公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
巳代子(小柳英理子)は堂々たる代役ぶりで無事料理番組の放送を終えた。この成功のおかげで巳代子にレギュラー番組の話も来たと、祐介(赤塚真人)が浮かれて報告にやって来る。元子(原日出子)は巳代子の成功を喜びながらも、自分が取り残されていくような寂しさを感じていた。そこへ松江の陽子(田中美佐子)から、テレビに映る元子を見たと電話が来る。波津(原泉)や邦世(磯村みどり)の声も聞き、元子の心は和んでいく。
大原家台所
道子「ただいま」
「芋たこなんきん」と家の造りは似てるんだけど、徳永家の場合は勝手口が診療所の廊下とつながってんだよね、とどうでもいいことを思う。
ダイニングテーブルに置かれた元子が書いたメモ。「道子ちゃんへ。お帰りなさい。お母さんは急にテレビ局へ行くことになりました。巳代子叔母さんの応援です。東洋テレビの家庭料理の時間で3時からだから…」
メモを読んだ道子はリビングへ行き、テレビをつけた。
テレビ・のぼる「皆さん、こんにちは」
ブラウン管テレビに映るのぼるは白黒。「あちこちでは、風邪がはやっているようでございます。皆さん、ご機嫌いかがでいらっしゃいますか」
東洋テレビスタジオ(=今のTBSだと思います)
提供エマス食品
のぼる「実はいつもお元気でいらっしゃいます、上林先生がお風邪でお休みのため、今日は藤井巳代子先生に、その風邪が逃げ出すような温まるお料理をご紹介していただきます。藤井先生、よろしくお願いいたします」
巳代子「よろしくお願いいたします。そうですね、昔っから風邪は暖かくして休んでいるのが一番と申しますけれども、主婦が風邪をひいた場合、そうそう休んでばかりいるわけにもまいりませんので、今日は少し予定を変更いたしまして、寒さがぶり返した日(し)など、ストーブや練炭火鉢にかけておいたままで出来るお料理をご紹介いたしましょう」
のぼる「はい」
画面隅でOKマークを巳代子に向ける元子。
巳代子「地方では、のっぺなどとも呼ばれておりますけれども、まあ和風野菜シチューとでも申しましょうか。大きなお鍋にコトコトと煮ておくものですから、別段、お風邪の時ばかりでなくとも、まあ、お忙しい時などにもうってつけのものかと思いますが」
のぼる「そうですね。あの、先生、今、若い人たちの間でながら族なんて言葉がはやってるようですけど、これは主婦の時間を生み出すための、ながら煮込み料理と考えてもよろしいようですね」
巳代子「はい。何度温め直してもよろしいですし、また煮込めば煮込むほど、おいしゅうございます。はい」
のぼる「では、材料から説明してください」
巳代子「はい。材料は有り合わせのもので結構ですけれども、まず、お大根」
元子が慌てて大根を巳代子の前に差し出す。
巳代子「このお大根をこのように切りましょう」テーブルのざるの上に輪切りにされた大根が置かれている。
のぼる「はい」
巳代子「それから、里芋、にんじん、こんにゃく、そのほか、お好き好きで乱切りのごぼう、厚揚げ、かんぴょうなど、実、たくさんのお汁と考えていただければよろしいですから」
どうしてどうして巳代子さんは大したものでした。
吉宗
電話が鳴る。
トシ江「あっ、もしもし人形町、吉宗でございます」
悦子「私、茜島のガラ子です。こんにちは」
トシ江「まあ、こんにちは」
悦子「どうして教えてくれなかったんですか?」
トシ江「えっ、教えるって何をですか?」
すっかり女将風の悦子
悦子「やだ、巳代子さんですよ。六根が藤井先生って呼んでいたじゃありませんか。もう、ガンコも六根も何も言わないんですもの。私、まだお祝いもしてないんですよ」
トシ江「私、何のことだか」
悦子「テレビです、テレビ」
トシ江「テレビ?」
悦子「ええ。巳代子さん、とうとうお料理の先生になったんでしょう。だから元子さんがお祝いにって助手を務めていたんじゃなかったんですか?」
