公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
町子(藤山直美)は、秘書の純子(いしだあゆみ)から雑誌「上方文化」の原稿料が半年以上前から滞っているのを聞く。そんな折、先輩作家の池内幸三(板尾創路)から「上方文化」の廃刊が近いうわさを聞く。一方、診療所の看護師・鯛子(小西美帆)に、工藤酒店からの紹介で見合いの話が来る。また、健次郎(國村隼)の医学生時代の知り合いで落語家の笑楽亭米三郎(曽我廼家玉太呂)が、健次郎に師匠のことで頼みごとをする。
茶の間に入ってきた町子。「はあ…」
純子は書類の整理をしていたが、町子に笑顔を向ける。
町子「ああ…。『小説太陽』出来上がりました」
純子「あ~、お疲れさまでした」
町子「久しぶりに梅田に買い物でも行ってこうかなあ」
純子「先生、『上方文化』の方は?」
町子「は?」
純子「え? 『月刊上方文化』のあの…『文学散歩シリーズ』の4回目」
町子「今週でした?」
純子「はい。え? スケジュールにはちゃんと…」
町子「ありました?」
純子「ございました」
町子「ございましたか…」
純子「はい」
町子「買い物は、お預けですね…。あ~」
仕事部屋
町子「あ~あ」
純子「先生!」
町子「は~い」
純子「あの…実は…」
町子「あ、はい」
純子「申し上げにくいんですけど原稿料の件なんです。『上方文化』の…」
町子「あ、はい」
純子「このシリーズの1回目のもまだ入ってないんです」
町子「え?」
純子「もう半年以上ですから…。編集長の畑山さんは『近々必ずお支払いします』とおっしゃるんですが…。『いや~、申し訳ございません』の一点張りで…。それにこのところ会社にも不在がちで…。ちょっと心配になったもんですから」
町子「何でやろ…。畑山さんて、ええ加減な人やないんですよ」
純子「先生、昔からのお知り合いなんですよね?」
町子「はい。う~ん…。分かりました。何か事情があるんでしょう。もうちょっと様子見てみましょ」
純子「はい」
仕事机の上に並べていた「月刊上方文化」を手に取る町子。
月刊上方文化
1970/11月号
作家/花岡町子
「文学散歩シリーズ」第3回
待合室
鯛子「お見合い…。私がですか?」
タエ「私の方の遠縁にあたる子でね、素直なかいらしい子やの。なっ」
貞男「うん…うん? うん。まあ、かいらしいかな」
タエ「郵便局に勤めててね、ほんまに真面目なええ子。なっ」
貞雄「うん…。まあ、真面目やな」
タエ「ちょっと! あんたもちゃんと薦めてえな!」
貞男「お、おお…。いや、真面目な郵便局員やで。自転車の運転もうまい」
タエ「何、褒めてんねんな、もう!」
鯛子「お見合いですか…」お見合い写真はなかなかいい男。
タエ「鯛子ちゃんもな、そろそろ結婚考えてもええ年頃やろ。こんなん言うたらなんやけどな、この診療所に勤めてたら、ほらもういかんせん出会いというもんがないがな。来はんの病人ばっかりやろ?」
貞男「当たり前やがな。(タエから肘鉄を受ける)ウッ…」
タエ「フフフフ。この子、健康。どう? いっぺん会うだけでも会うてめぇへん?」
鯛子「一応、徳永先生にも聞いてみて…」
貞男「そら、そやな。そらやっぱり雇用主にも話通さんと。そら、お前、筋としては、そやで」
タエ「もちろん先生には私の方からちゃんと話させてもらいます。なっ、なっ。ちょっと考えてみてくれへん?」
工藤酒店
タエ「ちゃんと薦めてくれなあかんやろ。何やの? あれは!」
貞男「薦めたがな」
タエ「あれでかいな! ほんまにあんたは頼んないねから!」
貞男「申し訳ございません。ほんまにすいま…」
俊平「また怒られてんの?」
