NHK 1985年6月15日
あらすじ
全国統一話しことば制定の家庭教授として、南郷家の食客になった裏辻芝亭公民(すまけい)の忠告により南郷家の人々の実態を調べた清之輔(川谷拓三)は、ことばの混乱の最大の原因は、各人が勝手に、音を発音している点にあるということを発見した。そこで南郷家では、主人・清之輔の考案による口形練習を取り入れた。練習のかいあってか、家中の会話がだいぶよくなってきたある日、南郷家にまた新しい人物がとびこんできた。
2025.5.9 BSプレミアム4K録画
ドラマ人間模様アンコール
作:井上ひさし
*
音楽:宇野誠一郎
*
演奏:アンサンブルファンタジア
*
タイトル画:山藤章二
*
時代考証:小野一成
*
南郷清之輔:川谷拓三…字幕水色
*
大竹ふみ:石田えり…字幕黄色
*
南郷重左衛門:浜村純
広澤修一郎:大橋吾郎
江本太吉:松熊信義
*
高橋たね:賀原夏子
*
築館弥平:名古屋章
*
裏辻芝亭公民:すまけい
御田ちよ:島田歌穂
南郷重太郎:岡田二三
*
若林虎三郎:佐藤慶
*
南郷光:ちあきなおみ
*
秋山加津:山岡久乃
*
制作:岡田勝
*
演出:村上佑二
風呂で歌っている公民(きんたみ)。
♬ワテに兄弟7人あります
京に 大阪(おおざか) 伏見に 淀に
阿波に 讃岐に
ワテ ここに ベンベン!
ふみ・山形弁で<おどちゃとかがちゃ。京のお公家の公民(ちんたみ)さんは朝寝、朝酒、朝湯がでえすきだごだ。ちょうは6日(むえが)。6の付く日は旦那さのお役所は、お休みなんだけんども、公民さんは、その旦那さを押すのげで、今朝も一番湯さ入(へえ)ったもんだったけもな>
外から風呂焚きをするふみ。
公民・京都弁で「え~ぞ、え~ぞ。湯加減、あんば、ようなってきたわ。もうひと焚きしておくない。いや、いろいろ注文ばっかりできつきつかんに。時におまはんの氏名どすけど、どなたはんを言いやしたかいな? なあ?」風呂場の中から話しかける。
ふみ「ナア?」
公民「いや、氏名どすがな」
薪を運んできたちよ・東京弁で「ひめいだってさ」
ふみ「ヒメエ?」
ちよ「あいさ。ひめいを言ってみなって言ってんのさ」立ち去る。
ふみ「悲鳴だなじょて、オラ、こっ恥ずかすいじょおん」
公民「氏名は何とな?」
ふみ「所望どあらば、えがにも言うべ。(金切り声で)あれ~!」
公民は驚き風呂から出て、弥平たちが駆けつけた。
弥平・遠野弁で「こげな、おぼこあねこさ手つげだりして、わがんねだべっちゃ!(=こんな小娘に手をつけては駄目だ)」
そうそう、私の地元でもダメなことを”分からない”って言うんです。
公民「手つけた? そら、滅相な…」
弥平と太吉の前の壁に矢が刺さる。
弓を持った重太郎・鹿児島弁で「バカたん!」
清之輔の前で刺身を食べる公民。「いや~、東京の下町言葉いうのも難儀やな。ちよはん言わはる、おなごしが『氏名は何や』いう、ワテの問いを中へ入って通辞してくれはったのは、ええけど(=通訳してくれたのはよいが)氏名の『し』の音(おん)を『ひ』と訛らはった。『しめい』でのうて『ひめい』と通辞しなはった。ほやさかい、あの、ふみはんいわはる、おなごしが悲鳴を上げなはったわけどす。いや~、驚きさんどしたわ」
清之輔・長州弁で「ふつづか者ばかりがそろっちょるで、ご不快をかけるでありますのんた」
公民「ううん。おなごしに罪は、おへん。罪は『し』を『ひ』と訛り、『ひ』を『し』と訛る東京下町言葉におす。この訛り、なんとかせな、あかしまへんな」
清之輔「いかにも」筆でメモをする。「さあ、あなたが、うちらにお泊まり下されて、もう5日たちましたでありますがのう、ここいらで『全国統一話し言葉』に関して、あなたのお考えなど、お聞かせ願えればと思っちょるのでありますよ。幸い、本日は休日でありましたのうた、お聞かせいただいた事柄を本日中にまとめて、明日、朝一番に文部省上層部へ提出いたそうと思っちょるでありますよ」
公民「う~ん『お国訛り』の事を別に国詞(くにことば)とも申しますな。へてから里詞(さとことば)とも田舎詞(いなかことば)とも地詞(じことば)とも、また、訛り声とも申しますな。何でこないにぎょうさん呼び方がおますのやろ? 答えは、こうどす。それだけ話がややこしいんやと。へえ、へえ」
清之輔「答えにも何もなっちょりませんがのうた」
公民「なかなか。役所の偉い衆に今、ワテが言うたことを言うてみなはいな。皆さん、『はあ~、南郷君は、なかなか勉強しておるわい』と感心してくれますさかい」
清之輔「そうでありますかのう」
公民「なんしか『全国統一話し言葉』の制定は国家の大事業どす。そないな大仕事が5日やそこらでできるもんだっしゃろか。功を焦っては、あかへんえ」
