ!」
公民「え~、薩摩訛りは床の間の床柱にもなりまんな~」
重左衛門「そげん、かごんま言葉をばけんするな! かごんま言葉に優しかしちくれって、あいがだか」
清之輔「鹿児島言葉だけに優しゅうしとるわけではありませんがのう。土佐訛りにも、また、佐賀言葉にも優しゅうする決心をしちょるのでありますよ」
重左衛門「ないよ?」
清之輔「よう聞いてくれさんせ。いんまの、この日本は維新の大業があったればこそ出来上がったわけでのんた」
重左衛門「そいじゃが」
清之輔「じゃから、日本の話し言葉、すなわち全国統一話し言葉は維新の大業を忠実に写しておらにゃなりませんがのう。写真のように忠実に」
重左衛門「そいじゃが、そいじゃが」
清之輔「じゃけ、ワシは考えた。この割合を全国統一話し言葉に、そのまま当てはめちゃ、どんなもんじゃいのうと」
重左衛門「おもしとか!」
清之輔「維新の大業でどこがどれだけ働いたか、それを忠実に写し取った全国統一話し言葉が出来たら、新政府の高官閣下も、いかく喜び、いっしく後押ししてくださるに(=熱心に後押しして下さる)違えな」
重左衛門「清之輔は、びんたがよか!(=頭がいい!)」
清之輔「じゃから、鹿児島言葉も高知言葉も仲間に入れるわけでありますがのう」
重左衛門「みごて!」扇子を広げる。
公民「今から5年前、明治2年の維新論功行賞を覚えていらはりますか?」ふすまに筆で字を書き始める。
維新論功行賞
光の部屋
光「やどんしの顔色、あげん、晴れ晴れしっせ(=主人の顔色、あんなに明るい)。よかこ、よかこ」
加津「ほんに、ようございました。私が申し上げましたように旦那様は打たれ強いお方。上役に少々、嫌みを言われたからといって、そのまま、へこたれてしまうような弱い殿御とは違います」
光「がっつい、きづえ、こわんが…(=たいへん心強いですよ)」
加津「朝のご膳は、いかがいたしましょうか? 声をおかけしてもよろしいのですけれども、せっかくのご議論に水を差すようで、はばかられますし、さりとて、このままでは、お食事をなさらずに、お役所へお出かけになってしまいそうでございますよ」
光「うんだもしたん…(=どうしましょう)」
加津「握り飯の支度をいたしておきましょうか。いざとなれば俥の上ででも腹ごしらえがおできになりますもの」
光「じっかままが、よしゅごあんそ(=握り飯がいいでしょう)。のいの、じっかまま(=海苔の握り飯)。お添えもんにつけもんに、どっさい、どっさい添えせ…(=おかずに漬物、たくさん添えて…)」
加津「はい」
公民「おもだったところを書けば、こうなりますやろか」
維新論功行賞
薩摩 鹿兒島 十萬石
長州 山口 十萬石
土佐 髙知 四萬石
信濃松代 長野 三萬石
美濃大垣岐阜 三萬石
肥前大村 長崎 三萬石
日向佐土原 美々津 三萬石
京言葉 天子様の故郷
東京山の手言葉 天子様の住居
公民「『ご褒美は毛布一枚』というのまで書いてたら追っつかしまへんさかいにな。さて、この襖を眺めながら全国統一話し言葉は、どないあるべきか考えますに京言葉、東京山の手言葉、鹿児島言葉、へてから山口言葉。この4つの言葉が2割ずつ」
清之輔「締めて8割でありますな」
公民「残りの2割に高知言葉以下、長野、岐阜、鳥取、長崎、ほてからの日向(ひゅうが)の6つのお国訛りをぎゅ~と詰め込みますのや。ほいでに以上、10のお国訛りをあんばよう、かき混ぜると、へい、おまっとおさん! 全国統一話し言葉の、あんじょう出来上がりと、こないな事になるのやおまへんか」
重左衛門「そいで賊軍のお国訛りのあつけを、おはん、いけん考えちょっとじゃ?」
公民「賊軍のお国訛り、朝敵軍の言葉は一切、無視しますわ。賊軍のお国訛りの総代として東京山の手言葉を仲間に入れてあげとんのやし、ほかのは無視しても構わん思います」
重左衛門「そいじゃ、そいじゃ。おはんも、びんたがよかな(=あんたもカシコイ!)」←笑顔がかわいい!