タエ「また油売りに来はったん?」
俊平「おい。どないなってんね?」
貞男「仲人や」
俊平「え?」
貞男「何やな、守の同級生の母親に仲人して結婚させた実績50組いうのがいてるみたいでな。それに感化されてしもて…。『私もいっぺん仲人してみたい』て言いだしよってん」
俊平「そらまた面倒くさいのに興味持ったもんやな」
貞男「そやろ。面倒くさいねん。着るもんあつらえなあかんわ、時間はとられるわ、お金かかるわて何が面白いちゅうねん。鯛子ちゃんかて、ほんま迷惑なこっちゃで、ほんまに…」
俊平「何? おい」
貞男「うん?」
俊平「鯛子ちゃんに薦めた?」
貞男「うん」
俊平「そらあかんがな!」
貞男「え?」
俊平「いや…徳永医院を寿退社でもしたらどないすんね。寂しいがな」
貞男「そやな」
俊平「そやろ?」
タエ「何、コソコソ、話、してますの? はよ配達行かんかいな!」
貞男「はい、はい…」
俊平「とにかくな、鯛子ちゃんだけはあかん。やめさせ。なっ」
貞男「お前、説得してくれ。なっ」
俊平「何でやね? お前の嫁はんやがな」
貞男「怖いがな!」
俊平「ワシ、もっと怖いがな!」
待合室
お見合い写真を見ている鯛子。
藪下「お見合いですか?」
鯛子「ヤブちゃん…」背中にお見合い写真を隠す。
藪下「隠さんかてええやないですか」
鯛子「恥ずかしいでしょ」
藪下「真面目そうな人ですね」
鯛子「見えたん?」
藪下「きっと郵便局員でもしたら似合いそうやなあ」
鯛子「もうしてはる」
藪下「え?」
晴子「お兄ちゃん、まだ? もうお昼休み終わんのに」
藪下「晴子先生。鯛子さん、お見合いしはるんですよ」
鯛子「ちょっとヤブちゃん! いやまだ決めてへんのですよ。工藤酒店さんの奥さんが置いてきはったんです」
晴子「お見合いかあ。ちょっと見せて見せて見せて」
鯛子「はい」
晴子「真面目そうな人やねえ。きっと郵便局員…」
鯛子「郵便局員なんです」
晴子「あ、そう…」
鯛子「そんな郵便局員顔かなあ…」
晴子「ねえ、鯛ちゃん結婚したいの?」
鯛子「う~ん…私自身は今は仕事が楽しいから考えてへんかったんですけどね。こないだ母がちらっと『あんた結婚する気あらへんのか』って」
藪下「鯛子さん、ごきょうだいは?」
鯛子「一人っ子やの。父が早く亡くなったから母と私だけ」
晴子「お母さん急に鯛ちゃんの結婚気になりだしはったんやね」
鯛子「それがね、最近、私の従姉妹に娘ができたんですよ。つまり、母の妹に孫が」
晴子「あ~、お孫さんねえ」
鯛子「はい。まあ、そうとは言わへんのですけど、羨ましいんやろなあって。まあ、私も子供は好きやから結婚したら欲しいとは思うんです」
晴子「けど、それ目的で結婚急ぐのもね」
鯛子「あ…子供だけ先にいう手もありますけどね」
診察室
健次郎「そらもう鯛ちゃん次第やがな。乗り気なんやったらしたらええし。さっき貞やんの嫁さんにも聞いたけどね、悪い話ではないと思うねやけどな」
鯛子「う~ん。何かね、こう…結婚ていうのがまだピンと来てへんのですよね」
健次郎「ハハハ。まあその気がないのやったら、まあ無理せんとき。遠慮せんと断ったらええね。ただな、新しい人と出会ういうのは面白いもんやで」
鯛子「面白い?」
健次郎「形はどうあれ出会いは出会いや。もしそこにピッタリの人がおってみ、こんなええことあれへん。あっ、それともあれかあの…」
鯛子「あ~、つきおうてる人やなんていてへんのですけど、まあ憧れてる人やったらいてます」
健次郎「へえ。え? どんな人? どんな人?」
鯛子「えっ…」ため息をついて診察室を出ようとするが振り向いて健次郎を見る。え~!? 鯛子の憧れてる人って!?
