TBS 1978年2月3日
あらすじ
美智(松原智恵子)は小野木(伊藤孝雄)から逃れて転職した横浜で、井波(中野誠也)と親しくなった。思想問題で大学中退の彼は出版社員で、松本(織本順吉)の印刷所で顔見知りだった。美智は物静かで誠実な彼にひかれた。前科者の父と小野木のことがあるためあきらめねばと思う。が、井波はすべてを承知で美智に求婚した。二人は松本の仲人でささやかな祝言をあげた。
2024.9.18 BS松竹東急録画。
原作:田宮虎彦(角川文庫)
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塩崎美智:松原智恵子…字幕黄色
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井波謙吾:中野誠也
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吉岡俊子:姫ゆり子
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大垣:長島隆一
のぶ江:岸井あや子
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小野泰次郎
伊藤健
ナレーター:渡辺富美子
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小野木宗一:伊藤孝雄
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音楽:土田啓四郎
主題歌:島倉千代子
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脚本:中井多津夫
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監督:今井雄五郎
前回の振り返り
美智「私、二度とあなたのとこには帰りません」
小野木「どアホ! お前を捜し出すためにどれだけの苦労したと思うとるんや。そんな返事聞いて、おとなしゅう引き下がる思うたら大間違いやで」ナイフを取り出す。
ん!? 前回の終わりのほうのシーンをそのまま流したんじゃなく、セリフは同じだけど、ちょっと動きが違う。
ジリジリとナイフを持って近づく小野木。「美智、男をなめたら大間違いやで。俺はお前のために命懸けやちゅうことを忘れるな。お前の胸を一突きして殺してしまうぐらいの覚悟は、ちゃんとできてるんや。俺はな、お前を捜し出すために…ええか、区役所を辞めてしもうたんやで。区役所辞めて京都から東京に出てきて、東京で新しい勤め口見つけて毎日毎日、勤めの暇を見ながら、お前を捜し回ったんや。東京中、どれだけ歩き回った思うとるんや。こんなとこに隠れくさって。ええか、俺はな、お前のために何もかもみんなふいにしてしまったんやで。それでも俺から、よう逃げられるか。逃げられるんやったら、もういっぺん逃げてみ」
区役所辞めたとか上京したとか、お前が勝手にやったことだ! そうやって罪の意識?を植え付けさせるのかね~。
しっかりと小野木の顔を正面から見る美智。「小野木さん」
小野木「ふざけるな! 俺はお前の亭主やで。お前は俺の女房や。女房が亭主に向かって『小野木さん』やて? この恩知らず!」美智の右腕をつかんで引っ張り回す。「俺から一体どれだけの恩を受けとる思うとるんや。美智、ここで会(お)うたら百年目や。もう離さへん。お前は…なっ、おとなしゅう俺の言うとおりにすればいいんだ」
美智「小野木さん、世の中にはどうにもならないことがあるって、なぜお分かりにならないんですか。それは人間の心です。どんなことがあっても、これだけは、あなたの自由にできないんです。あなたの所には帰らないっていうのは、私の意思なんです」
小野木「お前、いつからそんな偉そうなこと言いさらすようになったんや。俺に説教でもする気か?」
美智「東京に来て随分苦労しました。一人で生きてくためにいろんなことも知りました。私は以前の塩崎美智ではありません」
小野木「人間が偉うなったとでも言いたいんか? おとなしゅう聞いてりゃ勝手放題言いくさって、お前は黙って俺についてくればいいんだ!」美智を往復ビンタ!
な~にが大事にする、だ!
美智「離してください。やめてください! 誰か…誰か助けてください!」小野木が手を引っ張って歩きながらビンタ!
美智「離してください!」
通りがかりの犬を散歩中の和服男性が話しかけた。「あんた、どうしたんだ?」
小野木「なんでもおへん。ただの夫婦ゲンカですよって。気にせんといておくれやす」
美智「いえ、違います。あの…離してください!」小野木に引っ張られて歩く。
この散歩中の人が小野泰次郎さんかな?