トシ江「えっ、あの、元子もテレビに出てたんですか」
悦子「やだわ、見てなかったんですか? おかあさんは」
トシ江「いや、私はちょいとお客様がいらしたもんですから、けど…私、聞いてませんよ。何かの間違いじゃないんですか?」
背後に貼られた相撲の番付表。相撲茶屋って結局何かよく分かってない。
悦子「いえ、間違うわけありません。きょうだいそろってちゃんと映っていたんですから」
トシ江「もう、そんなバカな。もしそうでしたらね、宣伝好きの祐介さんが黙ってるはずありませんもの。あっ、そうそう。あの、ご注文頂きました浴衣、毎度ありがとう存じます。あの~、柄の見本を持ちましてね、明日にでもちょいとお伺いしたいと思うんですけれども、あの、ご都合はいかがでしょうか?」
テレビ局ロビー
のぼる「よかったわ…本当うまくいった」
巳代子「ありがとう」
のぼる「お疲れさま」
巳代子「お疲れさま。助かったわ」
元子「何がどうなったのかもう無我夢中だったから」
巳代子「ううん、お姉ちゃんのアイデアのおかげよ。今、上林先生へお電話したら先生もご心配でテレビのそばにお布団を移していて見ていてくださったんですって」
元子「それで?」
巳代子「うん、急きょお献立を変更したことを謝ったら、かえって無難でよかったんじゃないかって」
のぼる「突然のピンチヒッターだったし、ディレクターもスポンサーもまあまあだって言ってくれたわよ」
元子「よかったじゃないの、巳代子」
巳代子「ありがとう」
元子「だけど、助手とはいえ場数踏んでるだけのことあるわ、巳代子は。もう私なんか自分で心臓の音、聞こえるかと思った」
巳代子「でも、藤井先生って言われた時だけ、ちょっとあがったみたい」
のぼる「ううん、堂々としてたわよ。私、むしろガンコの方が心配だった。この人、すぐ張り切っちゃうんですもの」
元子「あら、目障りなとこ、あった?」
巳代子「ううん。私はもうお姉ちゃんが助手を引き受けてくれてると思ったからこそド~ンと大船に乗ったようなものだから」
のぼる「そこが巳代子さんのいいとこなのよ。大体ね、お料理の先生って神経質な人は成功しないことになってるんですもの。前途有望よ、巳代子さん」
巳代子「うわぁ、うれしいわ!」
のぼる「ねえ、とにかくお茶でも飲みましょう」
巳代子「そうしましょう」
のぼる「さあ、どうぞ先生」
巳代子「はい。ハハハハ…」
元子の表情が何とも言えず…哀愁が漂ってたというか。
巳代子「お姉ちゃん!」
元子「あ…うん」
巳代子の成功を心から喜びながらも元子はなぜか取り残されていくような自分に寂しさを感じておりました。
路地を歩いて、大原家へ。
元子「ただいま」
宏江「あら、まあ、お帰りなさい。見ましたよ、テレビ」
元子「あら、ご覧になってたんですか」
宏江「ええ」
道子「私もよ。ちょうど学校から帰ってきたら始まったの」
元子「そう」
宏江「教えてくださればよかったのに。私、慌ててあちこちに電話したもんだから肝心のお料理の方はさっぱりメモも取らずでしたの」
元子「出たっていっても急に呼び出されたものですから」
宏江「でも、藤井先生というのは、ほら、人形町のお妹さんでしょう?」
元子「ええ、まあ…」
宏江「でも、本当にすてきだわ。ごきょうだいそろってテレビ出演なんて羨ましいったらないわ」
元子「そんな…」
宏江「アハハ。あっ、嫌だわ、私ったら。奥さんがテレビで遅くなったらかわいそうだからって、今、道子ちゃんとお兄ちゃんにこれ、持ってきたところなんですよ。お料理の番組に出た人に恥ずかしいけどカレーです」
元子「まあ、いつもどうも申し訳ございません」
宏江「いいえ。留守をする時は、お互いさまですもの。じゃあ、ごめんくださいませ」
元子「あっ、いえ、もう…。わざわざすいませんでした」
宏江「いいえ」
元子「美香ちゃん、ありがとうね」
道子「バイバイ」
宏江「さようなら」
美香「バイバイ」
