フジテレビ 1983年1月14日
あらすじ
暮れも迫った十二月下旬。 都(岩下志麻)はいつものように花屋のパートに出かけ、中学一年の良子(二階堂千寿)は上級生に呼び出されていて出ていった。 鎖を手に巻いて、一対一の喧嘩をするために。 事なかれ主義の兄の和彦(鶴見辰吾)と違い、それが良子の突っ張りの気質だった。 一人残って受験勉強をする和彦を、この前の謎の美人明美(樋口可南子)がたずねて来た。 もう一度、例の西洋館に来てあの男(山崎努)に会ってくれという。
2025.3.13 日本映画専門チャンネル録画
良子<私の父は10年前、2歳の私を連れて、今の母と再婚をした。母は結婚は初めてだったけれど小学校2年の子供がいたのだった。10年たって今は、ほとんどそういうことは意識しなくなって、大抵のときは普通の家族より家族らしいんじゃないかと思う。今晩のお話は去年の12月27日から始まる。兄も私ももう冬休みに入っていた>
1982年12月27日(月)
脚本:山田太一
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音楽:小室等
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プロデューサー:中村敏夫
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望月都:岩下志麻…字幕黄色
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望月省一:河原崎長一郎
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望月和彦:鶴見辰吾
望月良子(よしこ):二階堂千寿
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大沢誠:すのうち滋之
三枝多恵子:荒井玉青
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丸山:水谷貞雄
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渡辺:高村玄二
下坂泰雄
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高瀬仁
堀真一
渕野直幸
鮎田昭夫
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俵一
古賀プロ
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沢田竜彦:山﨑努…字幕水色
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協力:相模鉄道
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写真提供:倉田精二
「フラッシュアップ」
(白夜書房 刊)
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演出:富永卓二
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製作・著作:フジテレビ
望月家の外観
電話している良子に都が「長い!」と注意。
良子「そうなの。吉田がね、ミーちゃんにカセットあげるっていうんだって。『何のカセットよ?』って聞いたらね『ユーミン』とか『来生(きすぎ)たかお』って言うんだって。そう、ハハッ…」
都「いいかげんにしてよ」
良子「だからね『そんならもらってもいいわ』って、もらって、家帰って聴いたんだって。そしたらね、ユーミンの歌を吉田が歌ってるテープだったんだって! ハハ…」
普通に面白い会話だな。
都「良子! お母さん、もう行かなきゃらならないから!」
良子「じゃあね、今、ちょっとお母さん怒ってるから。うん…切るね」受話器を置く。