公民「おおきに」
清之輔「じゃが、秋田訛りは、どがいたしましょうかのう?」
公民「秋田?」
清之輔「秋田は、のうた、奥州で、ただ一つの官軍でありましたよ。維新の奥州討伐ではホンマによう働いた。じゃが、明治2年の維新論功行賞では一枚の毛布すらもらっとらん。おいとしい事じゃ(=気の毒なことだ)。そこで、せめて全国統一話し言葉に秋田訛りを加えてさしあげて、維新の時の手柄に報いたいと思っちょるでありますがのう」
公民「秋田訛りは、あかしまへんな」
清之輔「う~ん…ワシも別にそげにこだわっちょりは、せんが」
公民「秋田訛りは、ほかの奥州訛りと、よう似たところがおます。そやさかい、秋田訛りを仲間に入れるいうのは会津若松やら仙台やらの賊軍のお国訛りを仲間に入れるのと同じ事になってしまいますのや」
重左衛門「そいじゃ、そいじゃ」
清之輔「いかにも。うん。秋田訛りは諦めた」
公民「時々『秋田音頭』でも歌(うと)うてあげたら、それでええのとちゃいますか。秋田のお人もそれで十分、浮かばれますがな」
重左衛門「そうじゃ、そうじゃ!」
♬秋田 ええとこ
美人がぎょうさん 奥州一番じゃ
♬あ~ そいじゃ そいじゃ
♬そやけど 訛りが えろう強うて
誰にも分からへん
光「朝御膳がデキマシタ」←秋田音頭のリズムに乗せてる~。
♬ハイ キタカサッサ ホイサッサ ホイナ
コラ 全国統一話し言葉は
京都に 山の手じゃ
加津「おや、まあまあ」←合の手になっている。
♬鹿児島 山口 高知 長野に鳥取
そのほかじゃ
ハイ キタカサッサ ホイサッサ ホイナ
公民と重左衛門が廊下を歌いながら歩く。
清之輔「陽気でええのう」
光「はあ…楽しゅうごあんどな」
清之輔「さあ、いんまがたの議論で全国統一話し言葉の筋道は完ぺきに出来上がった。役所では一番に田中不二麿閣下にお目にかかって、ご説明申し上げることにしよう。閣下は、でひ、褒めて下さるはずじゃ。あっ、もう時間がないでのう。御膳は食わずに着替えて、はあ、行くけえの」
光「のいの、じっかままが、ごあんで、くいま上で上がったもんせ(=人力車の上で食べて下さい)」
清之輔「海苔のむすびか。えらあ、ごっそうじゃのう。光、かたじけない」
光「はあ~、いいえ~」手を取り合ってイチャイチャ。
重太郎に見られて、手を離す。
玄関先に椅子を並べて鼻歌を歌いながらほこりを払う太吉。重太郎にもはたきをかける。重太郎がカメラに近づく。
太吉「坊ちゃ! (津軽弁で)暗箱にさわるな!」といいつつ、重太郎がいなくなると、自身も近づいて見る。
重太郎「おっちゃん、戻いやったど!」
太吉「ほんとだべがね? おろう、ほんだ! 旦那様、戻らえだもね!」
重太郎「おっちゃん、戻いやったど!」
南郷家の人々や奉公人たちが出てくる。
たね「お加津様」いつものように立って待っている加津を手招きして呼んだ。
加津「あ…」
後列
太吉 ちよ たね 加津 修一郎 ふみ
前列は椅子に座っている。
重太郎 光 重左衛門 公民
弥平の引く人力車が帰ってきた。「旦那様のお帰(けえ)りだべだらや~! 旦那さあ、おじでけだんせ。お屋敷さ、着えだもす。旦那さあ、皆さも待ってえんでがんまっぺだら、おじでおぐれえんしぇ。写真館の人たづも来んすてえだじゃ(=写真館の人達も来ておりますよ!)」
清之輔は、やっと人力車から降りてカメラの前を通って、みんなの前へ。
重左衛門「待っちょったど」
公民「お疲れやす」
重太郎「にゅっか…(=暑いネ)」
光「お戻いなさいもす」
加津「お戻りなさいませ」
修一郎「よう戻ってちょうた」
たね「お帰んなせえ」
