公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
昭和19年秋。不要の金属の強制買い上げが行われるなど、国民生活が次第に悪化する中、元子(原日出子)たち女子放送員の授業も厳しさを増していく。中でも仙台出身の飯島トモ子(菅原香織)は口を開けば東北なまりを指摘され、笑われて、だんだんと落ち込んでいった。ある日、急に早退したトモ子を心配して元子が部屋を訪ねると、実家に逃げ帰る荷造りの真っ最中。驚いた元子はトモ子を思いとどまらせようと、ある策を思いつく。
朝、茶の間
元子は正大に影膳を運ぶ。「おはよう、あんちゃん! ふすま入りのごはんじゃ、おかなにも力が入らないだろうけど、とにかく頑張ってください。うちはもちろんみんな元気よ。私なんかもう目いっぱい張り切っちゃってんだから。まあ、見ていてください。おはよう、お父さん」
宗俊「わ、わっ…びっくりする」
元子「どうかしたの?」
宗俊「どうもこうもねえや。今、出かける前にと思ってな秀美堂と一緒にぐるっと隣組を一回りしてきたんだ。どうも歯切れが悪くていけねえな」
秀美堂=警防団長の幸之助。
元子「何のこと?」
宗俊「そうだ、放送局には物知りが多いから、ひとつ聞いてきてくれねえかな。金歯は一体どうすりゃいいって」
元子「金歯?」
宗俊「プラチナを買い上げるって例のお触れだよ。まあ、この前のダイヤモンドの時はな、縁のねえ連中もいたけどよ、金やプラチナってのは、おめえ、まあ、みんな結構持ってるはずなのに集まりがよくねえんだ」
元子「うん」
宗俊「それで催促に行ったら、おめえだって歯ぁ出さねえじゃねえかときたもんだ。なるほど、俺の奥歯は金だよ、おめえ。けれども、これ出しちまったら、ものは、かめねえしよ、第一(でえいち)、仕事するにしたって、おめえ、奥歯かみしめてっていうぐらいだ。な、さっぱり力が入(へえ)らねえ。それでもやっぱり、この金歯は出さなきゃいけねえもんかなあ」
元子「さあねえ。どれ…」宗俊の口の中を覗き込む。
余分の鍋釜など不要の金属に続いてダイヤモンド、そしてプラチナの強制買い上げが軍需省によって行われたのは昭和19年秋のことです。
研修室
のぼる「いくら何でも歯はいいんじゃないの?」
恭子「そうよ、指輪や帯留めのぜいたく品とは違うんですもの」
元子「私もそうは言ったんですけれど、何しろ上にバカの2文字がつくくらい真っ正直(ちょうじき)な人(しと)でしょう。以来、グッと口を塞いで考え込んでしまってるの」
少し離れた席にいたトモ子が話に加わる。「分かる分かる。私にはお父さんの気持ち、全く分かっちゃうわ」
恭子「あら、ふれちゃん、そんなに歯が悪かったの?」
トモ子「とんでもない。これでも仙台では折り紙付きの健康優良児だったんだから」
のぼる「『仙台』」
トモ子「ほら、これだもの」
のぼる「何が?」
トモ子「口開く度に、こう毎日毎日注意ばっかりされてると、私、もう神経衰弱になりそう」
のぼる「ふれちゃんが神経衰弱だなんて」
光子「ううん、いやぁ、うちだって近頃その気味あっとよ。だけん、このごろ、うちたちおとなしかでしょうが」
のぼる「それで?」
光子「ひどかぁ! 何ば言いよっとね!」
元子「だけど、それと金歯とどういう関係があるの?」
トモ子「口を開くに開けないという気持ちでよ」
元子「そんなあ」
トモ子「おまけに私が話すとなまりがうつると言う人がいるのよ」
元子「それはひどい!」
本多「それはひどい」
ナチュラルに授業へ。
本多「なるほど、飯島君のなまりは第一級の頑固さだけれども朗読術においては実にいいものを持っている。だから、その場合、あなたのなまりが矯正されたならば、僕は第一級の放送員になれるものと確信してるよ」
トモ子「え…本当ですか、先生!」
本多「『本当』『先生』」
他の放送員が笑う。
本多「こら! 今日は朗読術についての講義だけれど、今、笑った人たちは本当に笑ってていいのかな。今、笑った人たちの中には何度注意されても自分だけ気持ちよさそうに朗読してる者が多い。放送員にとって放送とは自分のものではないということをもう一度確認するためにも今日は『話す』と『語る』の違いについて勉強してみようと思う」