洗面所にいる都。「お休みだと電話ばっかりかけてるじゃない」
良子「そんなに長くないじゃない」
都「長いわよ。お昼食べてからずっとじゃない?」
良子「20分かそこいらでしょう?」
都「20分しゃべれば、たくさんよ」
良子「向こうからかけてきたんだもん。お金だってかからないし」
ダイニングに移動した都。「お話し中ばっかりじゃ困るの。どっからどういう電話がかかってくるか分からないし」
良子「家(うち)なんかどこからかかってくるっていうの?」
都「ねえ、パート、年末で忙しくて5時半まで帰れないかもしれないから、これね、パン粉つけてあるから、この油で揚げてちょうだいね」シンクの下から油を取り出して置く。「それから、キャベツ、冷蔵庫にあるから、これ、コーンスープね。温めてね。それから、ご飯はタイマーセットしてあるから」←揚げ物!? ハードル高いな。
良子「分かった」
電話が鳴る。
都「ヤ~よ、また長いのは」
良子がでると省一からだった。
電話ボックスから電話している省一。「なんだよ、もう! ずっと話し中じゃないか」
都「良子よ。ほら見なさい。お父さん、怒ってるわよ。切れって言ったって切らないのよ。お父さんからも少し言ってよ」
省一「それどころじゃないよ」
省一は都にスペアキーがあるか確認し、支店長に車で通勤しているのがバレたと話した。年末はいいんだと思っていたのは省一だけ。駅の反対側の伊藤屋という酒屋の駐車場にあるから来て持ってって欲しいと頼んだ。
都「だって、私、これからパートだもの」
省一「終わってからでいいよ。『パート、パート』って言うな」ガチャ切り
都「1回、言ったきりじゃない」
ドアチャイムが鳴る。
良子「どうしたの?」
都「ハァ…お父さんの電話の切り方、大っ嫌い」
良子がドアホンの受話器を取り、「どちらさまですか?」と聞いている間に都が玄関を開けた。「良子かしら?」
多恵子「はい」
都「良子、分かってるわね?」玄関内に戻る。
良子は慌てたように「お母さん、コロの鎖、どっかにしまってあるよね?」と聞く。「死んだとき『また飼うかもしれない』って」
都「ああ、裏の物置の棚にあるわ。道具箱の横のクッキーの箱の中」
良子「分かった」
玄関を出た都。「ちょっと待ってね。何か捜してるらしいから。犬飼うの?」
多恵子「犬って…」
都「うちは一度飼ってこりごり。小さいときはいいけど、大きくなると大変だし、また死なれたときがかわいそうだしね」自転車を外に出し、門扉を閉める。「鎖はちょっと重いけど、つないでおくときはヒモだとかみ切っちゃうのよね。じゃ、ちょっと仕事行くから。さようなら」自転車で走り出す。
多恵子「鎖かよ」
物置で鎖を見つけた良子は和彦に声をかけた。「お兄ちゃん! お兄ちゃん、聞こえる?」
2階の部屋にいる和彦が机に向かいながら「何だよ?」と返事。
良子「私、ちょっと出かけるから。誰か来てもお兄ちゃんだけだからね!」
和彦「分かった!」
にらみ合う妙子と良子。
多恵子「『1対1じゃ負けねえ』って言ったそうだな?」
うなずく良子。
多恵子「いい度胸じゃねえか」
多恵子は赤いスタジャン、良子はピンクのセーターで全然今からケンカするって雰囲気の子に見えないんだよ~、素朴な感じで。
和彦が勉強しようとすると、ドアチャイムが鳴る。無視しようとするが、再び鳴る。「うるせえなぁ、誰だ?」窓から玄関を見ると明美が立っていた。「こんちは」
窓から顔を出し会釈する和彦に「ちょっといい?」と聞く明美。
和彦は玄関へ。
明美「そこらまで出られない?」
和彦「僕しかいないんです」
明美「…だとダメ?」
和彦「そういうわけでもないけど」
どんな用か聞く和彦。
明美「しゃべったそうね、あの人と」
和彦「ええ」
明美「変な人でしょう?」
和彦「いえ」
明美は門扉を開けて入って来た。「どう思った?」
和彦「別に」
明美「別に…何も?」
和彦「今、僕、受験の前なもんで、ほかのこと考えないようにしてるんです」
明美「いつ? 試験」
和彦「共通一次は1月15・16日です」
明美「そう…」
和彦「時間、あんまりないし、よっぽどの用事ならあれだけど」
明美「よっぽどの用事なの」