ちよ「お戻りなせえ」
太吉「ちかれたべし」
ふみ「くたびっちゃべなし。くたびっちゃべなし」
清之輔「いや~…」
椅子に座っていた光が心配そうに立ち上がり、清之輔のおでこを触る。「(鹿児島弁で)熱はないですね。具合はどんな風ですの?」
清之輔「(長州弁で)元気がないわけではないが」重左衛門の隣の椅子に座る。「田中閣下が甚だご機嫌斜めでのう」
公民「まさか『あんたはんのお考えが気に入らん』言うのや、おまへんやろな?」
清之輔「ワシの考え?」
重左衛門「今朝のじゃが」
公民「今朝の全国統一話し言葉についてのあんたはんのお考えどすがな」
清之輔「その事なら田中閣下には、まだ申し上げておらん」
重左衛門「ないごて?」
清之輔「いきなり、なるかみがドシンと落ちたでのうた。申し上げる暇がなかったのでありますよ。昨晩、田中閣下のお屋敷に賊が一人、押し入って、閣下に刀を突きつけて脅したそうでありますよ」
弥平「と、と、と…虎。会津の虎三郎さあでがんす!」
清之輔「その賊も、そう名乗ったそうじゃ。賊は『会津言葉が全国統一話し言葉になって、なぜ悪い!』と、どなって閣下に一発、げんこつをお見舞いしたそうじゃ。それで田中閣下の左目に、こげなアザが出来ちょったでのうた。もう一つ…賊は『南郷清之輔という四等官をあまり粗末に扱うでないぞ』と脅し、さ…閣下の財布から30円とって逐電したそうじゃ」
たね「これまたいいとこあるね、ええ? 会津の虎さんも。ちゃんと旦那様を売り込んでくれた。なあ」
加津「私から言わせれば、とんだ愚か者でございます! そんな売り込みをすれば、旦那様が虎三郎殿の一味と見られてしまいましょう!」
たね「あっ、ちげえねえ」
清之輔「田中閣下からも『おみゃあらはグルではねあか』と叱られたでありますよ。そいて10日間の休職…」
複雑なみんなの表情。
清之輔は立ち上がり、皆の方を見た。「皆の顔を見ちょったら何やら知らん、甚だ元気が湧いてきちょったでありますよ。10日間の休職。これをば、有意義に使(つこ)うて全国統一話し言葉を、その細部まで、ねしこく練り上げることにしようと思っちょるでありますよ」
重左衛門「じっぱじゃ! チェスト、いけ!」
重太郎や奉公人たちも「チェスト、いけ!」と拳を上げる。光は涙を拭く。
清之輔「ごねんのいりました(=ありがとう)」頭を下げ、椅子に座る。「おお…写真師が『正面を向け』ちゅうとる。さあ、皆で仲よう写真に撮られような。皆、正面を向きさんせ」
太吉 ちよ たね 加津 修一郎 ふみ 弥平
重太郎 光 清之輔 重左衛門 公民
太吉「あっ!」
虎三郎「あ…写真さ、撮られっとこが? オレも交ぜてくれろ」
怒って立ち上がった重左衛門を清之輔が止めた。「御上さ…」
虎三郎「これ、後でみんなで上がってくなんしょ」大きなスイカを重左衛門に渡し、弥平の前へ。「すばらくだったな。達者で、えだが?」
弥平「まんだ一日もたってねえっつうのに、そんたな挨拶(=えいさつ)がますか」
清之輔「さあ、写真に撮られようがな」
太吉 ちよ たね 加津 修一郎 ふみ 弥平 虎三郎
重太郎 光 清之輔 重左衛門 公民
この並びで写真に納まった。
<おどちゃと、かがちゃ。旦那さあは、この5日6日、布団の上で寝られだ事が、ねえす。いっつも机のめえでとろとろと、きどごろ寝ばすてられえっと(=仮眠をしている)。つまり、そらほど仕事さ打ち込んでえられるわげだもなや。蚊帳も吊らねえで、よぐ続ぐもんだず。何ししょ、お屋敷(やすぎ)がある麹町の善国寺谷は蚊の名所だからねえす>
きどころ寝! 私の地元でも言う!