清之輔「はあ」
公民「そうどすな。まず、お国訛りの実態を観察しなはるのが、ふかい大切やおへんか」
清之輔「観察でありますか」
公民「へい。観察を通して、それぞれのお国訛りの実態を究めるのどす。ほたら、お国訛りをどないに改良したらええのか『全国統一話し言葉』は、どないであればええのか、そんならことが、ひとりでに見えてくるのやおへんか」
膝を打つ清之輔。「いかにも! 『観察』とは、こりゃ貴重なご指示でありました。それじゃ」席を立ち、部屋を出ていく。「観察…」
公民「おいしいおすな~!」
縁側を雑巾がけするちよとふみ。
重太郎を膝に乗せている重左衛門・鹿児島弁で「2人とも、ゆうあらしかもんじゃな(=二人とも働き者だのう)」
重太郎「太かけっちゃ、太あっちゃ(=太い尻だ、太い足だ)」
重左衛門「あ~、よかこつ、にょかこつ(=それがいいのだよ)」
セクハラ発言、きめえなあ。
修一郎・名古屋弁で「のこった、のこった。お~…! お~、それ、で~ん。負け!」
重太郎と相撲をしていた。
ふみ「相撲だば表でしておごやい(=表でしてください)。ほごりが立って嫌じゃがね」
修一郎「そうでやなも。坊ちゃん、相撲は、この辺でおきゃあすか。また今度、お相手するでよ」
重太郎「嫌じゃい!」修一郎を押して、屏風ごと倒した。
修一郎「あっ、痛! あ~!」屏風に穴が開く。「あっ、あ~! あ~、絵が破れちまったなも!」
重太郎「オイラ、知らんど」
光(みつ)の髪を整えていた加津・東京弁で「ふみさん、今の物音は全体、何事です?」
ふみ「坊ちゃまが広沢さんと相撲ば取って倒れたんだす。ほして、いが破げだんだず」
加津「胃が破けた!?」
ふみ「んでねえ! 『え』でなくて『い』だ。あれ、おがしいな。すんぺえすっことねえ。破げだなあ『い』だから。あれ?」
光・鹿児島弁で「重太郎!」フラッと倒れる。
加津「奥様! 奥様! ふみさん、お医者を呼んできさっしゃい」
ふみ「ほんでねえんだってば!」
加津「奥様、お気を確かに。奥様!」
ふすまの隙間から覗き見た清之輔はメモを取る。「奥羽出身者は『い』と『え』をはっきりと区別して発音する事ができない」
中庭を掃き掃除している太吉に重左衛門が話しかけた。「こら、太吉。えぎをみんな伐(き)れ(=老木(おいぎ)をみな伐れ)」
太吉・津軽弁で「あえ?」
重左衛門「えぎを伐れっち、言うちょっとじゃ」
太吉「えぎば伐れてか!?(=植木を伐れと?)」
重左衛門「そいじゃが」
太吉「ようごえすか?」
重左衛門「構わん。新しか木、植え替えっとじゃ」
太吉「はい。分がりすた」
重左衛門は刀を抜いて「チェスト!」
太吉はノコギリを持ってきて、植木を切り始める。
重左衛門「こら、太吉、何すっとじゃ!?」
太吉「何すっとって…あえ? わ、えぎ、伐てらね」
重左衛門「だいが、えぎを伐れちゅた?」
太吉「ご隠居様が、へえたもね!」
重左衛門「オイは『えぎを伐れ』って言うたとじゃ。『えぎを伐れ』とは言わんぞ」
太吉「あえ?」
重左衛門「あいは、えぎじゃ。こいは、えぎじゃなかど。あいも、えぎじゃ。そいどんから、こいは、えぎじゃなか」
太吉「はでな~?」
私の地元でも「はてな?」って言い方する~。
清之輔メモ「鹿児島出身の義父(ちち)は枯れ木、すなわち、おいぎの事を『えぎ』と発語した。鹿児島人は『おい』という音を『え』と発音する癖(へき)があるようであります」
文机に向かう修一郎。帳面には英文が書かれていた。「ゼア イズ ノット ア クラウド イン ザ スケエア。意味は…『空には一片の雲とて、ねえぞえも』」
ふみ「おやつだじょおん。なすのおやつだじょおん」
修一郎「なす? これは、なすじゃねえぜも。なしだなあ」
ふみ「んだったが!」
梨を食べる修一郎。「う~ん! あめえあくて、うめえあ、梨だなあも」
清之輔メモ「尾張名古屋の出身者は『スカイ』『甘い』『うまい』などの語に含まれる『あい』という音を『えあ~』と発音する癖がある」
修一郎「あ~、うめえあ!」
清之輔メモ「すなわち『すけえ~あ』『あめえ~あ』『うめえ~あ』というふうに。また奥羽出身者は『し』と『す』の区別ができもうさぬようでありますよ」
自室で寝っ転がって歌う弥平。「♬枝(えんだ)もナーエ 栄(さが)えるヨ
葉も茂(すげ)る」
公民「味濃い、お声どすな~。美(うつ)やかな節回しどすな~」
起き上がった弥平・遠野弁で「ありやすたりや。あさますう、のどこば聞かせてしまって。んで、何の用だべ?」
公民「へえ、退屈しのぎに町内ひと回り、ちょっと俥(くるま)に乗せやしとおくれやすな」