和彦「でも、僕なんかに…」
明美は都が花屋で働いていることも知っていて、「ここまで来たのもしつこすぎると思わない?」と聞く。もう一度、あの家に行って、話し相手になってほしいと言う。
和彦「暇がないんです。正直言うと、こういう時間も困るんです。追い込みだし、予定ちゃんと立ててるんで」
明美「『とっても大事なことだ』って言っても?」
和彦「『大事』って?」
明美「これ以上、言えないけど大事なの。こう言えば何か感じない? 感じるでしょう?」
和彦「何のことだか…」
明美「鈍感なフリしても分かるわ」
和彦「フリって…」
明美「そんなに試験が大事?」
和彦「当然じゃないかな」
明美「坂の下に車止めてあるの。よかったら、今日、一緒に行って」
和彦「ダメです。そんな暇、ホントにないんです」
明美「そんなにして大学に入って何だっていうの?」
和彦「そんなの、こっちの勝手だし」
明美「結局はどっかに勤めるだけでしょう?」
和彦「『どっか』って、そのどっかが問題だから、みんなキーキーやってるんじゃないかな」
明美は突然、和彦に抱きついて頬にキスをした。
玄関に座り込んでしまった和彦。「何するんですか!?」
明美「一緒に来て」
和彦「イヤです。帰ってください! 迷惑です。帰ってください!」
明美「お願い」
和彦「いいから帰ってくれよ」
すがるような明美の目。
和彦「帰ってくれよ」
明美「後悔するわよ!」玄関ドアを閉めて出て行った。
和彦「冗談じゃねえよ」と言いつつキスされた頬を触る。
電話が鳴る。
和彦「なんだよ、これじゃ、何にもできやしねえじゃねえか」
パート先の花屋から都が電話をかけてきた。「あっ、和彦? 良子、どうしてる?」
和彦「さっき出てったけど」
さっきの女の子と2人で出て行ったか聞かれるが、和彦は「見てないもん」と返事。良子は、さっきの子がこの間、和彦と良子に絡んだ子じゃないかと思い、見たことない子だったし、良子が鎖を出そうとしていた。都は外に出てちょっと走ってみてと頼んだが、和彦は勉強してると断るが、良子がケガしてるかもしれない、気になるから見てきて。「兄さんでしょう? やって!」とガチャ切り。
和彦「何だと思ってんだ、人の受験を」
空き地で向き合う多恵子と良子。多恵子は右手にメリケンサック、良子は鎖を持つ。女同士のタイマン、怖ぇ~。
望月家
ドアチャイムが鳴り、来たのは大沢。しかたなく玄関を開けると、日曜テストの結果が来たか聞いてきた。和彦のもとには2~3日前に来たが、大沢のもとにはまだ来ない。3科目だけなのに気が散ったと話し、勉強なんかしてらんねえと、そこら辺、歩かねえか?と誘ってきた。留守番すると言うと、家に上がり込もうとするので、和彦はスケジュールがあると断った。「悪いな。お互い入ったら遊ぼうじゃない」
大沢「国立入っちゃってよ、俺なんか相手にしなくなるんじゃねえのか」
和彦「そんなことないよ」
大沢「まあ、せいぜいガリガリやってくれ。じゃあな」
和彦「悪いな」
外はロケ、室内はセット、みたいな感じかな。
和彦「ジャマするヤツのが悪いに決まってるじゃないか」
さっきの明美のキス顔が浮かぶ。
明美<<そんなに試験が大事?>>
明美<<後悔するわよ!>>
都<<良子がケガするかもしれないの。ちょっと捜してみて>>
自室に戻った和彦は、またキスされたことを思い出し、頭をかきむしる。
再び鳴るドアチャイム。
和彦「何だってんだよ? これでどこ受かれってんだ、まったく」と舌打ちし、ため息をつきながら1階へ。返事もせず、ノックする相手にドアを開けた和彦だったが、良子が額から血を流し、倒れ込んだ。
夜、省一と都が良子の部屋をノックした。自室で和彦も気づく。
部屋に入る省一。「どうだ? 頭」
ベッドで横になっている良子。「大丈夫」頭にはネット包帯。
都「少し眠った?」
良子「ううん」
省一「そんな、お前…自分から求めて、そんなのとケンカするヤツがあるか?」
良子「悔しいんだもん」
省一「やって負けたんじゃ何にもなんないじゃないか」
良子「そうかな? やらないよりはいいと思うけど」ベッドに置いてる雑誌は”JJ”?
