NHK 1987年4月16日(木)
あらすじ
泰輔(川谷拓三)と道郎(石田登星)が蝶子(古村比呂)を心配して、様子を伺いに来る。泰輔は、俊道(佐藤慶)に謝ろうかと言うが、蝶子と道郎は止める。俊道は、みさ(由紀さおり)に、泰輔のことについて不満を述べる。みさは泰輔のことをかばうが俊道は聞き入れない。それどころか、蝶子が歌手になりたいと言い出したのは、みさが子供の頃から教会に連れていって、賛美歌とかを唄わせていたからだろう、とみさを責める。
2025.4.3 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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北山蝶子:古村比呂…字幕黄色
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北山みさ:由紀さおり
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北山道郎:石田登星
山本たみ:立原ちえみ
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牧師:新井量大
オルガン奏者:斉藤恵
マスター:ジョー・グレイス
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鳳プロ
劇団いろは
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北山俊道:佐藤慶
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野々村泰輔:川谷拓三
蝶子の部屋を道郎と泰輔が訪れた。
蝶子「なしたの?」
泰輔「チョッちゃん、ごめん!」手をついて頭を下げる。
蝶子「え?」
道郎「お前が音楽志してることは知ってるわ。高女の先生が見えた時、聞いたんだ」
蝶子「そうかい」
道郎「お前、父さんに反対されたんでないのか? したから、お前と父さんの様子がおかしかったんでないのか?」
うなずく蝶子。
道郎「やっぱり…」
蝶子「『東京の音楽学校行きたいって言ったけど、反対されたんだ』」
泰輔「そこに私がチョッちゃんを東京に誘うようなことを言ってしまったわけだ」
道郎「はい」
泰輔「それで義兄(にい)さんは怒った?」
道郎「…と思います」
泰輔「何も知らないからさぁ。知ってたらそんな火に油を注ぐようなこと言わないよ」
蝶子「済んだこと、しかたないっしょ、叔父さん」
うなずく泰輔。「俺、義兄さんに謝ってくる」立ち上がろうとする。
道郎「今、よした方がいいですよ」
泰輔「そう?」
道郎「はい。ね?」
蝶子「うん」
泰輔「そ、そうね。今は行かない方がいいよね。うん」
3人でうなだれる。
夫婦の部屋
俊道「お前の弟は一体何だ?」
みさ「泰輔のことでしょうか?」
俊道「ほかに弟いるんか?」
みさ「いませんけど」
俊道「それぐらい分かってるわ。蝶子に『東京さ、来い』などとは何事だと言ってるんだ」
みさ「はあ…」
俊道「よくもまあ、ああいうことを」
みさ「すいません」
俊道「大体、泰輔という男をワシは…あんなうさんくさい人間は…」
ちょっとにらみつけるような目線のみさ。
俊道「大体、あいつの仕事は何なんだ? ん? かつては『相場をやってる』と言った。その次は『仲買をやってる』と言った。活動写真館も持ってると。今回は何だ。『石炭を探す』というんでないか。何なんだ、一体?」
みさ「さあ…」
俊道「考えることないわ。考えても分かるわけないべさ。あやふやで…怪しげで捕らえどころないっしょ! 婦人秘書だ? 通訳婦人だ? 何がドレスメーカーだ。蝶子のことに他人が口出しすることないんだわ。弟は、いつまでうちにいる気だ?」
みさ「あなた」
俊道「何だ?」
みさ「泰輔は、なんも悪気があって、蝶ちゃんを東京へ誘ったんでないと思いますよ」
俊道「かばうんか」
みさ「ちっちゃい時から、あの子、学校の出来がよくなくて、父には叱られ、兄たちには、いじめられておりました」
俊道「兄さんの気持ち、よ~く分かるわ」
みさ「13歳の時に家を出てから、一度も実家に帰っておりません。『帰る家がない』って本人、言ってます」
俊道「当たり前だべ」
みさ「兄たちは弟がいること忘れてます。そんな泰輔が私ば『ただ一人の身寄りだ』っちゅうんです。したから、あなたのことも身寄りだと思ってるんです。あの子のこと、嫌いでもかまわないけど、私の前で悪く言わんでください。あの子は、あの子なりに気ぃ遣ってるんです。そう見えんかったり、ギクシャクしたりするんは、あの子が不器用だからでしょう。したけど…気持ちは、まっすぐな弟です」
いくら伴侶でも相手の親や兄弟の悪口言うのはダメよね。
蝶子の部屋
3人それぞれスルメをかじっている。
泰輔「音楽はやっぱり東京だな」
蝶子「やっぱり?」
泰輔「うん。いや、うちの活動写真館に来てる楽士たちの話、聞いてると、やっぱり音楽学校出てる人は、うまいんだって」
道郎「厳しい世界なんだべな~」
泰輔「いやいや、楽器の方ならともかく流行歌の道は、そうでもないんじゃないの?」
蝶子「叔父さん、私、流行歌でなく」
泰輔「あれ? 歌じゃなかった?」
蝶子「いや、歌だけど」
泰輔「でしょ? だったら、大丈夫、大丈夫。楽器弾くのと違って声さえ出りゃいいんだから。ほら、藤原義江とか田谷力三、見なよ。男のくせにワーワー騒がれてんだから。チョッちゃんが…チョッちゃんが歌い手になったら、そりゃもう大変だよ」
蝶子「ウフフフッ」
田谷力三といやぁ、この歌だな。古い歌なのに度々、映画やドラマの劇中で歌われてる。
道郎「そういうふうにもてはやされるようになる人間は、ほんの一部ですよ、叔父さん」
泰輔「あ、そうかね」
道郎「一部っていうより、もっと厳しいかもしれない。それでも、お前、やる気あるんか?」
蝶子「…う~ん」
道郎「音楽学校、音楽学校っていうけど、東京の何ていう音楽学校行くつもりだ?」
蝶子「いくつもあるんかい?」
道郎「ああ」
蝶子「上野音楽学校なら知ってる」
泰輔「そこがいい、そこがいい! 上野なら僕のいる千駄木からすぐだ」
蝶子「あ、そう!」
泰輔「うん」
蝶子「上野に決めた!」
道郎「したけど、上野は簡単には入れないぞ。数ある学校ん中で一番難しいだろう。東京で一番難しいっていうことは、日本一、難しいっちゅうことだ」
2人に背を向け、文机に頬杖をつく蝶子。
泰輔「けど、チョッちゃんには音楽、似合うな。似合えば、いいってもんじゃないけど、厳しくてもチョッちゃんなら乗り越えられる」
蝶子「う~ん」
たみが部屋に入って来た。
蝶子「食べるかい?」
たみ「はい!」
泰輔「たみちゃん、湯たんぽいつもありがとう」
たみ「おじさんの布団の中には、もう入れといたから」
泰輔「ありがとう」
蝶子に湯たんぽを持ってきたのね。
蝶子「はい、むしってむしって!」
たみ「いただきま~す」
夫婦の部屋
みさが湯たんぽを布団にセットして、足元に置いて、ポジションを探る。あれは自分の布団じゃなくて、俊道の布団?
