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ドラマの感想など

【連続テレビ小説】澪つくし(126)

公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意 

かをる(沢口靖子)に双子の男の子が生まれて、上機嫌な久兵衛津川雅彦)たち。「昭和」から昭彦と和彦、と名付ける。英一郎(鷲生功)が、自分も見合い相手と結婚する、と宣言すると、それは先方から断られた、と久兵衛が告げる。一方外川では、善吉(安藤一夫)が、松岸の遊郭に身を沈めたアミへの思いに苦しんでいた。とね(草笛光子)は善吉に、身受けの費用を出す代わりに、親と決めた相手と結婚するように、と条件を出す。

 

昭和9年11月 かをると梅木に双子の男の子が産まれた。

ja.wikipedia.org

昭和9年生まれは大活躍した芸能人が多いそうで、石原裕次郎さん、津川雅彦さんのお兄さん、長門裕之さんも昭和九年会のメンバーだそうです。

 

双子が生まれて…「手間が省けてええ。なあ流産した分取り返した。いっぺんに元取ってしもたわい」久兵衛の要らない一言。るいが「あなたなんて事を」と咎める人が一人でもいたからいいものの、毎日炎上だな!

 

双子の場合はあとから生まれた方が長男とかをるは言ってたけど、wikiによれば”1874年12月13日の太政官指令により「前産ノ児ヲ以テ兄姉ト定候(先に産まれた方を兄・姉とする)」と多胎児の兄弟姉妹の順が定められた。それ以後、少なくとも法令上は出生順により兄弟姉妹が決められている。ただし、この「後から生まれた方が兄(姉)」という考え方は直ぐには改められなかったようで、例えば明治25年(1892年)に生まれたきんさんぎんさんは後から生まれたきんが姉となっている。1898年10月12日には司法省民刑局長が「出生ノ前後」をもって順序を定めるように再度の通達を出している。”

 

昭和に入ってもまだ後に生まれた方が兄ってことにしてるのね。

 

久兵衛は、長男を昭彦、次男を和彦と名付けた。昭和。オープニングテロップは明彦になってたみたいですけどね。

 

律子から電報が届いた。知らせたのは英一郎で、文面は「フタゴ タンジョウ オメデトウ ワタシモ ガンバリマス リツコ」

 

英一郎も結婚すると言い出した。”深見のお嬢さん”なる人とお見合いをしたそうだけど、向こうから断られたそうで。美しすぎる小姑2人と義母がいる家ってちょっと怖いかも。英一郎の人柄が嫌われたんじゃないと思いたい。

 

落ち込みつつ笑顔を見せる英一郎を梅木が励ます。「まだあきらめるのは早い」とか、おめーは周りからお膳立てしてもらったんだろーが!! …結局、惣吉派にも梅木派にもなれなかったな。

 

一方外川には娼婦となったアミへの思いに苦しむ善吉がいた。

 

とねはどうしても一緒になりたいのなら出て行きなという。惣吉の相手だったかをるに親切だったのは、陸者というのがあっても「入兆」の娘という家柄的には問題なかったからというのもあるのかな…。

 

息子がうじゃじゃけてたら舟形になめられてしまう。

www.weblio.jp

うじうじみたいなことか?

 

もう5年も松岸にいるアミのことをけじめをつけたいという善吉に身請けの費用300円を出すから、親の決めた相手と結婚しろというとね。うーん…究極の2択。苦悩の善吉。

 

しかし、300円って英一郎が先物商売で損したのが4000円だよ。英一郎に言ってたらもっと早く身請け出来たんではとか思ってしまうよ。4000円+5000円の持ち逃げでも店が潰れない「入兆」すごいな!

 

ある夜、久兵衛とるいの寝室に強盗が入った。包丁を突き付けられるも、落ち着いた態度で枕元の金庫からお金を取り出す久兵衛。かをるも寝室に来て恐怖におののく!

