公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
手術の短かさを気にしたマチ子(田中裕子)は、重病ゆえに手術ができなかったのではと大山医師(北村和夫)に迫る。切った胃袋を見せようとする大山にマチ子とマリ子(熊谷真実)は押し黙る。そこへ、女医の荘司(鳳蘭)と看護婦の久美子(遥くらら)がやってくる。荘司は気弱になっているマチ子に、自分が昔宝塚に憧れ、今でも諦めずに踊りの練習をしていると話す。数日後、漫画を描こうとするマチ子に磯野家はある決断をし…。
[rakuten:book:10973793:detail]
病室のラジオから「庭の千草」が流れる。目をつぶっているマチ子と付き添いのマリ子。「ねえ、聴いてるの? それとも眠ってるの?」
マチ子「聴いてるわよ」
マリ子「だったら、もう少し聴いてるふうにしなさいよ」
マチ子「そう?」
マリ子「そうよ。例えばいい曲だなとか感動してるふうな」
マチ子「うん…」
マリ子「ねえ、しっかりしてよ。この曲はマチ子が大好きだった曲じゃないの」
マチ子が好きな曲であり、おしんが好きな曲でもある。
マチ子「うん…」
マリ子「ねえ、しっかりしてよ。手術は終わったのよ。塚田さんだって言ってくださったじゃないの。マチ子が自分で元気にならなかったらどうするの!」
マチ子「マー姉ちゃん…」
マリ子「いいわよ、マチ子がいつまでたってもそんなふうだったら私の方が病気になっちゃうから」
マチ子「そんな…」
マリ子「知らない」
そんな時、ドアがノックされた。
マリ子「はい」
看護婦「大山先生の回診です」
マリ子「はい、すいません」
大山「やあ、どうです? 磯野さん」
おぉっ! 大山先生、今日も出た。
マチ子「はい、よく分からないんですけれど…」
大山「うん、それが当たり前ですね」
マチ子「はあ?」
大山「患者が勝手な診断を下すからです。それもとんでもない見当違いのね」
マチ子「先生…」
大山「残念ながら、あなたはがんじゃありませんよ」
マリ子「ほら、ご覧なさい」
マチ子「だけど…」
大山「だけど、何ですか?」
マチ子「私の手術時間はとても短かったそうですね」
大山「うん、そのかわり、麻酔が遅くまで人一倍にさめなかったから、その分でおあいこでしょう」
マチ子「先生、私、真剣なんです」
大山「ああ、それは大変いいことですね。私も真剣になることのできない人間は大嫌いです」
マチ子「だったら先生、真剣に答えてください」
大山「ああ、どうぞどうぞ。この際、何でも聞いてください」
マリ子「私が代わって申します」
大山「ああ、どうぞどうぞ」
マリ子「マチ子ったら、手術が早く終わったことで逆に心配してるんです。ほら、開けてみたけど手のつけようがなかったから塞いでしまったってことがよくあるでしょう?」
大山「ハハッ、そんなことはありませんよ」
マチ子「先生、私、覚悟できてるんです。だからはっきりおっしゃってください。そしたら私も残された自分の時間をですね…」
マリ子「マッちゃん…」
マチ子「だって…」すすり泣き
大山「そうか、じゃあしかたないな。ああ、君、すまんがね、あれを持ってきてくれんか? あれ」
看護婦「はい、ただいま」
マリ子「あの、あれって一体…?」
大山「マチ子さんの胃袋です」
マリ子「マチ子の胃袋!?」
大山「そう。この間ジョキジョキ切った胃袋。まあ、普通の人だったら見たら…あまり気持ちのいいもんじゃないけれどね。あっ、あなたはステーキをやる時、レアで食べられますか?」
マリ子「えっ、いえ、あの…ミディアムの方が…」
大山「ああ、そう、ミディアムね。それじゃあ、肉屋の店先で肉を選んでるように、まあ気楽に見たらいいんじゃないかな」
マチ子「先生…!」
大山「もっとも胃袋には名前が書いてないが、それでもね、30年間、一緒に仲よくしてきた自分のもんなんだから見たらたちまち懐かしくなるんじゃないかな」
マチ子「マー姉ちゃん…」
大山「ん? いやいや。そんなに心配することはない。大丈夫、大丈夫。大丈夫だよ」
マリ子「いえ、あの…どうぞもうお構いなく。マチ子ももう勝手な診断はしないとそう言ってますから」
大山「えっ? そんなこと言ったんですか?」
マチ子「言いました! 確かに言いました!」
大山「ああ、そう。それは結構だ。それじゃあ、あとは看護婦の指示に従うこと。分かりましたね? うん。それじゃあ、お大事に」部屋を出て行く。
マリ子「あ…ありがとうございます…」
なるほど。ああいう先生を本当の名医というのでしょう。これでマチ子のガンノイローゼも多分、解決するはずです。
マリ子「お水、飲む?」