「天城越え」では下田署の巡査役。「おしん」では加賀屋の番頭。ほ~。「たけしくんハイ!」9話、「あぐり」22話にも出演。
公園に来た井波と俊子。
井波「じゃあ、分かれて捜しましょう」
俊子「はい」
公園を走り回る井波。下駄ばき! あ、俊子さんも。昔の人はこれで自然と体幹が鍛えられていたんでは?
俊子「あっ…」
井波「どうでした?」
俊子「私、交番行ってきます」
井波「ええ」
美智「誰か…誰か来てください!」
小野木「静かにせんか」
美智「離して…離してくださいよ!」
井波「何してんだ、君!」
小野木「夫婦ゲンカですよって…」なおも美智を引っ張り回そうとする。
井波「よさないか!」
小野木「そいつは私の女房ですよって、ほっといておくれやす」
井波「あなたがどういう人か知りませんが、女性にこんな乱暴するなんて…」
小野木「どけ。どかんかい!」井波を殴る。
井波「あっ!」
美智「井波さん」駆け寄る。
井波「大丈夫ですから」
小野木「お前、こんな非国民と乳繰り合(お)うて…」
美智「非国民?」
小野木「お前、なんにも知らんのか? こいつは思想犯で警察に挙げられた国賊なんや。分かったら早(はよ)う来い」
井波「よせったら。非国民と言われようと、なんと言われようとかまいませんが、塩崎さんには指一本触らせませんよ」
小野木「なんやて? 邪魔するとケガするだけやで!」ナイフを取り出す。「どけ!」
美智「井波さん、逃げて。私のことは、ほっといてください。井波さん!」
⚟警官「お~い、何をしとるか!」
小野木は逃げていった。
警官「待て~い!」
遠目でしか映らないけど、この方が伊藤健さん?
美智はブラウスの胸元が少しはだけているのに気づいて井波に背を向け、整える。
井波「塩崎さん、おケガは?」美智に肩口をハンカチで払う。「大丈夫ですか?」
美智「ご心配かけて申し訳ありませんでした」
井波「いや」
涙をこらえて走り去る美智。
井波「塩崎さん!」
美智が走った先は噴水のある大きな池。
ひとり家までトボトボ歩く美智。
部屋に戻った美智は、ぼんやり座り込む。
<井波に小野木との暗い過去を知られてしまった以上、これで何もかも終わってしまった。結婚の約束を交わしたわけではないにせよ、心の中では井波はもはや他人とは思えない最愛の人になっていたのである。またしても小野木のためにかけがえのない一番大切なものを壊されてしまった>
今日は黒っぽいスーツの井波が吉岡家を訪れた。「ごめんください」
俊子「あら、井波さん」
井波「こんちは。塩崎さん、おケガのほうは?」
俊子「ええ、もうお勤めに出てらっしゃいますから」
井波「あっ、そうですか」
俊子「あら、井波さん。今日、お休みなんですか?」
井波「まあ、そういうことになりますかね。有信書房、とうとう潰れちゃったんですよ」
俊子「あら…」
井波「こんな時局ですから、出版の仕事も減っていく一方ですし」
俊子「じゃ、大変ですね。どうなさるんですか?」
井波「失業者じゃ食べていけませんからね。一度、故郷(くに)へ帰ってこようと思ってんです」
俊子「あの…井波さん、ちょっとお上がりになってください」
井波「ええ」
俊子は茶の間へ井波を招いた。「でもね、井波さん。世の中にはひどい男もいるもんですね。女にあんな乱暴するなんて。腹が立って、腹が立って…」
井波「で、その後はなんとも?」
俊子「交番に届けてありますから、またこの辺うろうろしてたら捕まってしまいますよ」
井波「でも、ああいう男ってのは、またやって来るかもしれませんね」
俊子「ええ、この前も松本さんがいらして住まいと勤め先をかえてみようかって、おっしゃったんですけどね、塩崎さんがイヤだって。どこに移っても、おんなじだからって」
井波「で、小野木っていう人は、どこに住んでるんですか?」
俊子「それが住所も勤め先も全然分からないんですって。分かってりゃねじ込んでやるんだがって、松本さん、悔しがってましたけどね。ねえ、井波さん。あの日、私、井波さんのアパートに駆け込んでいけなかったかしら?」
井波「どうしてですか?」
俊子「どうしてって…なんだか塩崎さんにいけなかったのかしら、なんて思ってるの。だって、そのためにあの男のことが井波さんに知れちゃったわけでしょ? よく分かんないんだけど、塩崎さん、なんだかとっても、そのことを気に病んでるみたいだから。女同士だから分かるんだけど、塩崎さん、井波さんのことが好きなのよ。自分の好きな人に昔の男の人のことを知られるのは女としてつらいものね。それにあんなひどい男ときてるでしょ? だから、塩崎さん、すっかり元気がなくなってしまって、とっても寂しそうなの。お会いになってないでしょ?」