それにしても小西美帆さん「やんちゃくれ」や「3年B組金八先生」の花子先生などでショートカットで素朴なイメージだったから、鯛子さん役がものすごく大人っぽく見えるな~。90年代でイメージが止まってた。
仕事部屋
原稿を書く町子。
純子「失礼します」
町子「はい」
純子「先生」
町子「はい」
純子「お客様です」
町子「え? 私、今日、打ち合わせの約束してました?」
純子「いえ、編集の方じゃなくて…」
池内「お忙しいとこ、お邪魔しま~す」
町子「あ~!」
池内「こんにちは」
応接間
町子「ハハハ。あの夜の番組の『ミッドナイトショー』時々見せてもろてます。生放送て大変なんでしょ?」
池内「ハプニング多いからえらいこっちゃで。この前も本番中、スタジオの踊り子さんの衣装の肩のひもが外れてしもて大騒ぎや。視聴者から抗議の電話かかってくるし…。抗議すんねやったら、そんな番組、初めから見るないうのにね」
町子「ようそんなこと言わはるわ」
昔のテレビ局は割と作ってるものに自信があって、抗議も強気に突っぱねたエピソードを時々聞くね。初期金八とか。
めちゃめちゃ関係ないことだけど、先日も国交省の主宰するオンラインセミナーで講師25人全員が男性だったというニュースがあった。抗議を受けて女性講師も入れるという話になったらしいが、ふさわしいと思って選んだのなら、突っぱねればいいのに。適切ではなかったなんて方針転換するから、ほらやっぱり女性を外してたんだ!ってなる。
態度が変わることに腹立つ。抗議を受けなければこのままやってたんでしょ。貫き通せばいいのに。ハッ、ほんとに関係ない。
池内「ところで花岡さん、今日は何書いてはったん?」
町子「あ…あの『上方文化』の『文学散歩』です」
池内「ああ、それ、読んだ読んだ。この前の与謝野晶子の回、よかったなあ」
町子「ありがとうございます。あの池内さん、ちょっと聞かせてもろてもよろしいですか?」
池内「はい」
町子「その『上方文化』のことで何か聞いてはりません?」
池内「ああ…うわさ、ほんまなんかなあ」
町子「うわさ?」
池内「資金繰りがうまいこといってへんみたいやて原稿料滞ってるいう人も何人かおってね。あっ、ひょっとして花岡さんも?」
町子「え? いえいえ…」
池内「休刊やいう声もチラホラ聞こえてて…。この世界で休刊いうことは廃刊いうことやからなあ」
町子「廃刊!?」
池内「文学や歌舞伎、文楽から落語、漫才、幅広う扱うても、どっちか言うたら専門的やし一般受けはしにくい」
町子「そこがいいのに…」
池内「花岡さん、つきあいは古かったよね? 確か畑山さんが新明出版にいてはる時から…」
町子「ええ。私がね、新人賞応募した頃から時々感想の手紙くれはりましてね。いや、感想いうてもね、もうケチョンケチョンに怒られてばっかり」
池内「僕もよう怒られた」
町子「それでもね、私の書いたもん、ず~っと読んでてくれはったんです」
その日の夕方遅くでした。
受付
健次郎「今日はもう終わりかな?」
藪下「そうですね」
米三郎「ごめんやす。もうおしまいでっしゃろか?」
健次郎「いや、大丈夫ですよ」
米三郎「あ~! 健次郎さん。いや、徳永先生言わなあきませんねんな。お久しぶりです」
健次郎「あ…あ~、あの…」
米三郎「日高達夫です。鹿児島の薩南町いう所で隣に住んでた…」
健次郎「僕が下宿してたとこの?」