省一「大ケガでもしたら、どうするんだ?」
都「そうよ。頭なんて場所によっては大変なんだから」
良子「この家はダメよ」
省一「何がダメだ?」
良子「お兄ちゃんみたいにビクビクして自分のことばっかりで。勉強してりゃ、いい子なんだから」
⚟省一「聞こえるじゃないか! 受験中は、しょうがないよ」
しっかり和彦の耳にも入っている。
病院の待合室
都「どうなの? ホントに良子捜したの?」
和彦「捜したよ」
都「どこを?」
和彦「どこって…家の周り、あちこち」
それでも聞いてくる都にケンカなんかする良子が悪いと反論する和彦。
診察室から出てきた良子は「どうってことないって」と平気そう。都は診察室にお礼を言いに入っていった。
良子「ヤダわ。大げさで」上着を羽織り、病院を出ようとする。
和彦「薬、もらうんじゃないのか?」
良子「うん。バカだと思ってるんでしょう?」
和彦「別に」
良子「私は…でも、あんなのに侮辱されて、じっとしてるんじゃ生きてる甲斐ないのよ。お兄ちゃんは、いいんだろうけどね。妹が殴られたって、ただじっとして、頭のいいことしかしないんだろうけどね」
良子に言われたことを考えていた和彦の部屋に省一がノックして入って来た。
省一「いや…しょうがないな、あいつは…良子は。どう思ってる?」
和彦「何を?」
省一「良子さ」
和彦「別に」
省一「…だったらいいけど、お母さん気にしてんでな」
和彦「『気に』って?」
省一「お前も何かするんじゃないかってさ。しないよな?」
和彦「してほしい?」
省一「何言ってんだ? スケバンにバカにされて、いちいちカッカしてたんじゃ生きていけないよ。大人になりゃもっとひどいことがいくらでもある。それでも、みんな我慢してるんだ。さっさと忘れて勉強するこった」部屋を出て行こうとする。
机に向かっていた和彦は振り返って省一が我慢してることはどんなことか聞く。
省一「勉強しなくていいのか?」
和彦「よくはないけど、どんなことかと思って」
省一「うん、まあ、あんまり子供には言いたかないけど」
和彦「…だったらいいけど」また机に向かう。
省一「勝手な客もいるしな…まあ、しかし、そんなこといちいち気にしちゃいらんないよ。フフッ…我慢は学生のうちからしといたほうがいい。そりゃ、お前ぐらいのときにはスケバンにバカにされて、ただ黙ってんのは意気地がないような気がするだろうが、そんなことはない。我慢しないで来ちまったヤツは勤め始めて、大抵、おかしくなる。お前はバカには逆らわなかった。なかなか見どころあるよ」部屋を出て行った。
階段を降りる省一に勤務先での場面が思い出される。
丸山<<俺より部下だよ。渉外課長として釈明しろよ>>
部下の前で叱責される省一。ヒエ~…
丸山<<何をしたか、なぜ、したか、それをどう思ってるか。はっきり部下の前で言ってみろよ>>
省一<<はい>>
丸山のデスクを向いていた省一が部下が並ぶ後ろを向いて話し始める。<<支店はマイカーの通勤を禁止している…にもかかわらず、私は課長という君らに範を示さねばならない位置にありながら、ひそかに12月…13日間にわたってマイカーで通勤した。すまんと思ってる>>
丸山<<「すいませんでした」と言うべきじゃないのか?>>
省一<<すいませんでした>>
丸山<<なぜそんなことをしたかを言ってもらおう>>
省一<<はい。12月は渉外体制強化拡充預金増強運動中であり、当信用金庫は月間1億5000万を目指している。渉外課長として私は通勤ラッシュによる体力の消耗をできるだけ避けたかった>>
丸山<<つまり楽がしたかった>>
