NHK 1987年5月25日(月)
あらすじ
蝶子(古村比呂)の叔父・野々村泰輔(川谷拓三)が蓄音機を購入した。音楽を学ぶ姪っ子のため、月賦で購入したのだ。泰輔と妻・富子(佐藤オリエ)にとって、蝶子はまるで娘のような存在となっていた。そこへ幼なじみの田所邦子(宮崎萬純)が神谷先生(役所広司)と連れ立って、蝶子の下宿先に現れる。神谷はいまだ無職のままだったが、書き溜めた童話の原稿を、兄・道郎(石田登星)のつてで出版社に見てもらえることになる。
2025.5.12 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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演奏:新室内楽協会
テーマ演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:円光寺雅彦
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考証:小野一成
医事指導:白石幸治郎
タイトル画:安野光雅
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バイオリン指導:磯恒男
黒柳紀明
歌唱指導:浜中康子
方言指導:曽川留三子
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北山蝶子:古村比呂…字幕黄色
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神谷容(いるる):役所広司
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国松連平:春風亭小朝
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田所邦子:宮崎萬純
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北山道郎:石田登星
梅花亭夢助:金原亭小駒
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野々村富子:佐藤オリエ
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野々村泰輔:川谷拓三
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制作:小林猛
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演出:富沢正幸
<東京は梅雨のさなかです。チョッちゃんは梅雨という時期を初めて体験しながらも元気に音楽学校に行っています。そんな、ある日…>
野々村家
蓄音機から音楽が流れる。泰輔、富子、道郎、夢助、蝶子が聴いている。
夢助「なるほど、電気で動くん?」
泰輔「そう」
富子「電気がゼンマイを巻くのかい?」
泰輔「まあ、そうだろうな」
道郎「いや、ゼンマイはありませんよ」
泰輔「あ、そう?」
道郎「ゼンマイの代わりに動力機、つまり、モーターが内蔵されてるわけです」
泰輔「なるほど」
道郎「これだと、今までの蓄音機みたいに途中で回転が遅くなるということがないんです」
夢助「なるほど! へえ~」
蝶子「(小声で)静かに」じっと蓄音機に聴き入り、ほかの人たちは茶の間に移動する。
それにしても道郎が出てくるたびに、蝶子と道郎って本当の兄妹といわれて違和感ないほど似てるな~。古村比呂さんに似てたから選ばれたんじゃないかと思うほど、目がクリッとしてるところが特に似てる。
台所
富子「お茶でもいれようか? あ、夢ちゃん!」
夢助「へえ!」
富子「これ」お菓子の入った器を渡す。
夢助「これは…」
茶の間
道郎「叔父さん、あの蓄音機、蝶子のためにわざわざ買ったんじゃないんですか?」
泰輔「ああ、いや…昔、面倒見たことのある電器屋からね、格安で買ったんだ」
富子「月賦なんだよ」
道郎「すいません」
道郎もさ、やっぱり北山家の人だな~って思う。細かい気遣い。
泰輔「いや~、あながちチョッちゃんのためというだけじゃない。私みたいにね、事業をする者は、まず世間ちゅうものを知らなきゃならない」
富子「そうそう」
泰輔「この前、ふっと、あくせく動き回ってソロバンはじくばかりが能じゃないなと思ったわけさ。時には芸術に親しむ心も大事だなとね」
富子「そうそう」
泰輔「あの蓄音機は、その一環として求めたんだ」
富子「まあ、あれだ。それが結果的にチョッちゃんの役に立つってことになると一石二鳥ってわけだよ、ね!」
泰輔「そうそう」
道郎「幸せもんだなあ、あいつは…」
富子「そりゃ、私らの方だってさ」
夢助「分かりやす」
富子「何が?」
夢助「チョッちゃんがこのうちに来て以来、お二人の様子が先(せん)とは、まるで違う」
富子「ん?」泰輔と顔を見合わせる。
夢助「顔つきが柔らかくなりやした。夫婦ゲンカが減りやした」
富子「当ったり前だろ。下宿人、見てごらんよ。あんたはじめ、むさい男が3人だよ」
夢助「よっ!」
みんなで茶菓子をつまむ。
富子「そこへ若い娘が来てくれたんじゃないか。うれしいに決まってるじゃないか。ねえ」
泰輔「うん」
富子「私らには子供もないし、娘が出来たようなもんさ」
夢助「するってえと、さしずめ私なんざ、せがれってとこで?」
富子「そんなせがれ要らないよ」
夢助「おや『店子(たなこ)と言やあ、子も同然』とのたもうたのは、どなたでした?」
富子「店子っていうのは、店賃をきちん、きちんと払う人のことを言うんだろ?」
夢助「え? 話が落ちましたところで、あたしは…」席を立つ。
富子「お逃げかい?」
夢助「店賃を稼ぎに、へ~い!」玄関へ。
道郎「行ってらっしゃい!」
夢助「行ってきます!」玄関を出ていく。
道郎「楽しい人だな」
泰輔「うん」
まだ蓄音機を聴いている蝶子。この部屋は茶の間の隣のこの間、要が横になってたところかな?