部屋には紐に吊るされた紙がどんどん増えていき、畳にも書類が散乱。清之輔が文机に突っ伏して寝ていると、蚊が飛ぶ音がする。首筋を叩いて起きた清之輔は髭が伸び、顔は、やつれていた。「あ~、いかい蚊じゃ。この『いかい』を全国統一話し言葉で、どない言うか、まだ決めとらんかったはずじゃ」吊るされた紙を探す。「お…ありよった。これじゃが、これじゃが…一つの事を言うのに随分、さまざまな言い方がありよるもんじゃのう。まあ、これじゃかい、全国統一話し言葉が必要になるっちゅうわけじゃが…」
京―――――イカイ
東京山の手―オホキイ
鹿兒島―――フトガ
山口――――イカイ
高知――――オーケー
長野――――イカイ
岐阜――――オッキー
鳥取――――オーケー
長崎――――フトカ
日向――――フトカ
清之輔「『いかい』を『いかい』と言うちょるのは京に山口、長野か。『おほきい』が東京山の手、高知、岐阜、鳥取。そいから『ふとか』が九州の各地。『ふとか』は、いかん。『太い足』というような時の、あの『ふとい』とゴタゴタになるおそれがあるかいな」
長崎、日向、鹿児島の”フトカ”に赤線を引く。
清之輔「さて、そこで『いかい』がええか『おほきい』がええがじゃが…どっちにしようかな。お地蔵様の言うとおり。うん。『いかい』が残った」
京に赤丸をつけた。
ふみが歌いながら風呂掃除をしていた。
♬見えだ見えだごんだ 松原ん向ごさョ
丸さ十の字の オハラハ
ふみ「あっ! あれやしたり! こんげな、ずぶどえ足ば見せでしまって、かんしてな(=ごめんなさい)! そんじぇ、せ風呂さ、水もへえってねえし(=それで風呂に水も入ってないし)、こら、さだあなえ(=困りました)」
清之輔「あ…眠気覚ましに水をかぶりたいだけじゃがのう」
ふみ「あっ、分がりした!」水桶を持って、外へ。「今、水(みんず)ばたんばたん持ってくっからねし!(=どんどん運んで来ます)」
井戸
ふみ「虎三郎さん、ちょぼっと待っておごやえ。井戸、使うな、すんばらぐ待っておごやえ。これから旦那さあの水浴びだべな。せ風呂さ、水くまねばなんねだ。ちよちゃん! 弥平さ! 太吉っちゃ! すけでおごやえ!」
虎三郎「よし、オレも、すけてやんべ」
ふみ「おしょうすな」
ウトウトしながら空の風呂に入っている清之輔の元に虎三郎が水の入った桶を持ってきた。「おっ、おお…かたじけない」水桶からさらに桶で水を汲んで体に浴びせる。
風呂場から出た虎三郎が外の窓から話しかけてきた。「清之輔さ、ちょっと聞きてえ事があんのだけんじょも、いんべかな」
清之輔「何でも聞いてくれませ」
虎三郎「今、清之輔さが、こしやえでる全国統一話し言葉の中さは奥州の訛りは一つも入ってねえっつうことだげんじょも、そらあ、ほんとだべえか?」
清之輔「ホンマじゃ。言うときますがのうた、奥州ばかりではのうて、日本全国の賊軍のお国訛りは、すべて駄目。抹殺する事にしたのでありますよ。天子様に弓引いて朝敵になったのじゃかい、これは、しょうがねえのう。ただし、東京山の手言葉だけは別じゃ。東京には知ってのように天子様が住まわれておいでじゃかい、その事に敬意を表して賊軍の言葉ではありますが、東京山の手言葉だけは採用と決めたのじゃ」