井波「ええ。あの日以来、なんだか悪いような気がして…」
俊子「やっぱり井波さんとこへ駆け込むんじゃなかったな」
井波「あっ、奥さん、そのことなら気になさらないでください。あの男のことは前から知ってましたから。松本さんから聞いてたんです。でも、あんなひどい男だったとは…」
俊子「ハァ~、そうだったんですか。だったら、今度、塩崎さんに会ったら言ってあげてくださいね。松本さんから聞いて知ってたんだってこと」
うなずくが、考えこむような表情の井波。
東横工藝印刷
電話が鳴り、のぶ江が出た。美智あての電話をすぐ取り次ごうとする。
大垣「おい、おい。塩崎さんに電話って誰からなんだい?」
のぶ江「あ~、聞かなかったけど…」
大垣「バカ! またこの間の男じゃねえのか? あいつから電話かかったら切っちゃえってことになってんのに」電話に出る。「あ~、もしもし? 塩崎さん呼んでほしいって、あんた誰? えっ? ハ…ハハッ、なんだ、井波さんか。こりゃどうも。えっ? いやいやいや、なんでもないんだよ。えっ? おう、井波さんのことだ。かまいませんよ。ああ、塩崎さん、電話だよ。有信書房の井波さん」
美智「もしもし、塩崎ですが。はい、おかげさまで。この前はどうも。これからですか? あ…あの…今日はちょっと」
井波「それは残念だな。なんとかお会いしたかったんですけど。大垣さんにはお断りしましたけど」
美智「すいませんが、今日は、やっぱり…」
井波「そうですか。実は昨日、有信書房、閉鎖になってしまいましてね。それで故郷へ帰ってこようかと思ってるんですよ」
美智「お故郷(くに)へ? あ…あの…ずっとお帰りになるんですか?」
井波「いえ、そういうわけじゃないんですが、帰る前にぜひ塩崎さんにお会いしていきたいと思って」
高級そうなレストラン…戦時中に?と思ったけど、「本日も晴天なり」でも叔父さんの「モンパリ」は昭和19年でも営業してたね、そういえば。
ウエーターの男性が伊藤健さんかもな??
美智「それで井波さん、いつおたちになるんですか?」
井波「できれば、あしたにでもたちたいと思ってます」
美智「あした?」
井波「ええ」
美智「でも、有信書房のほう、どうしてそんな急に…」
井波「潰れることは大体、前から分かってたんですよ。出版物の内容にも当局の介入が厳しくなってきましたし、経営者もこれを機会にと思ったんじゃないですか。さあ、どうぞ」
美智「これからどうなさるおつもりで?」
井波「故郷から帰ったら職探しを始めますよ。といっても、警察からにらまれてる僕には、ちゃんとした職は無理でしょうが…」
美智「あの…よろしかったら、松本社長に頼んどきましょうか?」
井波「あっ、お願いします。どんな職でもかまいませんから。恐らく出版関係は難しいでしょうね。紙が配給制になって、だんだん本が出なくなりますから。あっ…今日は不景気な話は、やめましょう。せっかくレストランに来たんですから。さあ、どうぞ」
食事を始める。
井波「こういうレストランもだんだん閉鎖になっていくらしいですね。あっ…ハハハッ。やっぱり不景気な話になってしまうな。塩崎さん、やっとあなたをお誘いできたんですから、今日はたくさん召し上がってください」
美智「でも…」
井波「何か?」
美智「失業した方にごちそうしていただいたりしたら、なんだか申し訳なくて…」
井波「なるほど。フッ。でも、今日は気にしないで召し上がってください。そのかわり、この次にうんとごちそうしていただきますから」
美智「確かお故郷(くに)にお帰りになるのは2年ぶりでしたわね?」
井波「ええ、正確に言うと2年半ぶりです」
美智「じゃあ、お父様もお母様もきっとお喜びになりますわ」
井波「でも、親の期待と夢を裏切った不肖の息子ですから…でも、今度帰ったら、うんと親孝行してこようと思ってるんですよ。塩崎さんは親不孝が嫌いらしいですから」
微笑みながらうなずく美智。
食事している美智を見つめる井波。
美智「井波さん、どうかされたんですか?」
井波「実は今度、故郷へ帰るとき、塩崎さんも一緒に連れていきたいなって、そう思ってたんです。一緒に来ていただけませんか?」
美智「…」
港を歩く美智と井波。横浜港かな?