ふすまを開けた泰輔。「どう?」
蝶子「叔父さん、叔母さん、うれしい」
泰輔「そうかい、うん」
富子「役に立つといいね」
蝶子「はい、頑張ります」
⚟連平「こんちは! チョッちゃん、いるかい?」
蝶子「はい!」蓄音機を離れて玄関へ。「あ!」
連平「今、表で一緒になってね。『チョッちゃんに会いに』って、おっしゃるもんだから」
蝶子「先生も邦ちゃんも上がって、上がって!」
邦子「じゃあ、先生」
神谷「うん」
蝶子「雨、上がったかい?」
邦子「うん。もう、晴れそうだよ」
蝶子「そうかい。よく来てくれたねえ!」
先に家に上がった2人を見て「先生?」とつぶやく連平。
茶の間
泰輔「正月に滝川でお会いしましたよね」
神谷「はい」
泰輔「フフフフ。邦子ちゃんにもね」
邦子「その節は…」
泰輔「いやいやいや、この前、チョッちゃんを訪ねてきたって聞いて懐かしかったんだ」
邦子「はい」
泰輔「…ああ、神谷先生はチョッちゃんの高女の時の先生だ」
富子「あ、そうですか。まあ、よくおいでくださいました」
神谷「初めまして」
道郎「蝶子の兄の道郎です」
神谷「あ、お話は…」
道郎「私もお名前は、よく…」
連平がせきばらいをする。
蝶子「あ、先生。この人は国松連平さんっていって、活動の楽士さん、やってる人なんだわ」
神谷「はあ~、神谷です」
連平「こんち、お初に。以後、よろしく」
神谷「こちらこそ」
役所広司さんと小朝さんは「チョッちゃん」直後の1987年10月からは「三匹が斬る」で共演してたそうです。
泰輔「先生は今、東京に?」
神谷「はい! 3月に空知高女を辞めまして」
泰輔「そりゃ…」
蝶子「いやいや、私が学校でいろいろ問題を起こすたんびに先生、かばってくれたんだ。で、そのうち、先生と校長先生がうまくいかなくなって…ね?」
神谷「そういうこととか、まあ、ありまして」
連平「ねえ、チョッちゃん、問題児だったの?」
蝶子「あ、なんも。悪いってことでないんだよ」
連平「ウソだよ!」
邦子「そうなんです。悪いことは、なんにもしてないんです」
蝶子「ほれ」
邦子「ただ、古風な校長先生には秩序を乱す生徒に見えたり、奔放に見えたんだと…」
連平「見える、見える」
道郎「いつも蝶子の味方だったと聞いてます」
神谷「いやいやいや…」
ここで蝶子をかばう邦子を白々しく感じてしまった。変な噂とか流してたくせにね!
富子「今は、どちらに?」
邦子「市ヶ谷です」
富子「先生の方」
神谷「ですから、その…市ヶ谷に。同じとこに」
道郎「え?」
神谷「同じ部屋に」
泰輔「え?」
連平「ということは?」
富子「えっ!」
蝶子「そういうことだわ」
泰輔「結婚…」
神谷「いや~」笑顔で首を横に振る。
邦子「同居というか」
富子「あ、そう」
連平「ふ~ん」
泰輔「へえ~」
富子「なるほど」
ドン引きの空気。そりゃねえ…
道郎「東京でやっぱり教職に?」
神谷「いや~、それが…」
蝶子「先生、今、無職なんだわ」
富子「あら」
蝶子「あのあと、見つかったかい?」
神谷「いや~、なかなかねえ」空のコップを富子に渡す。「東京には知人もいませんし、知らないとこにいきなり行って『仕事ありませんか』じゃ言われる方だって困るだろうし」
ドン引きしながら神谷をチラ見している富子。
泰輔「連平君」
連平「はい。あの、お仕事に何かお好みはありますか?」
泰輔「いえね、この男は顔が広いんですよ」
蝶子「先生は先生だから、やっぱし、先生がいいっしょ?」
神谷「そ…そりゃね」
連平「いや~、学校関係は、ちょっとねえ」
富子「だろうね」
連平「いや、私が強いのはね、まず、映画関係、それから、お芝居関係、料亭、待合、デパート、マネキンガールにエレベーターガール、カフェにキャバレーにダンスホールって、こんなとこなんですけどね、どうです?」
神谷「したけど、その方面は、ちょっと…」
富子「でしょうね」
蝶子「先生が書いてる童話の世界とは程遠いもね」
神谷が笑う。
道郎「童話、書いてらっしゃるんですか?」
神谷「何せ、暇なもんで」
蝶子「国語の先生だったんだよ」
道郎「今度、是非、読ましてください」
神谷「困ったなあ」
道郎「いや、実は私も小説家、目指してまして…」
神谷「あ~」
道郎「今のところは出版社から校正の仕事をもらってまして、なんとか生活を」
蝶子「兄ちゃん。出版社の人に先生の作品ば紹介して、読んでもらうわけいかないかい?」
道郎「ああ…」
蝶子「どうだい?」