弥平「俥さ、乗さりてえとな?」
公民「へえ」
弥平「旦那様のお許しなしでは、は~、わがんねっちゃ(=駄目です)」
公民「清之輔はんには後で許しをもらいますさかい、頼んますがな」
門の前
公民「陰気どすな(=陰気ですな)」
弥平「エンキ?(=延期?) はいはい、やめっぺ」
公民「ああ、あの~、陰気、言いましたんは…」
弥平「やっぱす延期で? ほだらば、まだ、えづか」人力車をしまう。
公民「ああ…フン! こんじょわる!」
清之輔メモ「奥羽地方の人間は『い』と『え』とを区別して発音することができゃせんばかりか聞き手に回っても『い』と『え』をはっきり聞き分ける力が欠けちょるようであります」
光、加津の前でたね、ちよ、ふみが頭を下げている。
たね・東京弁で「まあ、ぶきっちょな田舎者ばっかりでもって買(け)え物一つ満足にできねえなんて面目しだいもございません。今後は一層、気ぃ入れて、このいれあわせ、いたしますので何とぞ、ご勘弁くださいませ」
加津「奥様、私からもおわび申し上げます。どうぞ、お許しあそばして…」
光「よしどんな(=いいですよ)。そやどん、こいからは、こげんこつがなかごとしっせ(=でもこれからは、このようなことがないよう)気をつけてやったもんせ。どうか頼んもんでな(=気をつけてください。どうぞ頼みますよ)」
清之輔「お茶を飲ませ。のどが渇いておられん」
ちよ「へえ、ただいま、ただいま」
たね「ええから、ええから」
清之輔「うん? どうしたんじゃろうかえ? 皆、浮かん顔しちょるが」
光「はあ…公民どんが色紙に和歌を書きもんそち言われもしたと(=書こうとおっしゃられた)」
清之輔「ほう! 公民殿が色紙に和歌を書くとな」
光「はい」
清之輔「どうでも書いてもらうがええ。よっ!」光のそばに座る。「裏辻芝亭家は代々、書と和歌と国学とをもって天子様にお仕えしとる、お家じゃからの。けんご立派な(=きっと立派な)色紙を書いてくれるはずじゃ。その色紙は南郷家の家宝になるでありましょう」
光「とこいが、そん…」
加津「とんだ手違いが出来(しゅったい)いたしまして。色紙が火消し壺に化けてしまったのでございます」
清之輔「色紙が火消しに化けた?」
加津「はい。奥様から『色紙を買い求めるように』と命ぜられまして、私、おたねさんにこう申したんでございます。『おたねさん。誰か手すきの者に色紙を買いにやって下さい』と」
お茶を運んできたたね。「そこで私はね、この2人に『表通りまで、ひとっ走りして、ひきし買ってきな』と、こう申しました…」
たねからお盆を受け取った加津がお茶を出す。「お分かりでございましょうか? おたねさんの所で『しきし』が『ひきし』に変わってしまったのでございます」
たね「とんだ、まあ、のろさくなことで…」
ちよ「あの、おたねさんに言いつかって、アッチとおふみちゃんは口で『ひきし、ひきし』と唱えながら表通りへ走ってったんですよ。そのうちに『ひきし』が『ひけし』に変わっちまった…」
ふみ「堪忍しておごやえ」頭を下げる。
膝を打つ清之輔。「面白い! フフフフ…公民殿が東京下町言葉は『し』の音を『ひ』と訛ると言うておいでじゃったが、まさにそのとおりでありますぞ。へえたら、奥羽地方の出身者は『き』の音と『け』の音との区別も曖昧じゃ。けっちゃく、東京下町言葉と奥羽訛りとが『色紙』を『火消し』に化けさせたのじゃ。面白い。面白い!」
清之輔がその場でメモを取る。
東京下町言葉ハ「シ」
音ヲ「ヒ」と發音スル。
コレニ對シ奥羽地方
テハ「キ」の音ヲ「ケ」ト
發音スル場合カ有ル
夜、外で犬の鳴き声がする中、書き物をしている清之輔。「秋田犬は秋田訛りで土佐犬は土佐訛りでほえるちゅうことがあるんじゃろうか? うんにゃ、犬じゃ言葉は、ないんじゃから、お国訛りちゅうもんもないんじゃろうのう」
公民「あんなへえ、清之輔はん、何ブツブツお言いのどすか?」
清之輔「こりゃしもうた。起こしてしまいましたかのう? じゃが、喜んで下され、公民殿。ワシャ、ついに答えを得ましたんでのんた」
公民「答え?」隣の部屋で寝ていたが、戸を開けて、清之輔の顔を見る。
清之輔「『全国統一話し言葉』は、どぎゃあしたらできるかっちゅう難問、ただいま、答えを出したのでありますよ。あなたは、きょうあさ『お国言葉の実態を観察するのが何よりも大切』と忠告して下さいましたがのう」
公民「へえ、へえ」
清之輔「じゃから、今日は一日中、この家の者どものお国訛りを観察したのでありました。そして、ワシャ、答えを得た。かたじけない。ワシャ、あなたの忠告に感謝いたさねばならんと思っちょる」