井波の故郷は宮城県らしいけど、船で行くんだろうか? 今だと仙台フェリーは苫小牧と名古屋行きしかない。
美智「井波さん。井波さんは私がどういう素性の女か、この前のことでよくお分かりになったと思うんです。それなのになぜそんなことおっしゃるのか、私、どうしても…」
井波「じゃあ、言います。あなたのことはみんな知ってたんですよ。松本さんから聞いて。お父さんのことも、それから小野木という人のことも」
歩いていた美智が立ち止まる。
井波「しかし、塩崎さんにどんな事情があろうと僕にとって塩崎さんは塩崎さんです。いつか塩崎さんに結婚してほしいって言いましたね。あのときも事情は、みんな知ってたんです」
やっぱりー! 小野木のことだけじゃなく、お父さんのことも知ったから急いでプロポーズしたんだね。
美智「そんな…」
井波「僕のように非国民と言われるような男でも塩崎さんのようにしっかりした芯の強い人だったら、きっとついてきてくれるかもしれない、そう思ったんです。でも、だんだん戦争が激しくなって、いつ戦争に駆り出されるかもしれない僕があなたにそんなことを言うのは全く無責任な話だって思うようになったのも事実です。でも…僕はあなたが好きなんです。塩崎さん、僕はあなたがあの小野木とかいう男に脅かされてるのをもう黙って見てられないんです。塩崎さん、僕と結婚してください」
美智が井波を見つめる。
井波「確かに僕は、いつ戦争に駆り出されるかもしれません。いつあなたから引き裂かれて遠い戦場に連れていかれるかもしれません。生きて再び日本に帰ってこれないかもしれません」
美智「井波さん、イヤです。そんなことおっしゃらないでください」
井波「でも、塩崎さん、僕と結婚してください」
美智は井波に背を向ける。「井波さん、それをおっしゃる前にもう一度思い出してください。私は前科者(もん)の娘なんです。それだけじゃありません。あの小野木という男と一緒に暮らしたことがあるような女なんです」
井波「何もかも…何もかも承知のうえで言ってるんです。僕と結婚してください」
泣き出す美智。
井波「塩崎さん」
美智「私…とってもうれしいんです。あんまり幸せすぎて夢でも見てるような…」
井波が美智の肩に触れ、振り返らせると抱き締めた。「夢なんかじゃない。僕たち、結婚するんだ。必ず…必ず幸せにしてみせます」
うなずく美智。
見つめ合ってまた抱き合う2人。
<松本の仲人で2人がささやかな結婚式を挙げたのは、それから間もなくのことである。そして、大東亜戦争勃発の瞬間は刻々と迫りつつあった>
手をつないで岸壁を歩く2人。(つづく)
松本社長の名前は何回も出てきたけど、今日は出番なし。ナレ結婚式とは思わなかった。
来週金曜日から朝の木下恵介アワーは「太陽の涙」! 楽しみ~。また録画して見よ~っと。そうなると、土日の「たんとんとん」→「わが子は他人」。平日は「太陽の涙」→「幸福相談」→「岸壁の朝」が続く感じかなあ?