黒板に書かれた
話す
語る
本多「この違い分かるかな。立山君、どうですか」
のぼる「はい。どちらも言葉を口に出して言うことに変わりはありませんが字引によりますと『話す』というのは元来、手放すの放す、あるいは引き離すの離すという意味で心のことをただ外に放出することと考えられます。一方、『語る』といは形、かたどるという意味を持ち心のことを形象的な型によって表現されるものと考えられます」
元子、ポカ~ン。心の声「すごい秀才!」
本多「うん、そのとおりだね」
話す 放
離
語る 形
象
と書き足されている。
本多「だからこれが言語哲学的に解釈することを許されるならば、話すということはある事柄について率直に述べることであり、語るということは技術を必要とするわけだ。だから、放送員となるみんなは、ただ話すだけではなく話すとともに語るという技術が必要なわけだね」
元子がこっそりトモ子の様子を伺うと、トモ子は下を向いていた。
階段を上っている恭子たちに声をかける元子。「ねえ、ふれちゃん知らない?」
恭子「あら、ガンコと一緒じゃなかったの?」
元子「うん、それが待っててって言ったのにどこにもいないの」
光子「あっ、ふれちゃんなら早引けしたんじゃなかね」
元子「早引け?」
光子「うん。立花さんに頭痛いとか言うとうたばってんね」
恭子「やだ、私、知らなかった」
ピンと来ました、ガンコには。
元子「私、ちょっと行ってきます」
恭子「ねえ、行くって一体…ガンコ!」
トモ子の下宿部屋
行李に服を入れているトモ子。時折涙を拭きながら、外に干してあった洗濯物も取り込む。
元子「ふれちゃん!」
とっさにベランダに隠れるトモ子。
元子「失礼します!」
襖を開け、部屋の中に入る。
元子「ふれちゃん」
トモ子が顔を出す。「ガンコ…」
元子「こんなことじゃないかと思ったわ」
トモ子「私は別に…」
元子「別に何なのよ」
トモ子「どうだっていいじゃないの」
元子「あっ、そう。ふれちゃんってそういう人だったの。ノメノメと尻尾を巻いて優しい優しいお母さんのとこに逃げ帰っちゃうような、そんな人だったの」
トモ子「私だって頑張ったわよ。口を開けば、みんなからゲラゲラ笑われながら、それでも私、今日まで一生懸命頑張ってきたのよ。でも…」
元子「でも、何なのさ」
トモ子「東京人のガンコに私の気持ち、分かるわけないわよ」
元子「ふれちゃん、放送員とはまず相手に話して伝えることなのよ」
トモ子「もう駄目、私は」
元子「何で勝手に決めるの! しゃべることなら、そりゃ、ふれちゃんより私の方がましだわよ。けど、言語哲学的解釈なんて出てきたら、もっと勉強ちゃんとしとけばよかったって私なんか全然、劣等感の塊よ。だけど、一生懸命勉強すれば追いつけるんだもの。ここで負けてたまるか、そう思って戦う気力を振り絞ってんのよ。何さ、東北生まれなんだから、なまりがあるのは当たり前じゃないの。ふれちゃんがそんな弱気の人だったとは思わなかった。そんな人が私の友達だったなんて、それが悔しいわ」
トモ子「ガンコ…」
元子「最後の友情として荷造り手伝ったげる。そしたら私と一緒に来てちょうだい」
トモ子「どこへよ?」
元子「カフェ・モンパリ」
トモ子「何しに?」
元子「所変われば気も変わるって。あそこならなまりもうつらないし、駄目でもともと、下宿させてくれるかどうか交渉してからでも仙台に帰るのは遅くないじゃないの」
トモ子「ガンコ…!」
研修室
窓辺で本を読んでいる三井良男。
恭子「えっ、モンパリへ下宿!?」
悦子「ずるいわよ、そんなの」
のぼる「そうよ。下宿させてくださるって分かってたら私が先に申し込んでたわ」
光子「あんたは大学ん時からの下宿でしょうが」
恭子「私は横浜よ。満員電車でどのぐらいかかるか分かる?」
元子「残念でした。モンパリの下宿の定員は1名であります」
悦子「ん~、悔しい、もう!」
トモ子「おう、ブラボー! トレビアン! 万歳~!」せきばらいして「臨時ニュースを申し上げます。今日、飯島トモ子さんが提出しておりました下宿変更願は、ただいま立花放送員室長のご判断によりまして無事許可される運びとなりました!」
拍手と歓声
茶の間
ラジオから流れるのは「空の神兵」だな!