公民「いや~、お役に立てて、ワテもうれしゅうおわす。ただボ~ッとしてるだけでは、ただの居候ちゅう事になりますさかいな~」
清之輔「居候じゃなどと思いもせぬ。あなたはワシの大事な家庭教授でありますのんた」
公民「おおきに。ほいでにその答えちゅうのを詳しゅう聞きとうおますな」
清之輔「おお、聞いておくれですか」
公民「祝杯を挙げながら一つ聞かせておくれやさしまへんか」
清之輔「ほんなら、茶の間へおいでますか」
公民「へいへい。今夜はひとつ飲み明かしまひょか」
清之輔を行灯を持って廊下を先導する。「観察によって判明したんは各人が勝手次第に声を発しちょるちゅう事でありましたぞ」
公民「う~ん、おもろい着眼どすな」
清之輔「奥羽地方の出身者にこの傾向が特に著しいのでありますよ。どこのお国訛りも5個の母音を持っちょる」
公民「『あ』『い』『う』『え』『お』この5つでおますな」自室から顔を見せた加津にお酒の準備をするようジェスチャーする。
茶の間
清之輔「ところで奥羽の人は『い』と『え』を同じ音と思っちょる。したがって、奥羽人には母音は4個しか存在しませんのじゃ。すなわち『あ』『う』『お』それに『い』と『え』をごっちゃにしたものが1個で都合、4個でありますな」
公民「鋭い観察眼どす。ほんに鋭いな~」
清之輔「子音になると更によっぽど大変じゃ。例えば、奥羽人は『十五夜』を『ず~ごや』っちゅう。『人力車』を『ずんりきしゃ』っちゅう。奥羽人には『じゅ』『じ』も『ず』っちゅう音、1個で間に合わせちょるわけでありますよ」
公民「おとろしいほどの怠け者どすな」
清之輔「また例えば奥羽人は鼻にかかった音をよう出しますな。『窓』を『まんど』と言い『子供』を『こんども』と鼻にかける。そこでワシャ、これらはすべて北国の寒さのせいじゃなあきゃとにらんじょるんでありますよ」
公民「『寒さのせい』言わはりますと?」
清之輔「寒さのせいで奥羽人の口は、よう動かんのでありますよ。寒さのせいで口を動かすのが大儀になるのでありましょうな。そこで5個あるべき母音を4個でごまかすわけでありますな。うん。『じゅ』と『じ』と『ず』の3個の音を『ず』の音、1個で間に合わせてしまうわけでありますな。口を開けると寒いかい、鼻から声を出してズルをするわけでありますな」
清之輔と公民が向き合って話してる間に女たちが部屋全体の明かりをつけたり、酒の準備をする。重左衛門、光、重太郎も部屋に入って来た。
公民「冬、おこたで絵本を見とる時、寒いさけ、おこたから手、出しとうない。ほやさかい、口で絵本めくる。あれと同じことどすな」
清之輔「は~! ワシの結論は…あっ、皆の者もよう聞いちょってほしいんじゃが『全国の人々が赤ん坊のように素直に『あいうえお』を発音すれば、お国訛りなどは、じねんに消滅する』と、ワシャ、こういう結果を出したんじゃ。また、こうも思っちょる。『全国の人々が『かきくけこ』以下の子音をはっきりに正しゅうに発音するなら、お国訛りなどは、すぐにも、のうなってしまうじゃろう』とな。けっちゃく、お国訛りちゅう代物は間違(まちご)うた発音に由来する鬼っ子のようなもんじゃありゃすまいか」
公民「お疲れさんどしたな~。そやけど、まあ、どえらい理屈をお考えにならはりましたな~。あんたさん、国学者や、いや、それ以上や。明治の本居宣長先生や!」清之輔に酒を注ぐ。
清之輔「あっ…ああ…あ~、男しに、おなごし、こげいな夜更けにたたき起こしてしもて、ホンマにすまんだった。ちい興奮して、どす声、上げてしもた(=大声をあげてしまった)。その罪滅ぼしじゃ。存分に酒をやってくれさんせ」
重左衛門「いや、めでたか、婿どん。びんたんがよかど(=頭がよいぞ)、清之輔」
清之輔「こりゃ、どうも」
重左衛門「いや~、こげん、よか、おてすさあ持って(=こんな良い亭主をもって)、光は果報者じゃ。おてすさあ、出世すんど。おい、酌せんか」
光「はい。まあ…おやっとさあで、おさいじゃんした(=ご苦労さまでした)」
清之輔「うん」
光「アタイにも、ちょ、お頼んせ(=私にも盃をください)」
清之輔「うん!」
重左衛門「公民どん、オマンさ、ほんなこて、おやっとさあでごわした」
公民「おおきに」
重左衛門「悲しかこつ」
公民「悲しい?」
重左衛門「がっつい悲しか」
公民「こら、けったいなこっちゃな。息子はんは『全国統一話し言葉』いうのに見通しをつけはらはったんどっせ。お役目を見事に全うなさったんどすえ。こがな、うれこい事がおますやろか」
重左衛門「そんから悲しか。清之輔は、お役目をでかした。ちゅうこつは、お前さんのこの仕事も終わったはずじゃ。明日の朝は何時ごろ、おたちでごわすか?」