米三郎「中学生で…ほれ、医専の同級生のにいさんらと一緒にいっつも釣りに連れていってもろてた…」
健次郎「あっ。え? 達夫君?」
米三郎「思い出してもらえましたか?」
健次郎「ああ!」
笑楽亭米三郎役の曽我廼家玉太呂さんは、「純ちゃんの応援歌」の小平治さんを思い出すような顔だなあと思った。
同じ曾我廼家一門の方だったんですね。顔は思ったより似てないし、小平治役の曽我廼家文童さんの方が10歳近く年上だった。でも何かしゃべり方? 雰囲気? 似てる気がするんだけどな~。
診察室
米三郎「花岡町子先生のご本読んですぐに分かりましたよ。カモカのおっちゃんって健次郎さんのことやなって! もう懐かしいて、うれしいて…」
健次郎「20年以上になるかなあ?」
米三郎「はい」
健次郎「確かあの時、達夫君、大阪からおじいちゃんのとこに来てたんやったな」
米三郎「ええ、そうですねん。大阪で空襲が激しなったもんですよって、いっときあっちで住んでたんですけどもね、終戦後、また大阪に戻ってきました。あの…僕、今ね、落語家やってるんです」
健次郎「え? ほんまかいな」
米三郎「はい。笑楽亭米三郎ていいますね。師匠は米春。知ってはりますか?」
健次郎「米春さん、もちろん知ってるよ。へえ~、落語家さんなあ」
米三郎「僕ね、高校卒業してすぐに師匠のところに弟子入りしましてん」
健次郎「へえ~。わざわざ会いに来てくれたん?」
米三郎「はい」
健次郎「うれしいな。まあ、座って」
米三郎「はい」
健次郎「へえ、そうか…」
米三郎「いや、あの…実は今日ちょっとお願いがあって寄せてもろたんです」
健次郎「うん」
米三郎「先ほど申しました師匠、米春のことなんですけどもね、ちょっと体の調子がええことあらへんのです。『病院行ってください』て言うんですけどもね、『行くのは嫌や』て。近々、大きな舞台が控えてますしね、『大きな病院へ行ったら、どんなうわさが立つか分からへんさかいに行くのは嫌や』て。もう困りましてねえ。で、私、ひょっと健次郎さん…いや、先生のこと思い出しましてね、で、先生やったら思て、今日、お伺いしたしだいなんです」
健次郎「うん。で、その調子悪いていうのはどんなふうに?」
米三郎「時々『胃が痛む』言うて。最近では顔がむくんだりしますねん。それより何より気になりますのが高座での声に張りがのうなってきたんですわ。声は噺家の命ですやろ。そやのにいつもの師匠の声と違うんで、こらあかんな思て…。いっぺんここへ連れてきますんで、ここで診てもらえませんやろか?」
健次郎「うん。そらもう早い方がええな。いつでも来て」
米三郎「おおきに。ありがとうございます! で、あの…ちょっとまたお願いがあるんですけども…」
健次郎「うん?」
米三郎「私ね、ここで先生と知り合いで前もって来たということをないしょにしといてもらえません?」
健次郎「うん、分かった」
米三郎「すんません。どうぞよろしゅうお願いいたします」
健次郎「ええ」
仕事部屋
執筆中の町子。ふと手が止まり、机の上の「上方文化」に目をやる。
池内から聞いた雑誌社の畑山のことが気にかかっている町子でした。
ミニ予告
たこ芳のカウンターに並ぶ町子と健次郎。
町子「私、結婚して一番うれしかったんはやっぱりそれかな」
月曜日は種まきの日だからこんな感じ。明日からどんな展開と別々のエピソードが絡んでいくのか。