 

次から次にいろんなことが起こるね。

【ネタバレ】キッド

1921年 アメリ

 

あらすじ

喜劇王チャップリンが、捨てられた子供と放浪紳士との絆を描く笑いと感動の傑作。生活苦に悩んだ女性が、産んだばかりの子供を置き去りに。ひょんなことから赤ん坊を見つけた放浪紳士が男手ひとつで育て、一緒に暮らすようになる。時がたち、子供にガラスを割らせ、放浪紳士が修繕するというインチキ商売をしていたある日、大スターとなった母親が現れる…。サイレント作品に、チャップリン自らが作曲した音楽でつづるサウンド版。

BSプレミアムシネマ。100年前の映画が見られるって素敵だな。

 

女ーその罪は母になったこと

 

赤ん坊を抱いた女性が止まっていた自動車に赤ん坊を置いて立ち去る。その車に乗り込んだ男たちは赤ん坊の存在に気付き、道端に置いて去って行った。

 

道を歩いていたチャップリンが赤ん坊を見つけ、乳母車を押した女性や歩いていた男性に押し付けようとするが、いずれも失敗。赤ん坊に「この子をよろしくお願いします」という手紙を見つけ、自分の手で育てようとする。

 

母親は考え直して自動車があった場所に戻るが自動車がなくなっていた。自動車の持ち主のお屋敷を訪ねるが、自動車が盗まれたことを知り、失神した。

 

5年後、少年がガラスを石で割り、偶然通りかかったフリをしたチャップリンが修繕をするという仕事をしていた。子供の動きが早くて面白い。

 

一方、母親は女優としてスターになっていた。慈善事業として貧民街で偶然、少年に出会う。女優にもらったおもちゃで遊んでいた少年は、体の大きな悪ガキに取り上げられてケンカになる。少年は体は小さいが、結構強い。

 

しかし、悪ガキの兄がきて、チャップリンとケンカになる。そんな中、少年が熱を出したことを女優に教えられ、医者を呼ぶ。回復してきたものの、医者はチャップリンの子供でないことを少年が赤ん坊のときに身につけていた手紙を見つけて知り、通報。

 

児童養護施設の職員が少年を連れ去ろうとするが、チャップリンが追いかけ、少年を奪い返し、その晩は宿に泊まった。宿といっても病院の大部屋みたいにベッドが並んだだけの部屋。

 

誰もいなくなったチャップリンの部屋を少年の様子を見に訪れた女優は、医者から手紙を見せられて、少年が自分の子であることを知る。

 

宿の主人は新聞で少年が1000ドルの懸賞金をかけられていることを知り、寝ている子供を抱き上げて警察へ。翌朝、女優と再会する。

 

少年を探し疲れたチャップリンは家の前でうたた寝。夢で天使になり、飛んだり跳ねたり。警官に起こされ、車に乗せられ、女優宅へ。少年と女優が笑顔で迎え入れ、家の中に入って行った。(終)

 

やっぱり面白いな。1921年は大正10年。「澪つくし」のかをるさんは1910(明治43)年生まれ。

 

食事がごった煮みたいでモノクロのせいか余計不味そうに見えた。ゴミを2階の窓からそのまま外に捨てていたのも衝撃。昭和39年の東京オリンピックの頃の日本でもその辺にゴミを捨てたりしている映像を見たことがあったけど、アメリカもそうなんだ。貧民街の描写かもしれないけど。

 

終盤急に夢の話になるのは!?!? あのあと、チャップリンはどうなったんだろうか。いくばくかのお金を握らされ、追い出されるのか、家族みたいに暮らすのか。少年がかわいく、チャップリンといいコンビだった。

【連続テレビ小説】澪つくし(125)

公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意 

四月、律子(桜田淳子)から小浜(村田雄浩)と結婚したと報告の写真と手紙が届く。育て方を間違えた、とため息をつく久兵衛津川雅彦)。その夜かをる(沢口靖子)は、寂しそうに庭でぼんやりしている久兵衛を見る。それからしばらくして、かをるの妊娠がわかる。一人目を流産したかをるは不安だが、梅木(柴田恭兵)はあの時とは状況が違う、と励ます。十一月、戦争の足音が近づいてくる中、かをるは双子の男の子を出産する。

 

今日はまた1日で展開が早かった!

 

昨日の回が昭和8年12月23日の皇太子の誕生だったから、今日の4月というのは、昭和9年の4月ですね。

 

律子の手紙から

「お父さん、お元気でいらっしゃいますか? 突然ですが、私たちは4月3日 森安大隊長ご夫妻のご媒酌で結婚いたしました。お父さんのお怒りの顔が目に浮かぶようですが、私は悔いのない人生を送りたいのです。私を慈しみ育てて下さったお父さんに結婚式のご案内を差し上げなかったのは、本当に申し訳ありません。でもそれがせめてもの親孝行のつもりなのです。これ以上、お父さんを悲しませたくなかったのです。」

 

今日の久兵衛さんは昨日までの黒々とした髪より少し白髪交じりに見える。もみあげのところが白っぽく見えるせいかな。

 