元子「どうも」
宏江「さあ、帰りましょうね。どうもごめんください」
元子「どうもありがとうございました」
宏江「失礼しました」
美香…川水流智寿枝さん。とある個人サイトでは川水流知寿枝(かわずる・ちづえ)表記でした。1983年にはフジテレビ「ワイドワイドフジ」という番組で小林綾子さんらと「子役50人と親の素顔」という番組にも出たことがあるらしい。
大原家茶の間
テーブルの上には大きな箱
藤井「お義姉(ねえ)さん、本当にありがとうございました。いやぁ、僕もですね、巳代子の放送がある時は、必ず時間を取って会社でも見るようにはしてるんですが、今日は予告もなしに六根さんが急に藤井先生だなんて呼んだでしょう。あら、どうなってるのかなと思ったら、その脇にお義姉さんが映ってるじゃありませんか。びっくりしましたよ、本当に」
元子「だって、そんなこといちいち知らせてる暇なんかなかったんですもの」
藤井「そうでしょうそうでしょう。あれから巳代子の電話で事情が分かったんですが、本当にありがとうございました」
正道「だからって、助け合いはいつものことじゃないか。わざわざこんな仰々しいことをすることはないよ」
藤井「いやいや、これはほんの気持ちですから」
元子「だったらなおさら身内でこういうやり取りはやめましょうって申し合わせたのに」
藤井「いやいや、お義姉さん、そうじゃないんですよ。あのあとにですね、巳代子に週一度の料理番組を持たそうという話が出たんです」
元子「巳代子にレギュラー番組を?」
藤井「はい。あの、名前のある先生ですと、あっちこっちの局で引っ張りだこだし、巳代子のあの若さでお惣菜専門風でしょう。それと出演料の安さが買われたんだと思いますが、どうでしょうか、この話は」
正道「どうでしょうかって…ねえ、巳代子さんに来た話でしょう」
藤井「いやぁ、それはそうなんですが、やっぱり夫としては…」
元子「私はやれるもんならやればいいって、そう思いますけど」
藤井「そうですか? 大原さんは?」
正道「そうだね、僕も賛成だよ」元子の顔をチラ見しながら。
藤井「ありがとうございます。いやぁ、2人にそう言っていただけたら河内山とお義母(かあ)さんにも話しやすいですし、僕もできる限り応援はするつもりです」
元子「そうね。まず祐介さんの協力がないと続けられませんものね」
藤井「いや、僕はですね、初めから理解してるんですよ。ああ、巳代子には、そういう運があるんですね。別に初めからテレビでもラジオでも出させてくれって騒いだわけでもないのに何となく向こうから、そういう出番が回ってくる。としたら、これは巳代子の天性の仕事じゃないかと…僕はそんなふうに思えてならないんですわ」
正道「まあ…そういうことだろうね」
藤井「そうでしょう。ええ。へへ…。だから、お義姉さんも巳代子に負けずに頑張ってくださいよ」←余計なこと言うな。
元子「えっ? ええ、ありがとう」
藤井「はい。順平君にもよく言って聞かせてるんですよ。『石の上にも三年』ってね、ハハハハ…」
元子「別に私は順平と一緒にしてくれなくてもいいのよ」
藤井「いやいや…何事にも辛抱が第一です」
元子「私は好きで書いてるだけで辛抱がどうのこうのの問題だと思ってないわ」
藤井「まあね、昔から『好きこそ物の上手なれ』っていいますが、好きな仕事でお金になればみんな言うことないんですがねえ」
元子「それ、どういう意味かしら」
正道「元子」
元子のイライラにようやく気付いた藤井。「いや…そうじゃないんですよ。あっ、順平君のことなんです。全く困ったもんです」
元子「だからって別にあの子、お宅に迷惑かけてるわけじゃないんでしょう」
正道「いいじゃないか、その話は」
藤井、姿勢を正す。
元子「そうかしら。そりゃ人形町のお父さんやお母さんだって気苦労はあるだろうけど、のれんについちゃ、それなりに2人で割り切りはついてるんだし、私たちの口出しできる問題じゃないし、順平にしたって、今は自分で自分の口、養ってるんですから、周りに迷惑かけない以上、脇でガタガタ言う問題じゃないと思うわ」