どっちバージョンか分からないけど。
元子はお茶をいれ、トシ江、巳代子は繕い物。宗俊はうつぶせになり、順平は宗俊の足の裏を踏んで、マッサージ。
宗俊「何だ何だ、え。そんなことなら正大の部屋も空いてることだしよ、うちの下宿させてやりゃよかったじゃねえか」
元子「だけどやっぱり叔父さんのとこの方がよかったんじゃないのかな」
宗俊「何でだよ」
元子「だから、それは…」
トシ江「決まってんじゃありませんか。何たってあのうちは子供がいないんだし、頼んででも来てほしかったんじゃないですか?」
宗俊「チッ、気取りやがって、横文字の看板、上げやがってよ。おい、今度は肩だ」起き上がった宗俊は今度は順平に肩たたきをさせる。「子供の一人もいねえくせにざまあねえや、あの洋行帰りめが」
トシ江「そういう言い方ってないでしょ」
元子「そうよ。生きてたら私と同い年の男の子がいたのにって、叔母さんいつもそう言ってたわ」
宗俊「そういうのをな、死んだ子の年を数えるっつってな、あの絹子のバカ野郎」
巳代子「これで本当にあの叔母さんときょうだいなのかしら」
元子「それは仲のいいきょうだいだったんだって、ねえ、父さん」
宗俊「知ってるか」
元子「ところがそれほどかわいがってた妹が、あの叔父さんと大恋愛してカ~ッとなって以来、頭へ上った血がそのまま落ちてこないんだって」
宗俊「バカなこと言うんじゃねえ」
元子「あら、違ったの? 秀美堂のおじさんからそう聞いたけどな」
トシ江「もうおよしよ。お父さん、そんな話、一番嫌いなんだから」
順平「どうしてさ」
宗俊「男のお前までが何だ」顔を近づけていた順平の頭をたたく。
順平「いてっ!」←本当に痛そう。
トシ江「ほら、言わないこっちゃないだろ」
笑い声
宗俊「ところでおめえ、それ何してんだ?」
トシ江「ええ、洗い張りの仕事ですよ」
宗俊「チッ、日本橋の吉宗ともいう紺屋がよ、洗い張りたぁ情けねえ」
トシ江「んなこと言ったって、お客様はお客様ですよ」
元子「あっ、本多さんの声だ」ラジオの音量を上げる。
ラジオ・本多「続いてニュースの時間です。今日午後4時、大本営から…」
元子「ほらね、この本多さんが私たちの先生で『ヒ』と『シ』させ正確に読み分けられれば満点だって言ってくれた」
宗俊「うるせえ、黙れ! 敵が今、レイテ島に上陸したっつってるんだ!」
軍艦や飛行機の資料映像
その2日後のレイテ沖海戦では日本艦隊の突入作戦は失敗。我が連合艦隊の主力を失って、翌25日、海軍神風特別攻撃隊は、敵、アメリカ艦隊に対して初の体当たり攻撃を敢行しました。やがて、内地からも若い命が次々と奪われていくのですが、今、元子たちのグループの最大関心事はトモ子の引っ越しでした。
カフェ・モンパリ
洋三「さあ皆さん、お掛けください」
トモ子「はい」
絹子「はあ~、さすが若い人たちね。片づくのも早かったわ」
トモ子「だけど、トランクと行李と風呂敷だけですから」
洋三「いや~、でもそんなこと言ったって、あれだけの荷物を電車で運ぶのはやっぱり大変ですよね」良男の肩に手を置く。
元子「本当。けど、声かけてよかったわ。どうもありがとうございました」
トモ子「ありがとうございました」
良男「いいや、一応同期生ですから」
洋三「そんな人のいいこと言ってたら男性はあなたお一人なんでしょう。この先、何を頼まれるか分かりませんよ」
元子とのぼるが顔を見合わせる。
良男「いえ、ですから、それは、その~…」
絹子「はい?」
恭子「三井さん、コーヒーに目がない人でこちらのコーヒーの話をしたら一も二もなく協力してくれることになったものですから」
絹子「大丈夫ですよ。言われなくてもそのつもりですから」
良男「どうもすいません」
のぼる「だけど、本当に大丈夫なんですか? 私たちいい気になって、だいぶたかってしまいましたけど」
洋三「あのね、これ絶対秘密なんですよ。いいですね」
のぼる「はい」
洋三「この店にはすごい地下室があってね、おじさんは友達と一生飲める分だけのコーヒー豆を麻袋にぎっしり隠してあるんだ」
のぼる「わぁ、夢みたい!」
元子「知らなかったわ。叔父さんがそんなに頭よかったなんて」
洋三「知らぬはガンコばかりなりか、ハハハハ…」コーヒー豆を挽く。
良男「あ~、いい匂いだ。久しぶりに本物の匂いを嗅ぎました」
洋三「ハハハハ…」
絹子「はい、どうぞ」
トモ子「おじさん、おばさん、それにガンコ、本当にどうもありがとう」
元子「何よ、改まって」
トモ子「うん、それからみんなもどうもありがとう。私、もう一度頑張る。誓うわ」
のぼる「ごめんね、ふれちゃん。私たちだって、あなたが悩んでいたのは分かっていたの。でもどうやって力になっていいか分かんなくて」
トモ子「ううん、今までどおりお願いします。それで、私がまた弱気になった時は…」
洋三「あ~、大丈夫大丈夫。その時はね、たたき出してやれってガンコちゃんにしっかり頼まれてますからね」
恭子「まあ」
笑い声
コーヒーも友情も本物だからこそかぐわしいのだと思います。
トモ子役の菅原香織さんは名字からしてきっと東北の人なんだろうと思う。標準語も所々はちゃんとしゃべれたり、なまったりというのがうまい。あと、先生もなまりを笑う人をきちんと注意してくれるのはありがたい。あれを一緒になって笑う人もいるからね。
普通?のドラマだとそこまでなまってないよというくらいなまってるか、全然なまってないかの2択なんだけど、そうじゃないんだよなあ。その加減がうまい。
そういえば、東北出身者じゃないのに「おしん」の田中裕子さんが山形にいた時、上京してから少しずつ標準語になっていく過程がすごくうまかったんだよなあ。
神風特攻隊もサラッとナレーション。でも日常生活だと家族じゃない限り、そんなものかもしれない。