マチ子「うん、駄目」
マリ子「どうして?」
マチ子「だって、まだガスが出てないもの」
マリ子「もう…そんなことに慎み深くすることないのよ」
(おならの音)
マチ子「あっ」
マリ子「えっ?」
マチ子「出た…」
マリ子「アハハハハッ! よかった~!」
熊谷真実さんの笑い声はかなりけたたましい。
磯野家
はる「まあ、それはよかったこと。だから私が言ったでしょう。座して祈れば道は開ける。ゆっくり休んどればいいのだから、心静かに『聖書』をお読みなさい。『明日を思い煩うことなかれ』です」
病院
マリ子「はい、そのとおりでした。あっ、それから今、大宗さんたちがお見舞いに来てくださいましたのよ。はい。はい、分かりました。それでは」
病室
マチ子「すいません、本当に」
均「何を言ってるんだよ。俺たちは喜びも苦しみも分かち合う仲間じゃないか」
道子「そうですとも。たとえ、お医者様が見放したとしても私は断固、私の一念でお治しするつもりでした」
マチ子「ありがとう、道子ちゃん」
マリ子「そうですとも。皆さんのためにも早くよくならないでどうするのよ」
マチ子「はい」
均「素直だね~」
マチ子「は~い」
均「あれ? あんまり素直すぎて気味が悪いな、アッハッハッハッ」
マチ子「意地悪なんだから」泣き出す
マリ子「ほらほら」
荘司「失礼しますよ」
マリ子「あっ、荘司先生」
荘司「あ~、あ~、またですか? 今、大山先生から『もう大丈夫や』いうて聞いたばっかりでしょう。そんな気の弱いことでどないするんですか。病は気からっていうでしょう。気持ちさえしっかり持ってたら医者なんて、みんな失業してもいいぐらいなんですよ」
マリ子「でも、ございましょうが」
荘司「とにかく私のためにもはよサザエさんに元気になってほしいんです」
久美子「先生、サザエさんは漫画で患者さんは磯野さんです」
荘司「そんなことはどうでもよろしい。私はとにかく大ファンなんだから」
マリ子「それはどうもありがとうございます」
荘司「人間、何事も信念です。椅子」
久美子「はい」
久美子が持ってきた椅子に座る荘司先生。「私ね、昔、宝塚の大ファンやったのよ。今はこんなふうに大きく育ってるけど、ちっちゃい時は体が弱くてね」
マリ子「まあ」
荘司「まあ、親たちは宝塚に入ることは反対しなかったんやけど、えらい心配してね。体が弱かったらあそこはついていかれへんでしょう?」
マチ子「ええ」
荘司「そのうちに私もだんだんと考えが変わってきて、よし、そんなら医者になってやろういうてね」
マチ子「まあ!」
荘司「医者になったらなんぼでも体の弱い人を助けることができるでしょう。それにまあ家がもともと医者やったから親の後を継いだわけやけど、そいでも宝塚の夢は捨てたわけじゃありませんよ。ええ、毎晩、夢の中で元気に踊ってます」
マリ子「毎晩ですか?」
荘司「そう。たとえ夢の中でも、ふだんのトレーニングがなかったらスター級の踊りはできひんでしょう? 私はこう見えても人知れずトレーニングしてるのよ、毎日。要は努力です!」
マチ子、深くうなずく。
均「そうでしょうね、いや、私もね、まあ、随分長いこと『独活(うど)の大木』だなんていわれてきましたけども、僕から漫画取ったら一体何が残るのか、そういう思いで必死にしがみついてやってきましたが…」
荘司「そう! そこで信念と努力が生きてくるんですよ。ちょっと見ててね。(立ち上がり)足やったら今でもちゃんとこないして上がるんですよ」椅子を蹴り倒す。
久美子「先生!」
荘司「いや、あの…今のはちょっと失敗やったけど、まあ、失敗にめげてたら人類の進歩はありえない。リンカーンは…」
均「はい」
荘司「いや、アインシュタインやったかな…?」
均「さあ」
荘司「まあ、その辺で。あんまり気にしないで。とにかくふだんのレッスンの程を見てください。カモン、久美子ちゃん! ランランラ~ン。ラ~ラ~ララ~。ラン、ラ~ラララ、ラ~ラララ、ラ~ラララ~。ランララン、ランラララン。タララッタ、タ~ラ~、ラ~ララッタ~ラ~…」
マチ子の病室で踊りだす荘司先生と看護婦の久美子。
そこから、空想?の世界へ。タキシード姿の荘司先生とドレス姿の久美子のオンステージ。美しくて魅入ってしまった。遥くららさんは娘役だけど割と長身なんだな~。すてき。
荘司先生役の鳳蘭さんは昭和54(1979)年8月31日に宝塚退団。「マー姉ちゃん」のこの回は1979年9月21日(金)放送。大体4月に始まった朝ドラは8月の終わりくらいにクランクアップだから、まだ現役タカラジェンヌとしての出演だったのかな? スタッフの中に熱烈な宝塚ファンでもいたのかな?