道郎「お安いご用です」
神谷「お願いできますか?」
道郎「原稿、ついでの時に下さい」
神谷「今、ノートに書いてまして、原稿用紙に清書したら、すぐに」
道郎「待ってます」
神谷「はい! 何だか仕事のお願いに来たみたいで…」
場が和み、笑いが起こる。
泰輔「まあ、いいじゃないですか」
富子「で、あの、お二人は、ゆくゆく所帯を?」
神谷「いや、私がこういう状態ですし」
ここではっきりと言えない神谷がなあ~…
蝶子「邦ちゃん、私の部屋に来ないかい?」
邦子「うん」
蝶子の部屋
窓を開けると、そこから子供たちの声が聞こえる。
邦子「いい風」
蝶子「邦ちゃんは、どう考えてるんさ?」
邦子「何?」
蝶子「結婚…」
蝶子は畳に座り、邦子は窓辺に腰掛ける。
蝶子「考えてるんかい?」
邦子「あんまり…」
蝶子「へえ…」
邦子「したっけ、同じようなもんだ。今だって一緒に住んでるもね」
蝶子「ふ~ん」
邦子「結婚となれば、いろいろ面倒なことあるんでないかい?」
蝶子「そうかい?」
邦子「このままでいいわ」部屋にかけられたワンピースを目にする。「チョッちゃん、作ってるんかい?」
蝶子「夏も近いっしょ」
邦子「高女の時から、チョッちゃん、大してうまかったもねえ」
蝶子「峰ちゃんたちにも作ってやったんだ」
邦子「私もだ。大して重宝したんだ」
蝶子「音楽学校の友達にも『作る』って、しゃべったんだよ」
邦子が蝶子の顔を見る。
蝶子「ん?」
邦子「友達、出来たんかい?」
蝶子「うん」
邦子「うん」
蝶子「もちろん、邦ちゃんにも作るさ」
邦子「ホントかい?」
蝶子「親友だもん」
邦子「うん」蝶子の隣に座り、窓の外を見る。「今日は落語の人、いないんだね」
蝶子「ああ、仕事でないかい?」
邦子「ねえ」
蝶子「ん?」
邦子「さっきの楽士の人?」
蝶子「あ、連平さん?」
邦子「顔広いって、ホントかい?」
蝶子「ホントだよ。大きな料亭の三男坊なんだって。三味線弾けるからバイオリンも弾けるだろうって思って始めた変な人なんだわ。けど、ほかのいろんな音楽家にも知り合いはいるし、いやいや、大して顔は広いわ。ほら、銀座歩いてるしょ? したら、最低5人には声かけられるんだわ」
邦子「ふ~ん」
蝶子「どうかしたんかい?」
邦子「私…何か仕事紹介してもらいたいな」
蝶子「文房具店の店員は?」
邦子「う~ん」
蝶子「よくないんかい?」
邦子「ていうか…」
蝶子「嫌なんかい?」
邦子「客のいない時、一人、店の奥で座ってるんだ。店の奥、薄暗いっしょ。店の前の通りさ、天気のいい時は、こう、通りんとこがギラギラ明るいんさ。カッて日がさしてるんだ。ちょうど、こんなふうだ」立ち上がって外を見ていたが、再び蝶子の隣に並んで座る。「外は晴れてて、まばゆいのさ。そこ通る人、見てると、みんな、楽しそうなんさ。したっけ、私は薄暗い店ん中だ。惨めな気になるもね。表通りに出たいと思うのさ。日の当たる所に出たいと思うのさ。それには、ほかにいい仕事探すしかないっしょ?」
蝶子「連平さんに話してみるかい?」
邦子「うん…今は、いい。こういうことしゃべったこと、先生には、ないしょだよ」
うなずく蝶子。
⚟富子「いいかい?」
蝶子「はい!」
富子「ね、下りといでよ」
蝶子「はい」
富子「これからチョッちゃんの音楽の成果を聴こうってことになったんだよ」
蝶子「え~っ!」
富子「神谷先生も聴きたいとおっしゃってるしさ」
邦子「私も聴きたい」
富子「連平が『バイオリン弾く』って言ってるよ」
蝶子「よし!」
茶の間
連平がバイオリンで伴奏する。
蝶子が歌う。
♬風の中の 羽のように
いつも変わる 女心
涙こぼし 笑顔作り
嘘をついて 騙すばかり
風の中の 羽のように
女心
邦子の表情は次第に曇るが、神谷は笑顔で聴いている。
玄関
神谷「したらな」
蝶子「はい」
邦子「またね」
蝶子「気ぃ付けて」
帰っていく邦子たちを見ていた蝶子。
邦子が引き返してきた。「チョッちゃんには目的あって羨ましい」
びっくり顔の蝶子が手を振って見送る。
<チョッちゃんは、この時、神谷先生と邦子の行く末に一抹の不安を抱いていました>(つづく)
あんなにもカッコよく見えた神谷先生があぁ…大人たちがしっかりドン引きしてて、邦子も上京して来て、自分の境遇を話すたびに、こういう反応されたら友達だって出来にくいだろうし、蝶子が一層輝いて見えるだろうなあ。
「恋とはどんなものかしら」「女心の歌」というチョイスもいいね。