省一<<その…マイカーの通勤の禁止は「交通渋滞による遅刻のおそれ」「夜の飲酒運転による危険」および「駐車難による」もんですが、私は渋滞しない道を見つけており、酒は、やりませんので、酒酔い運転の心配はなく、駐車場は伊藤酒店の主人が「ひと月ぐらいなら」と…>>
丸山<<…だったら、禁止を破ってもいいのか?>>
省一<<いいえ>>
丸山<<駐車場なんてタダで借りて、どうするんだ? そういうのが不正貸付を呼び込むんだよ>>
省一<<そういうことは決していたしません>>
丸山<<懲罰もんだよ、課長失格だ>>
風呂上がりの省一が都と話している。「大して怒られやしないさ」
都「そうなの?」
省一「怒れねえもん」
都「どうして?」
省一「俺が渉外課長を機嫌よくやってるから、あの支店で月間1億5000万なんて預金を獲得できてるんだよ。支店長はバカじゃないよ。そういうことは、ちゃんと頭にあるから、俺を怒るわけにいかないやな。『ダメだよ、マイカーは』それだけだ」
都「…だったら、車で帰ってくればいいじゃない」
省一「それが『女の世間知らず』っていうんだよ。『支店長が怒らない』だからといって、こっちがつけあがっちゃいけないんだよ。『はい』と言って、帰りは車を置いて電車で帰ってくる。車は女房が取りに行く。ちゃんと支店長を立てる。そういうところで俺なんか信用を得てるんだし、商売もしてんじゃないか」
丸山<<奥さん呼んで、車、持っていかせろよ>>
再び丸山のデスクの前に立つ省一、<<はい>>
丸山<<「以後、一切、自分の車に近づかない」って部下に誓えよ>>
省一<<はい>>
丸山<<そうすりゃ、ここだけの話にしてやるよ>>
省一<<ありがとうございました>>部下たちの方へ向く。<<すまなかった。申し訳ない>>
なかなか胸の痛いシーンだった…だけど「女の世間知らず」とか言わなきゃいいのに。
省一「アーッ! さあ、寝るか。アアッ…あしたは電車か」大あくび。
机に向かっていた和彦がじっと真剣な表情で固まっている。
明美<<そんなにして大学に入って何だっていうの?>>
和彦<<そんなの、こっちの勝手だし>>
明美<<結局はどっかに勤めるだけでしょう?>>
良子<<妹が殴られたって、ただじっとして、頭のいいことしかしないんだろうけどね>>
大沢<<まあ、せいぜいガリガリやってくれよ>>
明美のキス顔…ちょっとしつこいな。
都<<どうなの? ホントに良子捜したの?>>
電車に乗り、本を広げながらもぼんやりしている和彦。
竜彦<<善人め! 気のちっちゃい善良でがんじがらめの正直者め!>>
和彦は再び、古い洋館を訪れ、そっとドアを開けた。「こんにちは。ごめんください。ごめんください」物音に気付き、振り向くと庭で竜彦がたき火をしていた。
頭を下げた和彦。「あの…女の人が『もう一度、来てくれ』って言ったもんだから」
竜彦「おいで。おいで」
和彦「こんにちは」
竜彦「ああ」
和彦「時間できたもんだから」
竜彦「そうか」
和彦「何かやりますけど」
竜彦「切り株がある」
和彦「はい」
竜彦「持ってきて、かけてくれ」
和彦「はい」
切り株を取りに行った和彦の後ろ姿を見ている竜彦。
たき火の前にいる和彦と竜彦。
和彦「あの…」
竜彦「うん?」
和彦「何かしますけど?」
竜彦「いいんだ」
和彦「でも、ただこうやって黙って座っててもしょうがないんじゃないんですか。どうせ来たんだし、何かやります」
竜彦「どうして…」
和彦「えっ?」
竜彦「どうして、また来た?」
和彦「だから、その…あの女の人が横浜の僕の家まで来て『もう一度』って」
竜彦「家まで?」
和彦「ええ」
竜彦「何て言って?」
和彦「だから『もう一度ここへ』…」
竜彦「そうじゃない。自分を何者だと言ってた?」
和彦「別に何も」
竜彦「家の人は何だと思った?」