公民「きつい事、言わはる。すかんたこ!」
ちよ「ご隠居様が公民様に嫌みを言ってなさるよ」
たね「あのぐらい言われて当たりきよ。まあ、あの公家が来てから、ここは下手な料理茶屋みてえなもんだわな。ぜんてえ、大体、酒飲みって者はね、人(しと)様への思いやりがまるでねえもんだ。よそ様の奉公人、捕まえて、オノが飼ってる犬ころみてえに思って好き三昧言ってよ。そいで夜中までベンベンと飲んでらあな。朝んなりゃ、やれ『二日酔いだ、頭痛だ』とぬかして薬飲んだり、水雑炊食ったりて、うんうん、言ってら…それでいて遅くまで起きてた奉公人への思いやりは、ハハ、まるでなしだ…とまあ、たんか切ったものの、あの、お公家さん、何か憎めないとこあるね」
ちよ「そうなんだよね。思いやりがないって言うけどさ、腰は低いよ」
誰かがくしゃみしている。
たね「そうそう。話は面白いしね」
ちよ「根は、ごく人がいいよ」
ふみ「誰か、あくしょ、しながったべか?」
ちよ「何だって?」
ふみ「あくしょ」
ちよ「くしゃみの事かい?」
ふみ「んだ」
たね「耳のせいだよ」
ふみ「確かに聞きえだような気がすっけんどもな~」
たね「空耳だよ」
ふみ「んだべがな」
公民「実験どすがな。実験。清之輔はんは正しい発音によって、お国訛りは自然に消滅する。正しい発音によって『全国統一話し言葉』は、ひとりでに現れてくるとこないに言いはった。それやったら、その御説(おせつ)をここにいやはる皆さんで実地に確かめはったら、ええ。皆さんに正しい発音のしかたを教えはったら、ええのんや。ほいで皆さんのお国訛りが直ったところで、それを証拠に添えて、御説をお上に提出したらよろしい」
清之輔「いかにも」
公民「それやったら、お上も、さだめし、お喜びにならはりますやろ」
清之輔「さすがはワシの家庭教授だけのことは、ありますのんた。へいたら、その正しい発音のしかたじゃが、どないな方法がありましょうかの?」
公民「う~ん、そうどすな~。弥平はん」
弥平「えっ?」
公民「ちょっと立ってんか」
弥平「えっ?」
公民「お立ちいな」
弥平「へえ」立ち上がる。
公民も立ち上がる。「『あいうえお』を言いなはい」
弥平「『あ、い、う、い、う』」
公民「か~、この全体にぼ~っとした音どすな。よろしか? 弥平はん、ワテのをよう見とみ」口を大きく開ける。「『あ、い、う、え、お』。ほな、弥平はん、しとうみ」
弥平も口を大きく開ける。「『あ、い、う、え、お』」
公民「ちょっとは、はっきりしてきたのやおへんか」
清之輔「うん。ええあんばいの音じゃった。今度は、みんなでやってみようかのう。ええか? 3、4…」
⚟ふみ「きゃ~!」
清之輔「いかに何でも『きゃ~』は、ちいと大ぎょうじゃのう。『あいうえお』がどうすりゃ『きゃ~』になるちゅうんじゃ?」
かまどの前にいるふみ。「こん中で誰かが『あくしょ』つった。オラ、確かに聞いだじょおん」
たね「グズグズ言ってないで、さっさと開けてみな!」
ちよ「本当にさ。モモンガでも居るってのかい?」
戸棚を開けると中におひつを抱えた男がいた。悲鳴を上げ、逃げるふみたち。
男が出てきて会津弁で「命が惜しければじっとしてろ」と話し始める。ここ、会津弁の字幕はなく、訳された字幕だけ。
弥平・遠野弁で「何んですか? お前は顎に飯粒をつけて」ここも訳された字幕だけ。「何かっこつけでえんのだ。(ここも訳された字幕だけ)それで何の用だ?」
会津弁の男「やかましい! にっしゃ、何、ヘラヘラ、ヘラついでんだ」
弥平「ヘラヘラ? (訳された字幕)何のことやらわかりません」
会津弁の男「やい!」包丁をつきだす。「(訳された字幕)俺は洒落でこんな包丁を持っているのでないぞ!」
弥平「押す込み」
修一郎「ぬすと」
太吉「ぬしと」
清之輔「ぬひと」
公民「ぬしとさん」
重左衛門「ぬすぞ」
たね・ちよ「ぬすっと」
ふみ「ぬすびど」
加津「ぬすびと」
重太郎「バカたん!」
光「強盗ともいいもす」
会津弁の男「あ、ん。俺が何者だか、やっとこすっとこ分かったようだな。聞けば、ここんとこは、あらぐ偉(えれ)い官員様のお屋敷(=偉い官員様の屋敷)だっつうでねえか。じぇねこねえとは言わせねえぞ。じぇねこえっが。じぇねこけろ。じぇねこあっとこさ連れていけ。じぇねこくんにえか」
弥平「およばね(=かなわない)。お国訛りがあんます、げえだ(=下品だ)。あんます、そったなお国訛りで(=妙な訛りで)、オラ、わんずかも分がんね」
会津弁の男「にっしゃ、だんじゃ?」
弥平「へえ?」
会津弁の男「へえで、ねえ! えまっと話の分かる、やれは、えねえのが?(=もう少し話の分かる男はいないのか) じぇねこ、くんにえかっつってんのに! この~!」舌打ちし「ごせっ腹のやげる、やれだ(=腹の立つ男だ)」
