NHK 1987年6月6日(土)
あらすじ
頼介が勤め先で上司ともめて、姿を消した。それから十日後、蝶子(古村比呂)は銀座のカフェに岩崎(世良公則)を呼び出す。頼介がこんなことになったのは、すべては岩崎が蝶子につきまとったことが原因だ、蝶子は岩崎に徹底的に文句をいうつもりだった。ところが岩崎は照れながら、蝶子がこれまで出会ったことのない女性で、どうしても付き合いたいと熱烈に愛を語りだす。蝶子の頭の中は大混乱になり…
2025.5.24 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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北山蝶子:古村比呂…字幕黄色
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河本:梅津栄
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早川プロ
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岩崎要:世良公則
今回は3人! 時々あるよね、こんな回が。
野々村家を出た蝶子は通りかかった女性と挨拶を交わす。
<彦坂頼介が勤め先を辞めて行方をくらましてから、もう10日もたちました。チョッちゃんのもとには、その後、な~んの連絡もありません>
公演会場
ドレスを着た蝶子と要が舞台裏で顔を合わせた。
要「やあ!」
蝶子「舞台はねたあとカフェ泉で待ってます」
要は着けていた蝶ネクタイを整える。
前回出てきたポスターによると、10日くらい公演があったはずだから「椿姫」公演最終日かな?
カフェ泉
もう外は暗く、自動車がクラクションを鳴らしながら店の前を走っている。
先に席についている蝶子。
マスターの河本が蝶子を見守りながらも、ほかの客に声をかけている。「ありがとうございました。あ、いらっしゃい」
蝶子が出入り口を見ると、カンカン帽に着物の男性が入って来た。
<チョッちゃん、一体、どうするつもり? もう帰れば?>
蝶子が立ち上がる。
河本「いらっしゃい」
<あ、来た! もう、しょうがないね>
要「やあ」
うなずく蝶子。
要「座れば?」
蝶子「失礼します」
河本「いらっしゃい。ご注文は?」
要「え~、コーヒーに…あ、ケーキ」
蝶子「わ…私も」
要「はい」
河本がカウンターに戻っていった。
要「君から誘いがかかるなんてうれしいね」
蝶子「そういう言い方は、やめてください」
要「ん?」
蝶子「誘うなんて」
要「じゃ、声がかかる?」
蝶子「誘惑してるみたいな」
要「ま、いいか」
蝶子「私、あなたに文句があるんです」
要「ほう?」
蝶子「だから…」
要「呼び出した?」
蝶子「そ…そうです。呼び出したんです。何がおかしいんですか!」
要「やあ、失敬。で、その文句っていうのは?」
蝶子たちの後ろの席の男女が帰っていく。
⚟河本「ありがとうございました」
蝶子「この間、2週間ぐらい前、あなたと頼介君、もめましたね?」
要「うん」
蝶子「頼介君、あなたの腕を痛めさせましたね?」
要「いや、大したことなかった」
蝶子「そのことは謝ります」
要「へえ、謝るのかい?」
蝶子「申し訳ありませんでした」
要「でも、今、俺に文句があるから呼び出したって」
蝶子「ケガをさせたことについては謝っておきます」
要「どうして君が謝るんだ?」
蝶子「頼介君は私のことで、あなたに会いに行き、そのあげくにケガをさせたからです」
要「自分の責任というわけだ」
蝶子「責任は、ありません! 責任はないけど、ただ…そ…その、まあ、あれです。お見舞いの言葉みたいなものです」
笑い出す要。
蝶子「何がおかしいんですか!」
河本「お待ち遠さま」コーヒーとケーキをテーブルに置く。
♬~(タンゴ)
これかな?
蝶子「頼介君が行方くらましたのは、あなたのせいです! 頼介君がいなくなったんです」
要「ちょっと待ってくれ」
蝶子「あなたね、頼介君が私のことで、あなたに会いに行った時、どうして手ぇ出させるようなことしたんですか?」
要「していない」
蝶子「ごまかすの!?」
要「ちょっと!」
蝶子「あなたね、私には、つきまとわないって、はっきり返事さえしてたら、頼介君、殴ったりしなかったはずなんです!」うなずく。「そういうことなんですよ!」
コーヒーカップを両手に持ってコクコクうなずく要。
蝶子「え?」
要「え…君も飲めば?」
蝶子「言われなくても飲みます」コーヒーを飲む。
要「すると…」
蝶子「はい?」
要「いや、君の僕への文句っていうのは、そのことは?」
蝶子「まあ、そうです」
要「うん。しかし」
蝶子「はい?」
要「うん。頼介君がいなくなったのは、その~、僕のせいだっていうわけ?」
蝶子「そうです」
要「どうして? いや、頼介君は僕ともめたからいなくなったのか?」
蝶子「ケガをさせたから」
要「だって、ケガをさせたことなんて、あの時、彼、知らないはずだ」
コーヒーカップを置いた蝶子。「そのことは…私が言いました。あなたはバイオリニストだし、バイオリニストにとって腕や指の故障がいかに重大かは頼介君に注意しとこうと思ったし…そしたら頼介君、私があなたの肩を持ったと誤解して…」
要「肩持ったのか?」背中越しだけど、身を乗り出してうれしそう。