和彦「誰もいませんでした。なんだか僕しかいないときを狙ってたみたいで」
竜彦「そうか」
和彦「それだって随分、神経使うことだし、そんなにまでして、なぜ僕をここへ来させたいのかワケ分からないし、あの人がどういう人か、このお宅がどういうお宅か、あなたがどういう人かも分からないし、なんだか意味ありげで、気になってしょうがないから来たんです。ホント言うと時間はないんです。この前、言ったように受験勉強中でここへ来る余裕なんかないんですけど来たんです。あなたは誰ですか? 僕とどういう関係があるんですか?」
竜彦「関係は…ないよ」
和彦「でも、それじゃちょっとおかしくないですか? あの女の人は僕をここへ来させるのにすごく熱心でした。何の関係もない僕をあんなに熱心に来させようとするでしょうか?」
竜彦「人間は、いろいろさ」
和彦「それにしたって何か訳があると思うな。ただ訳もなく家まで来るはずないと思います」
竜彦「分からんね」
和彦「えっ?」
竜彦「何のことか俺にも分からん」
和彦「本当ですか?」
竜彦「たき火をしたことあるかい?」
和彦「そりゃあります」
竜彦「そうか」
和彦「家ではないけどキャンプで中学のころ」
竜彦「いいもんだ。こうやってじっと火を見てるなんてことが実になかった。俺はカメラが商売でね」
和彦「カメラを売ってるってこと?」
竜彦「いや、撮るほうだ」
和彦「ええ」
竜彦「随分、フィルムを使って、よく撮ったよ」
和彦「はぁ…」
竜彦「手当たりしだい撮ったと言ってもいい。いっつもこうカメラ3台ほど肩から提げてね、光線がいいと撮り、人間が面白くて撮り、角度がいいと言っちゃ撮り、犬も撮り、猫も撮り、ビルも撮りゃ、車も撮り、酔っ払いも撮り、やくざも撮り、頼まれてモデルも撮り、何を見ても、あんた…『この角度で、この絞りで、このレンズでいきゃいける』なんてことばっかり頭にある」
和彦「ええ」
竜彦「物を見ても、人を見ても光線とレンズと角度なんてことがすぐ頭を駆け巡る。こう撮りゃ画(え)になると思う。面白いと思う。ウケると思う」
和彦「ええ」
竜彦「朝から晩まで、あっち行っちゃ撮り、こっち行っちゃ撮り、次々といろんなものに向き合っちゃ撮りまくる。ふっと気がつく」
和彦「ええ」
竜彦「物でも人でもじっくり見たことがない。例えば、この枝と向き合う。するとたちまち『こうやってこっちから撮ったらどうか? いや、こうやってこっちから撮ったほうがいい』というように頭が動く。そして、パチリパチリと撮りまくる。撮り終えると終わりだ」手に持っていた枝をたき火にくべる。「もう枯れ枝のことは忘れて、ほかに目をやってる。本当に枯れ枝をじっくり見ることがない。物でも人でも本当には見ていない。そういうことが続くと、どうなるか分かるかい?」
和彦「いえ」
竜彦「胸ん中、空っぽになるのさ。魂がうつろになるんだ。何かを心から好きになるなんてこともなくなっちまう。カメラ売り払ってね、このボロ家の留守番させてもらって、こうやって例えば火を見てる。じっと見てる。すると随分長いこと、何かをじっと見たことがなかったと思う。しかし、ジリジリしてくる。根気がない。我慢して座ってる。フッ…あんたもたまにはいいだろう?」
和彦「…」
竜彦「つきあって、この火でも見てってくれ。煙でもいい」
和彦「名前、聞いてもいいですか? 何ていうんですか?」
竜彦「そんなことはいいよ」
和彦「でも…」
竜彦「知らなきゃ口が利けないってもんでもないだろう? 詮索は、よそうじゃねえか。黙って当たっていきゃいい」
和彦「今のこと…」
竜彦「うん?」
和彦「分かります」
竜彦「そうかい」
和彦「中学のころから、僕、いろんな物、集めるのが好きで古銭とか切手とか集めてたけど」
竜彦「うん」