広敷にいた小浜だから嫌なのか、軍人なのが嫌なのか、自分の選んだ人じゃないから嫌なのか、「軍人は戦地に持ってかれて名誉の戦死や。律子はすぐ未亡人になってしまいよる」と憎まれ口をたたく久兵衛

 

自分の育て方が甘いともいう。紀州にいるころは半年しか一緒に暮らせなかったから甘やかしすぎた。るいは銚子に私がいたという事が少女時代の律子さんに大きな影響を与えたと言ってたけど、それは絶対にある。

 

その夜、かをるはぼんやり庭に立っている父の姿を見た。その背中には寂しさがただよっていた。かをるは父がどんなに深く律子を愛しているかを改めて悟った。

 

律子は普通におさんどんをし、小浜は新聞を広げて食卓にいた。いや~、女の人ならだれでも家事が得意とは限らないよ。朝から議論を繰り広げながらも、家事は普通にやってのける律子さんはかっこいいっちゃかっこいいけど、それまで全く家事をやってきたところを描いてなかったから違和感ある。

 

かをるだってツエさん付きの家で育ったけど、ハマさんに鍛えられた。「はね駒」のりんは家にいた頃から家事する描写はあったし、女学校では給費生としてやってた。

 

小浜「諸悪の根源は私利私欲を追及する財閥だ。その援助を受けている政党も悪い。政党を支持する重臣連中にも問題がある。これらを一気に除いて世の中の仕組みを変える必要がある」

律子「それじゃ牢屋に入れられている活動家と同じ思想じゃありませんか」

そうそう、そうなのよ。しっかし、食事中にしょっちゅうこういう議論をしながらなのは結構きついな。

 

桜餅を食べる久兵衛たち。桜餅を発明したのは銚子の人だという豆知識をかをるが言い、それを教えてくれたのは梅木という話になった。

sakura-mochi.com

桜餅とか柏餅とかどうも苦手…久兵衛は桜ごと食わないかんのやと言ってますが、↑のホームページによると桜の葉は香りづけと乾燥を防ぐためで食べるときは外すそうです。私はどうもその葉っぱのにおいが苦手です。

 

門番でもそれだけの才覚があるのなら、英一郎も何か考えろと無茶振りする久兵衛。英一郎は、醤油を世界中に広めたいと言ってるのに、食いもんが違たら調味料も違うと笑って終わり。まじめに言ってるのに。

 

そんな和やかな団らんタイムにかをるの気分が悪くなる。「おい、できたんとちゃうか?」久兵衛の予感は的中していた。

 

かつて流産したこともあって不安になるかをるを梅木が励ました。かをると梅木が抱き合って喜んでいたときに、「姉さん聞いたよ、すごい…」と入ってきた英一郎が「失礼しました~」とそそくさと出て行くのが、かわい~。最近はもう英一郎さん目当てで見てる。

 

この年、昭和9年7月斎藤内閣は帝人汚職事件に連座して総辞職。後継首班として岡田啓介大将が任命された。岡田内閣には軍部独走を阻む期待が寄せられたが、急速にふくれあがる軍部の勢力には坑(こう)しきれなかった。やがて、陸軍の後押しで結成された国防婦人会の支部が銚子にも誕生した。

ja.wikipedia.org

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国民皆兵の精神に基づいて大日本帝国婦人として国を守るという大義を貫き、国防上、銃後の力となる事を目的とする 」という国防婦人会にかをるも連れて来いといわれたるいだったが、久兵衛はかをるが7か月の身重だということと、「大体やな、国を守るっちゅうのは男の仕事や。な? 大和なでしこは良妻賢母というて子女を養育し、家庭を守るのが根本やないか。な? 女を外に出して何ができるんや!」頼もしいわぁみたいな感じでにっこりするるい。

 

まー、今なら荒れそうな言葉のオンパレード。1985年でもこういう人は大勢いただろうし、今だっているからね。

 

10月 ロンドンで開かれた海軍軍縮予備交渉で日本はアメリカと激しく対立した。そして11月…

 

いよいよかをるの出産。早い! お腹が大きいところを描きたくなかったのかな。久兵衛は梅木に「おい、もし女子でもながっかりすなよ。わしはな2回続けて女子で3回目に英一郎が産まれた時はもうホッとした。ハハハ」だけど、律子が生まれて、るいのところに男子が生まれてもそれはそれで争いの元って感じがするけどな。

 

なんとなんと生まれたのは男子の双子! 昭和9年11月生まれ、結婚したのが昭和8年の11月だからホントにトントン拍子だったのね。こんなにスピード出産なのもなかなかないよな。