すっかり暗くなった病室のカーテンを閉めるマリ子。「傷が痛むの?」
マチ子「ううん、荘司先生のことを考えてたの」
マリ子「うん」
マチ子「初めはただびっくりしたけど、すてきな先生だわ」
マリ子「そうね。何事も努力と信念。私ももう一度教えられたわ」
マチ子「早くよくならないと申し訳ないわよね」
マリ子うなずく。
マチ子「よ~し! 体がシャンとしたら足がパッて上がるトレーニングしようっと」
マリ子「マッちゃん」
マチ子「フフフッ! ぎっくり腰になるのが関の山かな」
マリ子「さあ? それはやってみなきゃ分かんないけど」
マチ子「ほ~ら、そうやってまたけしかける」
マリ子「そうよ! マチ子が元気になることだったら、どんどんけしかけちゃうから!」
マチ子「まあ!」笑い
出ました、出てきました、元気が体の中から!
磯野家の電話が鳴る。
ところがです。おなかを開けてから7日目のこと。
マリ子「はい、もしもし、磯野です。あっ、ヨウ子ちゃん? えっ、マッちゃんが目を回した!」
ヨウ子「そうなのよ。大山先生がね、もう明日から漫画を描いてもいいとおっしゃったの。それを聞いてマッちゃん姉ちゃま、目を回されてしまったんです。それなのにマッちゃん姉ちゃまったら、もう息も絶え絶えで、うちから筆と紙を持ってこいって」
マリ子「むちゃよ、そんな!」
千代「むちゃですよ、そんな!」
マリ子「だから私もそう言ってやったわ。だって、マチ子、その先生のひと言で目を回してしまったんですってよ」
朝男「畜生、なんて野郎だよ。よし、これからな、俺が乗り込んでな、てめえ、それでも医者かってどなり込んでやる!」
はる「お待ち…お待ちなさい!」
朝男「だってよ、奥さん…!」
はる「相手は専門家ですからね。先生には先生のお考えがあってのことだと思いますよ」
マリ子「でも、マチ子にはしばらくゆっくり休養させましょうって、この前の家族会議で決まったはずじゃありませんか」
正史「ええ、僕もゆうべ、ヨウ子と話し合ったんですが、創作を続けていく限りはですね、いくら悪い部分を切り取ったからといって胃によいことはないからでありまするからして、退院後のマチ子お義姉さんの生活対策をですね、我々としてはですね、しかるべき最善の方法をですね…!」
朝男「だから、つまるところは漫画は体に悪いってんだろ?」
正史「ええ、つまることは、そういうわけなんでありまするからして…」
朝男「だったらやめさせろよ。命には代えられねえ。ねえ、奥さん?」
はる「それはそうですけどね…」
千代「いいえ、私も『サザエさん』がなくなるのは寂しいですよ。でも、私はうちの人の意見に賛成です」
朝男「よく言った、お千代! それでこそな、俺の女房だ」
千代「何言ってんだい。今頃、そんなとこに気が付くなんてとうへんぼくもいいとこだよ」
朝男「あ…ああ…」
マリ子「ありがとう、天海さん。ありがとう、お千代ねえや。ねえ、お母様、そうしましょうよ」
正史「ええ、僕も賛成ですよ、お義母さん」
はる「分かりました。決むるは神にあり。それが神の御心でしたら、私に異存はありませんよ。『命あっての物種』ですからね」
ということで永らくご愛読いただいた「サザエさん」もここで終わることに衆議一決を見たのであります。が…
面白かったなあ。こういう回があってもよい。金八先生は第2シリーズ派だけど、第1シリーズで海援隊と金八先生が会ったりするような回もあったし、お遊びの回があったっていいじゃんねー。これがなければ、鳳蘭さんと遥くららさんの華麗なダンスを見ることもなかったし、宝塚ファンでも遠く離れて舞台を見に行けない人とか嬉しい人がいっぱいいたんじゃないかなあと思う。