弥平「よ…よっさりと語ってみろて。くづびら、おっぴらに開げで…こったに、おっぴらに開げで『あ、い、う、え、お』」
会津弁の男「あだげんな! (訳された字幕)不調法すると命を落とすぞ! じぇにこ、よこせ。オラに銭こ、あんずけろ」舌打ちする。「じぇねこだっつうに! 分がんねがな!」地団駄踏む。
加津「『じぇねこ』とおっしゃいましたが、もしや、この事ではございませぬか?」指でOKマークを出す。
会津弁の男「んだとも」
加津「そうだろうと思いました。ぬすびとが欲しがるものは何よりもこれでございますからね」
会津弁の男「いや、かしけえ、あねっちゃえで、えがった。これ、けろ」
加津「承知いたしました。これは差し上げます。(光に)奥様! それであなたのご出身は、どちらでございましょうか?」
会津弁の男「何だと?」
加津「お生まれは、どちら?」
ふみ「生まれ在所」
太吉「せんごうは、どこであた?」
加津「エアアヅ?」
清之輔「『えあ~』と妙なあんばいに音を引っ張っちょるところは、広沢、お主の訛りと、よう似とるがのう」
修一郎「ほんじゃ、尾張のどっかの出きゃあも?」
会津弁の男「尾張? んでね。尾張なんぞは、あかんぺろりじゃい!(=冗談じゃない!)」
光「お待っとさあでございもした。10円しか持っておいもはんど。少のうせ悪うごわんぞ」財布を持ってきた。
加津「これで穏やかにお引き取り下さいまし」財布を受け取り、渡す。
男は頭を下げ、出ていこうとしたが振り返る。「オラ、尾張でねえぞ。会津(えああづ)だ!」突然歌い出す。「♬エイヤ 会津(えああづ)磐梯山は 宝(たがら)の コリャ 山ヨ…の会津(えああづ)だ! あてずっぽ言うんでねえぞ!」
勢いよく扉を開けて出ていった。
ちよ「あ、い、う、え、お椀。あ、い、う、え、お皿。あ、い、う、え、お箸」皿を洗いながら、あいうえおの練習。
太吉「や、い、ゆ、え、よっこらしょ!」薪割り。
弥平「あ、い、う、え、あおよ。だ、ぢ、づ、で、ど~、ど~、ど~」人力車を磨いている。
ちよ「あ、い、う、え、お」
ふみ「弥平さ、さっきから『あおよ~、ど~ど~ど~』ばっかしだじょおん」
ちよ「弥平さんはね、生まれ在所の遠野で馬方してたんだってさ。この話、まだ、してなかったっけ?」
ふみ「はづみんみだ」
ちよ「『あお』ってのは、弥平さんがその時分にかわいがってた馬の名前だって」
ふみ「そのどどんまの事ば思い出してえんのだな」
ちよ「弥平さんには今、人力車が、そのあおに見えてるんじゃないのかい」
ふみ「どどんまさ会いに遠野じゅうとこさ帰(けえ)ればええのに」
ちよ「帰りたくない訳があるらしいね。おかみさんがね、弥平さんの親方のレコになっちまったんだってさ」小指を立てる。「あ…そんなとこ誰だって帰りたくないわさ」
ふみ「レコ?」
ちよ「お囲い者のことさ」
ふみ「ふ~ん。太吉さ行き倒れで弥平さ世捨て人があ」
ちよ「おたねさんは、えんぺんなしの独りぼっち。このアッチは道楽者のお父(と)っつぁんの飲み代(しろ)稼ぎに9つん時から、おさん奉公(=女中奉公)。はあ…世の中っていうのは、これでなかなか容易なこっちゃねえよね。だ、ぢ、づ、で、どっこいしょ!」洗い終えた皿を入れた桶を持ち上げる。「でもさ、気の毒を絵に描いたようなのが、お加津様だよ」
ふみ「つうど?」
ちよ「ご瓦解めえは七百石(ななしゃっこく)のお旗本の奥方様」
ふみ「あや~!」
ちよ「ところが御主人様は上野のお山に彰義隊と一緒に立てこもるって、お屋敷をお出になって、それっきり行方(ゆくかた)知れずさ」
ふみ「ほしたり…(=まあ!)」
ちよ「はやり病(やめえ)で坊ちゃまを亡くし、昔の奉公人の口車に乗せられて身上もなくしで気の毒続きだわさ。おまけに女中頭で来てみれば、ここは昔、自分が住んでいた、お屋敷」
ふみ「えだみたごんだな…(=お気の毒な)。オラ、胸こ、つかがる…(=胸がふさがる)」
ちよ「皮肉な巡り合わせもあればあるもんだよね」
ちよの持っていた桶に重太郎が矢を放った。「あ、い、う、え、大当たり!」
ちよ「か、き、く、け、こら!」
台所
たね「『あいうえお、あいうえお』か。いや、どうにも吉原思い出しちまうね」
加津「吉原? おたねさんは吉原をご存じでございましたか」
たね「3年べえ、おりましたのさ。まあ、といっても、この顔の造作(ぞうさく)が造作だから、とってもこりゃ花魁には、なれっこありませんで。ある見世(みせ)でね、おまんま炊いてました」
加津「それでその吉原でもお国訛りを直しますのか?」