蝶子「持ちません、そんなもの!」
要「へえ~」ニヤニヤ
蝶子「何ですか?」
要「…で彼はいなくなった」
うなずく蝶子。
要「で、それが僕のせいだっていうの?」
蝶子「全ての原因は、あなたです! あなたさえ、私につきまとわなかったら、こんなことにはなっていません!」
2人のテーブルの奥の河本が見てる。
要「君は、その…彼のこと、好きだったのか?」
蝶子「何、言うんですか?」
要「好きな男にいなくなられて、それで俺に腹を立てている。うん?」
蝶子「そういうことじゃありません!」
要「そう?」
蝶子「そうです! 頼介君とは、そういう、あれでなく、小さい頃からよく知っていて私の父や母も冬などは、いろいろ世話になった人で、だから…」
要「ケーキ食べれば? コーヒーも冷めるし。ね!」
うなずいた蝶子はケーキを口に入れる。ちょっとうれしそう。
要「君は実においしそうに食べる人なんだな。いいことだ」
横を向いてケーキを食べ続ける蝶子。
要「しかし…彼は君のことを好いていたな」
ぽかんとする蝶子。
要「否定しないね? なるほど」
蝶子「何ですか?」
要「あ、いや」
河本「ありがとうございました」最後の客が帰り、店員と話をしている。
蝶子「おじさん、お店、もう…」
河本「うん、気にせんでいいよ」レコードを替える。
これかな~? Googleの曲名検索で調べてみました。
要「君ね、俺のこと、どう思う?…嫌いか? じゃ、好き?」
首を横に振る蝶子。
要「好きじゃないが、まあ、嫌いというわけでもないか?」
蝶子「考えたことありません!」
要「じゃあ、考えて。考えてみてくれないか」
蝶子「お店終わりみたいだから」
立ち上がった蝶子の左手をつかむ要。
また椅子に座る蝶子。「わ、わ、私…あの…手…」
要「あ、ごめん」手を離す。
蝶子「私、本当は嫌いです」
要「どこが?」
蝶子「私がどうしてあなたを避けていたか言いましょうか?」
要「聞きましょう」
蝶子「つきあってた女の人のことで女の人の元の恋人ともめたっていう時、ひきょうにも逃げ回る人だから」
ムッとする要。
蝶子「あなたの周りにいる女の人、随分、見たけど、きれいな人、いっぱいいたけど、女の私が好きになるような、いい女の人いなかった。ということは、あなたの人格に問題があるのだと思います」
要「痛いとこ、つくな」
蝶子「それに、あなた見てると怖い時あります。バイオリンに向かってる時、これは厳しくて、さすがだとは思えるけど、時々、子供みたいなとこあるし、この前、私の友達のうちの表で『ユーモレスク』弾いて、私の名前、呼んだでしょう?」
要「君は知ってて出てこなかったのか?」
蝶子「あんなことされて、のこのこ出ていけるわけないしょ! そういう落差見てると、訳が分からなくて怖いんです。女の人とも随分派手だっていうし、私、そういう男の人、嫌なんです!」
要「いや、今、つきあってる女たちとは、すぐ切れるから! これからは、その、君一人とつきあいたい」
蝶子「え!?」
要「承知してほしい」
蝶子「また、いい加減なことを!」
要「いや、本気なんだ!」
蝶子「私ば、バカにしないでや!」
要「だって、君、言ったじゃない!」
蝶子「何て?」
要「だから…僕の周りにいる女の中で、いい女の人は一人もいないって、分かる…よく分かる。本当にそうなんだ。だから、その…」せきばらいする。「君とつきあいたいと言ってる!」
蝶子「なして?」
要「君は、その…今までの女たちとは、その、どうも違うんだ。まあ『どうも』じゃないな。確かに違う。いや、俺には、うぬぼれがあった。女っていうのは、俺の周りにいて当たり前だって自然だと思ってたんだ。だっていつも向こうから近寄ってきたし…君は全然、俺になびかないじゃないか」
蝶子「当たり前だわ」
要「だから、その…気になったんじゃないか。『こっちをいつか必ず振り向かせてやろう』って…うぬぼれ男の意地だ」
蝶子「そういう気がしてたんだわ」
♬~(シャンソン)
「聞かせてよ愛の言葉を」という曲らしい。
要「それが変わっていってね。うん、君を見てるうち、だんだんだ。雨の夜に、ほら、円タクに乗ったろ」
うなずく蝶子。
要「うん…自分で円タクを止めたいと言った。手を上げて、君は止めた…飛び上がって喜んだ。円タクの中では助手席に座って、じっと口もきかずに前見て、で、ほかの車が通り過ぎると手を振ったりして…俺は、あんなに物事に感動する女の人を、それまで見たことがなかったから。ああ…いや、子供だと思ってたら、自分で洋服作るっていうじゃないか。この前、公園に追いかけていった時ね、初めて君の汗を見た。額や首にさ。懸命に遊んだ子供みたいに…大粒の汗をかいていた」
蝶子「汗は誰だって…」
要「黙って聞けよ」
蝶子「はい!」
要「うん。それより何より、あの、もっと前に君のことをいいなと思ったことがあった。初めて頼介君に会った日だ。僕と頼介君が帰るのを、その、君が見送っていて『またね』って手を振った。もちろん頼介君にだ。うん、うん。俺には、その手の振り方が何ともあどけなくて、かわいくて…あんなにすがすがしく思えたものはない」
戸惑いの蝶子。
要「これ以上は俺は照れる! 帰る」バイオリンケースを抱えて店を出ていった。
蝶子「あ、どうも…」
河本「どうしたの?」
<チョッちゃんは、この夜、星の世界を漂っていました>(つづく)
ナレーションがいつも文学的だな。蝶子から話をしようと思うほど気になる存在ではあるよね~。