太吉、弥平、たね、ちよも水を運ぶ。
虎三郎「そだのあっか! ごせっぱらやげるな、このうすら!(=腹が立つ、この馬鹿)」
清之輔「ワシがなしてバカタレなんじゃ?」
虎三郎「ほんじゃらば賊軍の土地にしかねえものは、どうなんだ? 例えば、ニシンちゅう魚があんべ」
清之輔「ワシの大好物じゃがのう、ニシンは。また日本の衆は皆ニシンが好きじゃ。じゃけ、日本国中、ニシンを食して正月を祝うのでありますな」
虎三郎「だけんじょも、ニシンは松前の産物だべい」
清之輔「うん、松前の名産じゃ」
虎三郎「ほんじぇえ、松前は官軍では、あんめえ」
清之輔「ああ、官軍とは言えん。何しろ松前藩は榎本武揚を総大将とする賊軍にやすやすとひねられて、やつばらに領国を明け渡してしもうたのじゃけのう。なっちょらんでありますよ」
運んだ桶の数を数える太吉。
虎三郎「なっちょらんって…じゃあ、松前訛りは、どういう事になるんだ?」
清之輔「なっちょらん土地のなっちょらんお国訛りは残念じゃが、抹殺でありますのう」
虎三郎「そうすっと、ニシンちゅう言葉もなくなってしまうつわけか?」
清之輔「抹殺されるでありましょう」
虎三郎「だから、うすらだっつうの。いいか? ニシンっつう言葉をがらりど、なくしたところで、ニシンっつう魚は、あるんだし、これから先、日本中の人間はニシン食うんだぞ。分かってねえみでえだな。こごんとこの道理が」
たね「そうだよ、旦那様。(虎三郎に)ちょちょちょ、おどきよ」風呂の窓の前に立つ。「それはね、確かに松前訛りをバッテンにしちまう事はできるよ。確かにこのニシンって言葉をなくなしちまう事はできるよ。けどさ、松前のものをニシンってものをなくなしちまう事はできねえよ。ものがあるのに名前(なめえ)がねえなんて、そんな、バカげた了見あるもんじゃねえや。あいそもこそも尽き果てたよ、全くな」
この間、「おやじ太鼓」の再放送でも聞いた。”愛想も小想(こそ)も尽きるよ”
ちよ「あたぼうだよ。ニシンって名前なしにどうやってニシン買ったらいいんだい? ものがあるのに名前がねえなんて、どうにも、あがきのつけようがねえよ」
ふみ、たね、弥平もうなずく。
清之輔「その場合はじゃのう、ニシンを新しい名前で呼ぶ事になるのでありますよ。これは、ほんの思いつきじゃが、ニシンは皆も知っちょるように鱗(うろこ)がすぐに落ちる魚(いお)じゃかい、鱗の落ちる魚、『鱗落魚(りんらくぎょ)』と呼ぶことにするとか、そげな、やり方をしようと思っちょる」
太吉「鱗落魚?」
虎三郎「鱗落魚?」
たね「り…りんらく?」
清之輔「うまく口になじまぬようでありますな。よしきた! 皆にニシンの名前を考えてもらう事にしようや。いっち、ええあんばいの名前を思いついた者には賞金として10銭遣わそうかのう」
一同「10銭!?」