たね「へえ、花魁の卵たちには『あいうえお』やら『いろはにほへと』やら『あめ、つち、ほしぞら』やってね、これ、きつ~く仕込みますのさ。それで、今度は、その訛りをまっつぐにしといて、そして『ありんす言葉』をたたき込む。まあ、みんな、もう泣く泣く口、動かしてましたっけ。ハハ、そんなこと思い出しました」
加津「飲み込めましたよ。『訛りは国の手形』。そういうしつけをして、それぞれの生国を分からなくしてしまうわけですね」
たね「はいさ、そうでありんす」
ちよ「ワッチには、さっぱり分かんない」
たね「ここにきれいな花魁がいたとすらあ。なっ。黙って座ってりゃ花みてえだが、だが、何つったって客商売(しょうべえ)だ。なあ、一晩中、黙っているわけにはいかねえ。そこでこのきれいな花魁が…おふみちゃんには悪(わり)いけどよ、例えばの話よ。『まんずぁ今晩、泊まっててけろっちゃ』とこう言ったとすら。なあ。そりゃ、お客はがっかりだ。百年(しゃくねん)の恋もいっぺんに覚めちまうわ」
ふみ「ほだべがな~」
たね「いや…そのめえによ、なあ、花魁の言葉がお客には通じねえってわけよ。だから、訛りを直して、まっつぐにしといて、そうして、この『ありんす言葉』をたたき込むと。こういうわけなんだよ」
ちよ「『下町言葉』も直されちまうのかい?」
たね「はいさ。まあ、吉原じゃ、どんな訛りだって、もう通じねえのよ。殊に下町の訛りってものはな、何つったって、そそっ早くて『ワッチ』だとか『あっちゃ』だとか『まっつぐ』だとか、こう、詰めて言うだろう? 吉原じゃね、こういう言葉は一番の下(げ)の下さ。だって、下手すりゃ、お客がびっくりして帰ってちまうがな」笑う。
先日、会津弁の男が潜んでいた戸棚を開けた加津。「戸棚の奥にこんな物が転がってましたよ」紫の布にくるまれた長方形の物。
ふみ「ゆんべな、ぬすびどでねえべが。そいつ、おどすてえったな」
ちよ「ゆんべのぬすっと?」
ふみ「ほだて、あのぬすびと、こごさ、かがんでえだったもな」
ちよ「そりゃ大ありだね」
加津が包みを広げると、手紙が入っていた。「書簡袋に…あっ、お札でございますよ。まあ、20両! いえ、20円という大金!」
たね「こりゃまた、すっとこどっこいなぬすっとだね。10円とって20円置き忘れていきゃ、ハハ、世話ねえや」
ちよ「ハハッ、こういうぬすっとなら毎晩でもうれしいね!」
加津「『青森県管轄 北郡 第六大区 第二小区 田村常右衛門(たむらつねえもん)様』」封筒をひっくり返す。「『東京にて 若林虎三郎』」
たね「お加津さん、その中には何が書いてあるんでござんしょうね? まあ、おふみちゃんは、ともかく、おちよもアッチも読まんどし書かんどしで(=読み書きできない)読んでおくんなさいまし」
加津「旦那様にお渡し申す前は余計な詮索は、しないというのが筋。でも、夕方までは、とても待ちきれませぬものね」書簡を広げる。「『一筆啓上奉り候。久しくご機嫌伺い奉らず候処、梅雨と相なり候へども、皆様には、いかがお過ごし参らせ候や大いに案じおり奉り候。私、虎三郎、6年前にお城より落ちのびて以来、会津若松在の津川村に引きこもり、晴耕雨読の毎日を過ごしおり候処、この5月、我ら藩士の魂のよりどころとも申すべき鶴ヶ城は新政府の命により天守閣をはじめ、全城、取り壊しと決まり申し候。鶴ヶ城なき会津若松は、もはや会津若松とは申さるまじく、そのような所に住まいいたしても何の張り合いもあるまじと思い定め、5月中旬、東京へ出て参り候。さて、青森県斗南(となみ)の地へお引き移りあそばされ候、皆様のご苦労の程は風の噂に会津若松へも、また、ここ東京へも伝わり申し候。その噂によれば斗南の地には一年中、強風の吹き荒れて、加えて、水の便は甚だ悪(あ)しく』…」
読み手が清之輔に変わる。「『前代未聞の不毛の地として、昔より何人(なにびと)も顧みる事のなき瘦せ地に候とか。また、土地の人々とは言葉、全く通ぜざる事あり、難儀の段、この上なしとも聞き及びおり候。移住せし家中(かちゅう)には病死する者、相次ぎ、残されし未亡人、あるいは子女の中には『暮らしの糧に体は売ります。けれど魂までは売りませぬ』と忍び泣きつつ、土地の商人相手に妾商売を始める者多しと、これまた風の噂の申すところにて候。書簡袋に同封の金員(きんえん)は斗南の地にてご苦労申さるる家中の皆様へのささやかなる義えん金にて候。すべて我らが、きゅう敵、薩摩および長州出身の官員より強奪いたし金員なれど』…」奉公人も集められ、全員で聞いている。