藤井「はあ、それは…」
元子「それに、まあ、順平にしたって、私にしてもよ、確かに才能がないのにしてる仕事かもしれないけど」
藤井「そんなことありませんよ。お義姉さんは才能ありますよ。何たってお書きになったものが、ちゃんと放送された実績…持ってるんだし」
元子「ええ、4年間でたったの1本だけね」
藤井「それだってすごいですよ。ねえ、大原さん」
正道「う…うん」
藤井「あっ、そうだ、あの、近いうちにお願いしようと思ってたんですが、うちの仕事をやってもらえませんか」
元子「お宅の仕事?」
藤井「はい。作品というには断片的なんですが、コマーシャルの文句なんです。短いなりにもピリッと効く言葉が欲しいんですよ。これからの商品は、まずキャッチフレーズです。巳代子もですね、そういうセンスならお義姉さんが一番だって、そう推薦してるんです」
元子「悪いけど、私、お役に立てそうもないわ」
藤井「いや、お義姉さん…」
正道「いや、あの、もう少し詳しく説明してくれないかな?」
藤井「もちろんですよ。実は今度ですね…」
元子「だから私はいいんです」
藤井「いや…。我々が考えてるキャッチフレーズとは、どぎつい宣伝文句じゃないんです。詩なんです。ポエム。詩の心なんですよ」
電話が鳴る。
藤井「我が社の…」
元子「失礼します」
正道「今日は諦めた方がいいな」←さすが!
元子「はい、大原…まあ、陽子さん!」
松江
陽子「フフッ…はい。テレビ拝見しましたわね、昼間。はい。はい、お母さんもおばあさんも。そうで夜なら帰っちょられえでしょうから電話しようってみんなで言っちょったんです。ええ、みんな、今、ここにそろっちょうますわね。あっ、じゃあ、順に代わあますけんね、ちょっと待ってごしなさいね。はい」
波津「もしもし…ええ、今日、あんたの元気な姿、見ましたわね。あの時間はね、いつも見ちょうますけんね。だども、あんたに今日は会えるとは思ってもああませんでしたけんね、まあ。子供たちは元気かいね? うん? それからこれからもあの時間に出なさあですか? えっ? あっ…応援ですか。ああ、そげですかいね。ちょっと待ってごしないね、代わりますけんね」
邦世「しばらくでしたね。今日はねえ、テレビでやったのっぺ、ああはきっと元子さんが考えなさっただないかといって、おばあ様も一日中、喜んじょられてねえ、うん。だども、あげな田舎料理、よう覚えていなさったねえ。本当に懐かしかったわね」
茶の間
大介や道子もそばに来ている。
元子「お義母さん…。すいません、こちらも順に代わりますから。大介、ほら…」
大介「もしもし、大介です。はい、元気です。はい、今、中学で剣道をやってます。えっ、勉強? もちろん頑張ってます」
道子「次、私よ。ねっ、お父さん」
正道「ああ、いいとも」
道子「お兄ちゃん、次、私だから早くして」
元子「何でしょうね、あちらの電話なのに。かけ直しましょう。ねっ、あなた」
正道「いやいや、せっかくかけてくれたんだよ。これも親孝行だよ」
元子「でも…」
正道「しかし、テレビの威力ってのは、すごいんだなあ」
元子「本当。やっぱり今日、出てよかったんですね」
正道「もちろんだよ。人形町のうちだってね、日頃、何かと祐介君に見てもらってんだから、巳代子さんの応援できて本当にいい機会だったよ」
元子「ええ」
大介「お母さん、お母さん、もう一度、お母さんにだって」
元子「はいはい」
これを思わぬ功徳というのでしょう。松江の人たちの言葉は、やはり懐かしいかぎりでした。
道子に受話器を譲り、笑顔を見せる元子。
つづく
さりげなく藤井のフォローもする正道っつぁん! しかし、するっと何事も簡単に決める巳代子のように見えて、元子は気分にムラがあって、断ったりすることもあるからなあ。巳代子は限られたチャンスで確実にヒットが打てるタイプなのかも。藤井もね。