俊道が戸を開けた。「何してるんだ?」
みさ「なんも」
俊道「風呂に入るぞ」
みさ「あ、はい」
みさが俊道に着替えを渡して、隣の部屋へ移動。
俊道「蝶子がなして音楽と言いだしたか考えてみたわ」
みさ「はあ?」
俊道「なして歌うたいなどと言いだしたんか」
みさ「はい」
俊道「お前のせいだ。蝶子がちっちゃい時から、お前が教会さ連れてって、賛美歌とか歌わせていたっしょ。そのせいだべや」
みさ「そうでしょうか?」
俊道「そうだべ。思い当たるんでないか?」
みさ「したら、あなたも…あなた、尺八吹いてらっしゃいました。お謡(うたい)もなさいます。そういうもんも音楽でしょ? 蝶子は、あなたのそういう姿見て育ちましたよ」
俊道「讃美歌のせいだ」
みさ「したけど…」
俊道「お前がちゃんとしていないから蝶子は歌などと…私に口答えまでする女になった! 大体、母親の教育が…」
みさ「私のですか?」
俊道「高女に入れて、口だけ達者になった」
みさ「『高女に行け』って勧めたの、あなたでしたわ」
俊道「神谷っちゅう教師のせいだわ。自由、自由と言って甘やかしたせいだべ。あ~、蝶子がこんなになるとは…」
みさは立ち上がり、俊道に向き合う。「あんた、蝶子は、そんなに悪い子に見えますか?」
俊道「何?」
みさ「よくない子でしょうか? どうしようもない子でしょうか?」
俊道「そんなこと、言ってないべ!」部屋を出ていく。
教会
♪主よ みもとに近づかん
「主よ、御許に近づかん」を歌う一同。みささんの歌声、美しいわ~。この讃美歌、「フランダースの犬」の最終回でも流れた曲なんだって。
みさは教会を出て、蝶子に話しかけた。「ねえ、蝶ちゃん」
蝶子「うん?」
みさ「ちょっと冒険してみないかい?」
ガルォヴ茶喫
みさ「あ、ここだ。行ってみよう」
店内
マスター「いらっしゃい、いらっしゃい。どうぞお入りください。いらっしゃい、いらっしゃい、すぐ行きます。お座りなさい、お座りなさい。どうぞ、どうぞ」
みさ「すいません」
マスター「何をしますか?」
蝶子「あ…あの~」
マスター「あの、この店の飲み物は、ちゃんと全部に書いてます」
2人「あ~、はい」
蝶子「母さん、何さ?」
みさ「ええと…蝶ちゃんは?」
蝶子「母さん!」
みさ「したって、分からないもん」
蝶子「私もだ」
みさ「したら、指が止まったとこだ」
蝶子がメニュー表を指さす。
みさ「はい」
蝶子「ロ、ロ、ロシアンティー下さい。2つ!」
マスター「はい、すぐ参ります」
店内にはロシア民謡が流れる。
みさ「蝶ちゃん、ほら!」店内の装飾を見る。
蝶子「わ~」
みさ「こういうとこ初めてかい?」
蝶子「うん」
みさ「母さんもだ。父さんとも来たことないわ」
蝶子「父さんに見つかったら、どうなるべね」
みさ「…怒るねえ。母さん、胸ドキドキだ」
蝶子「楽しいね」
みさ「2人とも不良みたいだわ」
蝶子「いいんでない?」
みさ「うん」
マスターがロシアンティーを運んできた。「はい、どうぞ。奥さん、どうぞ」
みさ「はい。すいません」
マスター「この紅茶の中にイチゴジャムを入れて飲みます」
みさ「ああ…はい」
マスター「はい」
蝶子とみさはそれぞれイチゴジャムを入れて飲み始める。
蝶子「おいしい!」
みさ「う~ん、本当だ!」マスターに会釈し、もう一口飲んでから蝶子に語りかける。「ねえ、蝶ちゃん」
蝶子「うん?」
みさ「学校のことだけどさ、卒業したあとのことだけど」
蝶子「うん」
みさ「どうすんのさ?」
蝶子「考えてんだ」
みさ「うん…考えなや。急ぐことなく、じっくり考えなや」
<そう、じっくり考えなや。ね、チョッちゃん>(つづく)
みささんがきちんと俊道に意見できる人でよかった。