和彦「『本当にいい切手だな、きれいだな』って、じっと見たりするのは初めだけなんですよね。だんだん『あの切手は、なかなかない』とか『あの切手を1(ワン)シート買っとくと、あとで高く売れる』とか、そんなことばっかりになって切手をじっと見たりすることがなくなってるんです」
竜彦「うん」
和彦「高校に入ってから、展覧会にくるって『あの展覧会にも行った、この展覧会にも行った』って、一時、カタログをいっぱい集めて友達に自慢なんかしたけど、気がつくと1枚の絵だって、じっと見て好きになったりしてるわけじゃないんです。時々、ちょっと違うんじゃないかなって思ったりもしました。そのうち、受験でそれどころじゃなくなったけど、気持ち分かります」
竜彦「そうかい」
和彦「何かを心から好きになることがなくなっちゃうっていう感じ、分かります」
竜彦「うん」
和彦「違うかもしれないけど」
竜彦「高校生なんてものとしゃべったことがないんでな」
和彦「ええ」
竜彦「話が通じるかどうかと思ったが」
和彦「ええ」
竜彦「ちっとは通じるな」
和彦「ええ、僕、受験の勉強もそういうこと感じます。勉強っていうのは、もともと『不思議だな』と思って『どうしてだろう?』と思って、調べたり考えたりして分かっていくようなもんだと思うけど、受験のは知りたいという気持ちとは関係なくて、ただテストに必要なことを毎日毎日、頭へ詰め込んで、ほかに何もする余裕はなくて、友達ともつきあわないし、兄妹(きょうだい)の心配もしないし、頭の中は、いっぱいだけど、胸の辺り、スカスカって感じあります」
竜彦「…」
和彦「なんか自分が温かくないなって…そういうこと感じます」
竜彦「そうかい」
和彦「この間と随分違いますね」
竜彦「うん」
和彦「この間は怖いようだったけど、今日は…こんなにしゃべったの久しぶりです。自分で変です」
竜彦「気が向いたら、また来るといい」
和彦「はい」
竜彦「イモでも突っ込んどきゃよかったな」たき火を枝で突っつく。
部屋で良子が寝ていると、外から和彦のせき込む音が聞こえる。外に煙が見えて、良子が起き上がり、窓を開ける。「何やってんの? お兄ちゃん」
庭で紙を燃やしている和彦。「うるせえ」
良子が階段を降りてきた。「お母さん! お兄ちゃん、庭で大変。煙もうもうだから!」
洗濯機の前にいた都。「煙?」
良子「もう、あれじゃ近所迷惑よ。もうもうだもん。絶対、隣のおばあさん文句言ってくるから」
都「ちょっとそんなことあんまり大きな声で」
リビングの掃き出し窓から外に出た良子。「バカね、燃やすことないでしょう、なにも」
都「ヤダ、和彦、なに燃やしてんの? たき火なんかしちゃダメよ。近所迷惑でしょう?」
花屋
店長がシクラメンを売っている。都は客に花束を渡す。
夜道を歩く和彦。
望月家
テレビから流れるのは「少女A」
台所で料理をしている良子。そこに和彦が帰ってきた。
良子「もうじきごはんよ」ドアが閉まる音がして「手伝ってよ、少しは!」
和彦「今、行くよ!」本屋で買ってきた”写楽”という写真雑誌を見て「やっぱりそうか…」とつぶやく。中身は明美のヌード! ボカシなし。「いやぁ…すげえ。おお…知ってる人のヌードって初めて見たな」パラパラページをめくり「『新村明美』か…」
突然、良子がドアを開け、「ヤダ…ハダカ見てる」とドアを閉めた。
和彦「う…うるせえ! 今どきハダカなんか珍しくねえや」
公衆電話から電話する和彦。「あっ、あ…あの…そちらで出してる雑誌のモデルの人の住所をちょっと聞きたいんですけど」
望月家
洗濯物を干す都を手伝う良子。「お兄ちゃん、ここんとこちょっと変じゃない?」
都「変って?」
良子「出てって4~5時間、帰ってこなかったり、たき火したり」