虎三郎「何の遠慮もあるまじく候間。伯父上の御裁量のままに暮らしの立ち行き難き家中へ、ご分配下さらば、うれしく存じ奉り候。なお、虎三郎は、これからもせいぜい金員強奪に励む所存に候わば、何とぞご機嫌よく送金をお待ち下されたく願い上げ候。月に一度は、きっとご送金申し上げる所存に御座候。万が一、送金の途絶えたる時は『虎三郎は捕らわれたか、今ごろは首斬り役人に首を斬り落とされてでもいるか』とお笑い下されたく、この段、願い上げ奉り候。以上。六月六日、若林虎三郎、九拝。伯父上様、皆々様、御同覧」
重太郎「(鹿児島弁で)食べ終わった。こいは、うまかと?」
光「せからしかこつ(=騒々しいこと)。そろりと、しやはんか(=静かにしなさい)。そいなら、召し上がったもんせ」
一同「いただきます」
清之輔「さあ、どうかの? この手紙と金、どげえしたら、ええかの?」
公民「へえ。ささでも買(こ)うて、ぱ~っと、あばたえまひょ」
清之輔「アバタエマヒョ?」
公民「へえ。お陽気さんに浮かれるのんどすがな」
清之輔「手紙の始末は、どげんするんでありますか?」
公民「へえ、襖の下張りに重宝でおすな」
清之輔「ぬひとの上前、はねようちゅうのは、ちいと、あこぎじゃの」
修一郎「ほいじゃなも、封をして、切手貼って郵便箱に入れるのは、どうでやも?」
弥平「そりゃ、ようがんす。そうすてがんしぇ(=そうしてください)。そうすてげえじゃ。そうすてげでげで、げでげでじゃ」
太吉「青森の斗南は寒(さん)みはんで困ったもんだ。春は来れども雪は消えねあ。したばて、4月になったら雪は消える。5月になったら花咲く」
清之輔「ほほう! 修一郎も弥平も太吉も皆、口の形がはっきりしてきちょったの。もうしばらく練習を積んで、より一層、口の形がはっきりするようになりゃ、やがて訛りものうなるでのんた。励むがよかじゃ」
修一郎「ほりゃまあ、よう言ってちょうた。おおきに」
弥平「なんたんかしてえ、やっとすてもりだます(=なんとか、やり通したいです)」
太吉「何もかんも旦那さあさ、任へる」
笑顔でうなずく清之輔。「この手紙はワシが出してやろうかの」
重左衛門「うんにゃ。うんにゃ、清之輔。よう考えてみい(=よく考えてみろ)。えては、ぬすっとじゃ(=相手は盗人だ)。そんやつは強盗じゃ。そいも薩摩をかたき呼ばした太かわろじゃ(=仇よばわりしている太い奴だ)。情けをかくことは、なかぞ。巡査に届けんのが、ねっきい、でっなこっじゃ(=根本的に大事だ)」
清之輔「へいでものんた。何とのう、いたしくてのんた」
雷鳴
ほっかむりをした会津弁の男が再び現れた。「えのち、えだましければ、きっとしてろ! オレは、ゆんべの『会津(えああづ)磐梯山』の、あの…!」ほっかむりを取る。
加津「若林虎三郎殿でございますね」
虎三郎「何だ、何だ、何だ? そのちら! オレは、にすとだぞ。にすとさ向がって笑ってええど思ってえんのが!? あれえすぐなえ、あねさだな。そだのあっかい? おもしゃぐないな、オレは!」
たね「そんな突っ張らかってねえでよ、ほら、座ったらどうだい」
加津「そうでございますよ。虎三郎殿、こちらで旦那様にごあいさつあそばし」
虎三郎「オレのなめえ、知ってえっどこ見っと、あの手紙読んだな。返せ、あれ! じぇねこも返せ! オラ、そのためにまだ出はって来たんだからな。今夜は、もののつえでにこごの家さある、じぇねこを洗えざらえ、もらってえぐからな。そう思え!」刀を抜く。「あっ、痛(いて)え!」
重太郎が弓を引く。
虎三郎「うわ~、痛え、痛え、痛え! 痛てて…!」お尻に矢がささって暴れ回る。
重太郎「バカたん!」
虎三郎「痛え、痛てて、痛え、痛え…」倒れたところ、太吉が体を抑える。
弥平「こらてけろ。こらえてけろ…」矢を引き抜いた。
虎三郎「あ~!」
<若林虎三郎さあは、けつぺたさ全治半日間のケガばすて寝づいでしまたのす。こんげなわけで、お屋敷(やすぎ)さ、また一つ、お国訛りが増えることになったんだじょおん。おどちゃとかがちゃ、また書くからねし。ほんだらば、まんず>
第二回(終)
佐藤慶さん、さすが! 泥に汚れた顔は「天城越え」を思い出したよ。
あの役はほとんどセリフがなかったけど。
私も奥羽人てことになるのかな? 最近聞いても話してもない言い回しが聞けて懐かしかった。何とも居心地の悪いさまを”えづい”とか”いづい”とか言うのが、「い」と「え」の区別がつかないってことかな。確かに「い」と「え」の間くらいの音かもしれない。子供の頃よく使ってた方言もだんだん使わなくなると、どういう使い方してたか忘れてしまう。
それにしても今回、訳された字幕は出てるのに、訛りの字幕が出てないシーンが所々あったのが不満。ま、方言を文字にするのは難しいのは分かってますが、それでもねえ。