清之輔「そうじゃ。褒美は10銭じゃ。ワシの方針では賊軍地域(ちいく)の言葉は、すべて廃語にしようと思っちょる。けっちゃく賊軍地域の言葉をごっそり(=全部)ありしこ新しい呼び名と入れ替えるわけでありますよ。そこで皆の生まれ在所の『これこれ』という言葉を『しかじか』という言葉に新しく呼びかえたらという考えがあっちょったら、どっどん申し出てくれいや。この褒美も言葉1つにつき10銭ずつじゃ。ワシを助けると思うて、どっとん申し出てくれいや。頼うだでありますよ」風呂の窓を閉めた。
あっけにとられる、ふみ、ちよ、弥平、たね。虎三郎は立ち去った。ふみたちはそれぞれ「10銭」とつぶやく。
風呂場にいた太吉は「10銭」とつぶやき、水桶の水を清之輔の頭からかけた。
三方の上に乗せられた10銭硬貨。
清之輔、公民がいる部屋にやってきた、たね。「どうも…」
公民「どうぞ」
たね「あの…ニシンの事は、これといって別に考えはねえがね…佃煮の事でちょいと話あるんだ」
公民「ほう、佃煮どすか。ありゃ、おぬくにのせて頂くと、おおきに、おいしゅうおすな~」
たね「佃煮って名前でも分かるとおりに、あれは佃島の衆が作った江戸の食べ物だね。下町っ子のおかずだよ…てえ事は全国統一話し言葉から外される、このバッテン組だね。それでね、アタイは思いついたんだけども『佃煮』を『醤油煮』と言いかえたら、どんなもんかね?」
公民「『醤油煮』? いや、あんまりパッとせえへんな~」
清之輔「じゃが、せっかくの申し出じゃ。公民先生、頂いといてくりゃさんせ」
公民「ほな…10銭」たねの手に10銭硬貨を乗せる。
たね「アタイは、あやかり者だね…(=しあわせ者だよ)」後ろに並んだ弥平、修一郎、太吉たちに10銭硬貨を見せびらかす。
佃煮―醤油煮 と書いたメモ。
公民「どうぞ」
弥平「この鉄瓶さ、『鉄瓶(てちびん)』と名付けたな、南部の衆で、ねえべがね?」
公民「う~ん、かもしれへんな。何せ鉄瓶は南部名産の最たるもんどすさかいな」
弥平「そうすっと鉄瓶(てちびん)は賊軍の言葉っつう事になっぺだら? そんならば、鉄瓶さ『鉄湯(てちゅ)わかす』(=鉄瓶を鉄湯わかし)と言いかえたら、どんなもんでがますか?」
公民「鉄瓶を『鉄湯(てちゅ)わかす』?」
清之輔「『鉄湯わかし』?」
弥平「んでねえ。『鉄湯(てちゅ)わかす』」
清之輔「鉄湯わかし?」
弥平「『鉄湯(てちゅ)わかす』」
公民「ほな、10銭」
弥平「おありがとうござんすがじゃ」
中庭を挟んだ向かいの部屋で見ている重左衛門たち。
重左衛門「アイは何をしちょっとじゃろか?」
光「そいが分かいもせん」
加津「旦那様が言葉を買っておいでなのでございますよ」
重左衛門「言葉を買(こ)うとる?」
加津「言葉をお買いになるのも旦那様のお仕事」
重太郎「チェスト、いけ!」
<おどちゃと、かがちゃ。オラ「べにはんな」ば「ぐづべろべぬ」(=紅花・唇紅)と言いかえて10銭もらうべと思ってっとこだ。もらった10銭は、じきに送ってやっからな。んだらば、まんず>
第四回(終)
特に80年代あたり東北訛りがものすごーくバカにされてたのは、賊軍の言葉だからなのかな~? 私の印象では震災があって、東北そのものをバカにしづらい雰囲気になり、「あまちゃん」で方言を”かわいい”と言ってくれる人が出てくるようになったという印象。方言がかわいいのではなく、のんさんがかわいいってだけだけど。