都「いいじゃない」
良子「ヌードの写真、こうやって見たりして勉強たるんでるのよ」
和彦「あっ…プロダクションの『ビューティスポット』さんですか? あ…あの…出版社で聞いたんですけど、そちらに所属してる新村明美さんの電話番号か住所、教えてもらいたいんですけど。あっ…もし、あれだったら『望月』って言ってください。望月和彦です。『連絡、取りたがってる』って新村さんに言ってもらえませんか? あっ、あの…だったら番号はいいんです。あの…ちょっと急用なんです」
望月家の電話が鳴る。和彦が出ようとしたが、都が先に出た。しかし、電話は良子あてだった。都は和彦が誰からの電話を待っているか気にし「そんなそわそわして勉強できないでしょう!」と注意した。
和彦が待っていると、明美が来て、レモンティーを注文。電話のことを謝る和彦。明美からの電話に出たのが良子だったため、明美は、とっさに「代々木の予備校ですけど」と切り抜けた。
和彦「あの…僕、おととい言われたとおり、あの人の所へ行きました」
明美「そうなの? 何も言わないのよ、あの人」
和彦「初めて会ったときと全然違って、ちょっとしゃべりました」
明美「そう? 優しいときはいい人でしょう? あの人」
和彦「ええ」
明美「でも、油断しちゃダメよ。急にものすごく荒れるんだから」
和彦「誰ですか? あの人。どういう人なんですか?」
明美「言うなって言われてるの」
和彦「僕との関係じゃなくてもいいんです。名前だけでもいいんです。それもいけないんですか? 『いけない』って言ってるんですか?」
明美「ホントはあなたに会わしちゃいけない人なの」
和彦「カメラマンらしいけど。そうですか? 僕と会わしちゃいけないって…あの…父ですか? 僕の…父ですね。『死んだ』って言われてたけど。分かりました。そうなんですね?」
タバコを消す明美。「怒るわ、あの人」
和彦「名前、何ていうんですか?」
明美「私だって女だし、あなたのお母さんのこと考えたら、こんなことできないんだけど」
和彦「カメラマンだったんですか?」
明美「いい? あの人もあなたに会いたいって言ったわけじゃないの。私が察したの。察したって普通なら会わせやしないけど、あの人、今、大変なの。ひとりで耐えてるけど。でも、見ちゃいられないの」
和彦「スランプとかそういうことですか?」
明美「そんなんじゃないの。そんなことなら、あなたを連れていきやしないわ。もっともっと大変なことなの。そうよ、あの人…あなたのお父さんよ。でも、お母さんに言っちゃダメよ。言ったら、今のお家、メチャメチャになるかもしれないし、あなただけ、時々、会ってあげられたらと思ったの」
和彦「どんなことですか? 『大変なこと』ってどんなことですか?」
黙ってしまう明美。
洋館では竜彦がハンディクリーナーをかけ、都は自転車に乗り…(つづく)
予告
竜彦「生きるってことは自分の中の死んでいくものを食い止めるってことよ」
和彦「生きてて、こうやって会えたの良かったと思ってます。でも…今日かぎりで会わないほうがいいと思います」
都が和彦の部屋で沢田竜彦作品集を見つけた。
ご期待下さい
このドラマは当時、フジテレビの金曜10時のドラマ。さすがに子供で10時台のドラマは見たことがない。「北の国から」もこの枠だったから連ドラ版は見たことなかったんだな。”ご期待下さい”の字体が見たことあるなと思ったら、多分、北の国からと同じ!?
見逃せないシーンが多すぎる。昭和のサラリーマン、大変だなあ。並んだ部下が男性しかいなくて女性たちは窓口にいたのかな。あれで業務が止まるってのはな…。
樋口可南子さん、美しいけど、こんな若いときから脱いでる人と思わなかった。



